トヨタの高級セダン「クラウン」の生産終了が報じられた。このニュースを聴いた自動車ライターの今尾直樹の思いとは?
こんな日が訪れるとは……
「トヨタ自動車は、高級車『クラウン』についてセダンの生産を現行型で終了し、スポーツタイプ多目的車(SUV)に似た車形の新型として2022年に投入する最終調整に入った」
と、中日新聞が報じたのは2020年11月11日のことだ。現行15代目クラウンはそれなりの売れ行きを示している。と筆者は認識していたから、この記事には少々たまげた。
実際、クラウンは2020年4~9月、直近半年間のブランド通称別販売台数で31位、販売台数にして8691台、月平均1448台を記録しており、セダンらしいセダンのなかではダントツの1位だ。3位カローラの5万5854台にはとうていおよばないにせよ、カローラにはハッチバックもワゴンもある。セダン1車型としては、同社のカムリの42位よりはるか上位にいる。たとえ前年比53.4%の落ち込みだとしても、セダン不遇の時代だ。2018年に登場した現行型は大いに健闘している。と筆者は考えていた。
けれど、甘かった。豊田章男社長率いる現在のトヨタは改革の手をゆるめることなく、突き進む。1955年からの伝統をもつ同社の老舗ブランドであるクラウンも例外としない。そのことをこの記事は業界内外に宣言した。トヨタ・グループ内、家中引き締めの効果も大いにあるだろう。
それにしても、「いつかはクラウン」とトヨタ自身がうたったクラウンにこんな日が訪れるとは……。祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。盛車必衰の理をあらわす。
「クラウンは最初から自家用車を目指したクルマであった。当時、それはすごいことだった。このころ国内で生産される乗用車は、圧倒的にタクシー、ハイヤーに使われており、その他は官公庁と企業の公用車であった。オーナードライバーというのは、お医者さんしかいなかった。その医者にしても町医者ではダメ、県庁所在地の大病院の院長クラスだ。あと自家用車を買える家といったら、地方の素封家ぐらいだったろう。そんななかでトヨタは将来の自動車ユーザーを予見し、クラウンを作った。くりかえしていうが、こいつはほんとうにすごいことだったのである」
と、初代クラウンを16歳、高校1年生で体験した自動車評論家の徳大寺有恒はその著『ぼくの日本自動車史』(草思社文庫)に書いている。徳大寺はこの年、自動車免許をとり、家業のタクシー会社に営業車として導入されたクラウンを運転している。技術的にはシヴォレーを模範とした初代クラウンは、それまでの国産車とは大違い。メーター上で100km/h出した初めてのクルマになった。いささか長くなるけれど、もうちょっと引用させていただきます。
「いまから思えば、クラウンというクルマはなによりも『自動車』らしい自動車であった。トヨタの成功の秘密のひとつはそこにあったと思う。トヨタはこのクラウンを日本の基準、いやトヨタの基準とすることで、それからの偉大なる成功を得たのである。ばかな想像だが、もしクラウンがこういう姿で登場しなかったから、その後、日本車はこんなにまで世界を席巻することはできなかったかもしれない。かほどクラウンは大量生産商品としての第一ページを飾るのにいい位置にいた。クラウンはとにかく日本人のすべてが理解しやすいクルマだったのだ。日本人が理解するということは、心底、日本人の価値観に裏付けられているということだ。のちのあらゆる日本製品は、テレビもカメラも、すべてこのクラウン的なものをベースにして作られていったのではなかろうか。その原点にクラウンはあるとぼくは思っている」
その後もクラウンは成功を続け、「いつかはクラウン」は1980年代の後半、バブル真っ只中になると、月間販売台数でカローラを上まわることすらあった。「年間販売台数も、1988年~1990年は日本車の販売ランキングでカローラ、マークIIに次ぐ第3位を記録」したとウィキペディアにある。それもこれも、ただ春の夢のごとし。
20世紀型自動車ビジネスの崩壊
しかして、2022年に登場する「SUVに似た車形の新型クラウン」は冒頭の中日新聞の記事によると2023年から米国でも生産する計画で、「ハイランダー」と同じプラットフォームを使用するという。さすが地元・中日新聞。みごとなスクープである。
ハイランダーは現在、日本では販売していない、全長5m近いサイズの3列7シーターのSUVである。パワーユニットは2.5リッター直列4気筒ガソリン+モーターのハイブリッドのみ。価格は4万ドルから、と米国トヨタのホームページにある。機構的にはRAV4のロング・ホイールベース版ともいえるだろう。
H.Mochizukiハイブリッドだから、往年のクラウンみたいに、静かでしずしずと走ることが予想される。ニュルブルクリンクで鍛えたという、201現行15代目クラウンとはまったく別物となるかもしれない。もしそうなるとしたら、筆者は、クロスオーバーSUVとなって延命を図ろうという将来のクラウンにとって、たいへんよいことになるのではないか、と勝手に思う次第である。
現行クラウンは、販売上、そこそこの成績をあげているとはいえ、その先に輝かしい未来があるとは筆者にも想像しにくかったからだ。メルセデス・ベンツEクラスやBMW5シリーズのライバルの国内専用車なんて……。
たとえば、現行15代目クラウンがなくなっても困るユーザーが何人いるだろう? 覆面を含むパトカーの次期車両を調達する係のひとは、悩むだろうけれど、そのまま前例を踏襲していていいのか。総合的・俯瞰的な活動を確保する観点から判断しないといけない。
それ以外のひと、タクシーには2ボックスのジャパンタクシーがあるし、公用車には話題のセンチュリーがある。アルファードも、レクサスもある。現行クラウンは、帯に短し、たすきに長しという中途半端な存在になってしまっていて、居場所がなかったこともまた確かだった。
クラウンが消滅するのは時代の流れだった。という見方もできる。1980年代の幸せな一億総中流幻想の時代から、日本列島にも新自由主義、グローバル経済が襲来し、格差が広がってミドル・クラスが一掃された。トヨタでも、コロナ、マークIIの中流層向けブランドがその名前を消してすでに久しい。
もしも「いつかはクラウン」を掲げ続けるのであれば、トヨタはグローバル経済にふさわしいインターナショナルなクラウンをつくるべきだった。なのに、トヨタはレクサスをつくった。その時点で、いつかはクラウンもついには滅びぬ、という運命だったのだ。
クラウンの生産中止は、「いつかはクラウン」神話が完全に消滅するということだ。それはGMがつくったとされる、下位モデルから上位モデルへと誘導する20世紀型自動車ビジネスが崩壊したということでもあり、私たちユーザーはより大きな精神的自由を手に入れることになる。じつに清々しい。
クラウンのSUVはどうなるのか?
なにかが終われば、新しい物語が始まる。そう思うと、筆者はワクワクする。クラウンのSUVなのだからして、それはベントレー「ベンテイガ」やロールス・ロイス「カリナン」にも似た、四角いボディに大きなクロームのグリルをつけた、ブラック塗装のよく似合う、フォーマルなSUVになるに違いない。実際には、キャディラック「エスカレード」のちょっと小さい版だ。あるいは、現行「ランドクルーザー」/レクサス「LX570」よりアーバンな、エンジン横置きの都市型クロスオーバーSUVというイメージである。
はたまた、アルファードのSUV版、という手もあるかもしれない。ミニバンのSUV。これはありそうで、そう多く出回っていないので、新しいセグメントとして可能性があるかもしれない。
という具合に筆者の妄想は広がる。米国でも生産するというのだから、インターナショナルに通用するクルマになるはずで、その開発はいま、着々と進んでいる……。
ああ、2022年が待ち遠しい。そのとき、「ヤリス」、「カローラ」、「ハリアー」ときて、クラウンというクロスオーバーSUVの新しいトヨタのピラミッドができているわけですけれど、エンジのモケット風シートの白い“クラウン・クロス”に私は乗ってみたいと思う。
文・今尾直樹
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