ポルシェ935/78“モビーディック”を最新技術で蘇らせたサーキット走行専用モデル
FIA-GT3に代表されるように近年は、自身が表舞台に立って鎬を削るツーリングカーレースがなくなったからでしょうか、自動車メーカーがかつて戦っていた当時のレーシングカーをリバイバルするケースも時折みられるようになりました。以前紹介したBMWのCFRPを多用した3.0 CSL Hommageもそんな1台でした。今回は2018年にポルシェがリリースした935の復刻モデル、ポルシェ935/19を紹介しましょう。
Gr.5によるシルエットフォーミュラを席巻したポルシェ935
世界最大のスポーツカーメーカー、ポルシェを創設したフェルディナント・ポルシェ博士は、ポルシェがまだメーカーとして活動を開始する以前、クルマの設計開発事務所だったころからレーシングカーの設計開発を手掛けてきました。
アウトウニオンがレースに投入した一連のPヴァーゲンはその好例です。そんな博士のDNAを引き継いだのでしょうか、ポルシェはメーカーとして活動を開始して以降も、さまざまなレースに挑戦してきました。現在に繋がるスポーツカーの傑作、911をリリースしてからは、これをベースとしたレーシングカーを製作してレース活動に励むことも多くなりました。
2座(正確には2+2でしたがレギュレーション的には2座席と判別される)のスポーツカーで、車輌分類上はグループ3/4のGTカーとされ、とくに耐久レースでは純レーシングカーを上まわることも度々ありました。そんなポルシェ911が主役となるレースが、1970年代後半に行われたグループ5(Gr.5)によるメイクス世界選手権でした。
ちなみに、前年までのメイクス世界選手権は同じGr.5でもプロトタイプのカテゴリーBにおけるGr.5で1970年代後半のメイクス選手権の主役となったGr.5は公認生産車のカテゴリーAにおけるGr.5でした。と、厄介な話はさておいて、Gr.5によるメイクス世界選手権が開催されることになると知ったポルシェは、取り急ぎ競技車両を開発します。それがポルシェ935でした。
ポルシェ935のネーミングは、ポルシェ930をベースにしたGr.5を意味しています。その発展モデルである2シーターのレーシング・スポーツカーとして登場したモデルがGr.6の936。Gr.5はGr.1からGr.4として公認されたクルマをベースにしていなければならなりません。生産台数が400台のGr.4というのもあり、そちらはポルシェ934を名乗っていました。
400台のレース(ベース)カーというのはじつに微妙なところで、ビッグメーカーにとっては“割の合わない”台数であり、小規模メーカーにとっては実現不可能な数字になります。でもポルシェにとってはちょうど都合のいい台数だったのです。
そんなこんなで登場した935は、デビューレースから、その威力をまざまざと見せつけます。ワークスのマルティニ・レーシングが2位以下を6周もの周回遅れとしてデビューレースウィン。その2位もプライベートの雄、クレマー・レーシングの935が続き、さらにグループ4の934が総合3位に名を連ねたのです。
ライバルと目されていたBMWは、ワークスの3.5CSLが8位に食い込んだのがやっとというありさまでした。もちろんGr.5の全車がデビュー戦とあってトラブルは仕方ないのですが、続く第2戦、ムジェロ6時間も開幕戦と同様にマルティニ・レーシングがトップを独走し、2番手のクレマー・レーシングが6周遅れの2位、3位はGr.4のポルシェ934と、まるでビデオを見ているような結果となりました。
ただし第3戦のシルバーストンからニュルブルクリンク、そしてオステルライヒリンクと3戦連続でポルシェはトラブルもあって優勝を取りこぼしてしまいます。それでも2台体制で臨むようになった第6戦からは本来の強さを取り戻して、ワトキンスグレンとディジョンを連勝し、初代チャンピオンに輝いています。そして流石はポルシェ、1977年に向けても、さらに78年に向けてもマシン開発のペースを緩めません。そうして出来上がったマシンが“モビーディック”のニックネームを持つポルシェ935/78でした。
“モビーディック”をリスペクトした復刻モデル「ポルシェ935/19」
ポルシェ935シリーズは大活躍をしてシリーズの始まりから3年連続してワークスのマルティニ・レーシングがチャンピオンに輝きましたが、その圧倒的な強さが災いしてシリーズは凋落。1980年代にはグループCによる世界耐久選手権へとコンバートされていきました。
そんな935シリーズをリスペクトして出来上がった復刻モデルが、2018年の9月に発表されたポルシェ935/19です。1970年代後半の世界メーカー選手権で活躍したシルエットフォーミュラの集大成、ポルシェ935/78“モビーディック”を、最新のテクノロジーと最新のメカニズムで蘇らせた、わずか77台のみのサーキット走行専用モデル、ということになります。
ベースとなったのは発表当時現役だった991型ポルシェ911 GT2 RS。935/78へのオマージュとして、フラットノーズや大きく張り出した前後のオーバーフェンダー、そしてそのリヤのオーバーフェンダーと一体成型されたリヤカウルと、2枚のステーで支持されたリヤウイング。さらにアンダーベンチュリーのアップスウィーパーを模したリヤのボディ下面処理なども、Gr.5を現代風に解釈した仕上げとなっています。
そんな935/19ですが、935/78に対する最大のオマージュは、ボンネットからリヤのオーバーフェンダートップへと流れるマルティニ・ストライプでしょう。ラリーでもランチアのワークスマシンを彩ったことも記憶に留めていますが、レースではポルシェです。
パワーユニットもベース車と同じ3.8Lフラット6のツインターボで、最高出力も同じく700psとなっていました。ボディの大部分はCFRP(カーボンファイバー強化樹脂)製で、車両重量も1380kgに抑えられた935/19には充分なパフォーマンスを提供しています。
ちなみに最高速は340km/h、0~100km/h加速は2.8秒とされていました。このエンジンに組み合わされるトランスミッションは7速のPDK。これは(ポルシェ・ドッペルクップルング=Porsche-doppelkupplung)の略称で、スペースの関係もあって詳細は省きますが、これはポルシェが開発した奇数段用と偶数段用2本のシャフトを持ったデュアルクラッチ式オートマチックトランスミッションのこと。
つまりサーキット専用を謳う935/19はオートマチック限定免許でも運転できるという訳です。残念ながらサーキット専用ではあってもレース向けではないし、何よりも迎え入れてくれるレースカテゴリーがないため、935/19が実際にレースに出場するのは難しいのですが、ロールケージや6点式のセーフティ・ハーネスなども標準で装備されています。
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