2008年、ゴルフGTIの4ドア版と言うべき限定車「ジェッタGTスポーツ」が登場して話題となった。実用性やスポーツ性、ラグジュアリー性など様々顔を持つフォルクスワーゲンだが、このモデルにはどんな意味が込められていたのか。Motor Magazineではドイツ車特集の中で、その試乗をとおして、その後に導入が予定されていたゴルフヴァリアントTSIトレンドライン、パサートヴァリアントR36、パサートCC、ティグアン、シロッコ、新世代6代目ゴルフはどうなるのか、激動のフォルクスワーゲンについて考察している。今回はその興味深いレポートを探ってみよう。(以下の試乗記は、Motor Magazine 2008年9月号より)
GTスポーツはジェッタ本来の実力を示す
環境問題に加えて燃料代の高騰という、より直接的な打撃によって、自動車を取り巻く環境が、ますます厳しいものとなっていることを誰もが実感させられた2008年前半。ここ日本でのフォルクスワーゲンは、今やキラーコンテンツと呼ぶべきTSIのラインアップ拡充に力を注いできた。
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改めて繰り返すまでもないが、TSIのメリットと言えば、ドライバビリティの良さと高い動力性能を、優れた燃費と両立していることに尽きる。この厳しい時代に、まさにぴったりのソリューションであり、人気を呼ぶのも当然だと言えるだろう。
しかしながらフォルクスワーゲンというブランドには、当然ながらその他にも様々な価値がある。たとえばスポーツ性であり、コンフォート性であり、あるいはモデルによってはラグジュアリーという側面だってあるだろう。2008年後半以降のニューモデルは、こうした要素の改めてのアピールを積極的に行っていくことになる。
その前哨戦と言えるのが、5月に登場した特別限定車、一見すると、まさにゴルフGTIの4ドア版と言うべき、「ジェッタGTスポーツ」である。ベースは、そのGTIと同じ最高出力200psを発生する直列4気筒2L直噴ターボユニット+6速DSGを搭載する、ジェッタ2.0TSIスポーツラインであり、それにゴルフGTIに倣ったコスメティックを施したのが、このモデルである。
ゴルフGTIと同じエンジンを積んでいるにしても、世間一般でのイメージとして、ジェッタとスポーティという言葉は、ほとんど結びつかないというのが率直なところだろう。実際、昨秋の一部改良で2.0がTSIコンフォートラインに置き換えられて以降は、販売比率が完全にそちらに移っていると言われる。本当はそれだけじゃなく、「ジェッタの走りの実力だって侮れないものですよ」とアピールするのが、この限定車の役割というわけだ。
確かに、中身は変わらないとわかっていても、コクピットに収まれば、気分が盛り上がってくるのは事実である。何しろ、Dシェイプのステアリングホイールや、その奥に見える造形に立体感を持たせたメーターパネルは、まさにGTIと同じものなのだから。
動力性能にも元より不満があろうはずがない。絶対的な速さはもちろん、回転域を問わないレスポンスの良さや充実したトルクは、心地良い加速感を提供してくれる。DSGの歯切れよい変速ぶりも、すでに馴染みのものだ。
しかしコーナーに差し掛かると、ジェッタGTスポーツがゴルフGTIではないことを実感させられることになる。太いリムに対して頼りなく感じられる軽いステアリングを切り込むと、サスペンションはタイヤやスプリングに対して減衰力の抑え込みが足りない印象で、路面のうねりで簡単に底づいてしまうなど、挙動全体がどうにも落ち着きを欠く。乗り心地も、もう少ししなやかさを感じさせてほしい。
せっかく見た目をここまでGTI化したのだから、中身もそれに準じた強力なダンパーなどが欲しかったところ。とは言え、これだけの販売予定台数では、やはり無理な相談なのだろう。独立したトランクを持つジェッタならではのボディ後半部のしっかり感、重量配分の良さといった美点も味わえるのだが、基本的には雰囲気を楽しむためのモデルだと解釈していた方が良さそうだ。
厳しい評価になってしまったが、それには実は理由がある。それについては後で触れるとして、まずは続いて今年後半以降の日本におけるフォルクスワーゲンのモデル展開について、知り得る範囲で見ていくことにする。
様々な価値を表現するニューモデルを続々投入
まずは近いうちにお目見えするのが、ゴルフヴァリアントのTSIトレンドライン、そしてパサートR36である。前者については、詳しい説明は不要だろう。リーズナブルなシングルチャージャーTSIエンジンと人気のヴァリアントの組み合わせは、販売に大きく貢献するに違いない。注目は、やはりパサートR36だ。
発表自体は随分前の話であり、クルマ自体も昨年の東京モーターショーで展示されていたくらいだから、ようやくのデビューと言える、このパサートR36は、ゴルフR32に次ぐ日本でのRライン第2弾。フォルクスワーゲン インディビデュアルが仕立てたスポーティなエクステリアの中身は、心臓として排気量を3.6Lに拡大して最高出力300psを得たV6ユニットを戴き、それにフルタイム4WDの4MOTIONを組み合わせている。
ヨーロッパでは、いわゆるDセグメントのベストセラーの地位をひた走るパサートも、ここ日本ではとくに現行モデルは今ひとつ振るわないというのが現状。イメージリーダー的モデルの登場が、存在感の底上げに繋がるかどうか注目と言える。ちなみに日本にはヴァリアントのみが導入されるようだ。セダンの領域は、後述するパサートCCが担うというわけである。
そして秋口には、今度はまったく新しいカテゴリーへの参入となるティグアンが発表されるはずだ。こちらも、やはり昨年のモーターショーで、すでにお披露目済みの1台。このコンパクトSUVがライバルと見据えるのは、言うまでもなくBMW X3だ。
ヨーロッパでは、このマーケットで今、もっとも熱い戦いが繰り広げられている。なにしろ市場はこの5年でほぼ倍になり、すでに年間60万台規模。しかも向こう3年で、まだ3割は拡大すると言われているのである。
全長4427mm×全幅1809mm×全高1686mmと、その中でも小型な部類に入るティグアンのベースはパサート。よって駆動方式はFFを基本とするハルデックス式フルタイム4WDだが、キックバックを嫌ってステアリング機構をボール&ナット式としたり、低速域での高いドライバビリティを実現するべく敢えて6速ATを採用したりと、単なるファッションではなくオフローダーとしても本物志向のところを見せている。トゥアレグもそうだが、このあたりの生真面目さは、いかにもフォルクスワーゲンらしい。
気がかりは、日本でこのジャンルにどれだけの市場があるのかということだ。まずはトゥアレグでは大き過ぎるという人がターゲットになるのだろうが、あるいはティグアンの場合、ゴルフからステップアップしたいけれど、フォルクスワーゲンの現行ラインアップには今ひとつ興味をそそられるクルマがないというユーザーの受け皿としての期待の方が大きいかもしれない。
しかし、そこでもっとも大きな役割を演じることになるのは、こちらのモデルではないだろうか。秋以降に導入と言われるパサートCCである。
ヨーロッパでのパサートCCは、若干ギャップが開き過ぎたパサートとフェートンの間を埋める存在として期待されている。一方、フェートンを持たないここ日本では、パサートでは飽き足らない層を吸引することが、その最大の任務となりそうだ。
コンフォート クーペを意味する車名の通り、そのフォルムは4ドアでありながらルーフが低く、そして前後のウインドウも大きく寝かされた、まさにクーペ。全長、全幅の拡大分は、ほぼすべてがデザインに割り振られている。しかし、元々優れたパッケージングを持つパサートがベースなだけに、それでも室内空間には十分な余裕がある。後席が2人用となることが不満なければ、セダンとして問題なく使える実用性が確保されていると言える。
しかも、減衰力可変式電子制御ダンパーのDCCアダプティブシャシコントロールの採用や、上級グレードのパサートR36と同じ最高出力300psを発生する3.6L V6ユニットの搭載などによって、高い快適性の獲得、そしてパサートとの差別化も抜かりなく行われている。フォルクスワーゲン=質実剛健と捉えるファンにとっては認め難いタイプのクルマなのかもしれないが、たとえばゴルフから3シリーズに乗り換えようと考えている人に、今度もフォルクスワーゲンにしようかと思わせるだけのものが、そこに備わっているのも確かだろう。
VW新時代を予感させるシロッコの仕上がりぶり
来年に向けても、さらに新しいモデルの投入が予定されている。前半の目玉のひとつが復活なったシロッコだ。
この新型シロッコ、いわゆるプラットフォームは現行ゴルフと共有で、そこにロー&ワイドな3ドアクーペボディを載せている。エンジンは最高出力200psの2L TSIを筆頭に、同160psのツインチャージャーTSI、そして122psのシングルチャージャーTSIを用意。となれば、その走りはゴルフと同じようなものかと思ってしまうが、先日ポルトガルで味わってきたシロッコの走りは、いい意味で期待を裏切ってくれた。
印象的だったのは、まずはハンドリングだ。なにしろ真っ直ぐ走っているだけでも別物のような安心感が得られ、旋回中の前輪の接地感もきわめて高い。それでいて乗り心地も、ゴルフとはレベルの違うしなやかさなのだ。ゴルフとの相違として明らかにされているのは、前後トレッドの大幅な拡大とリアサスペンションのアルミ製ロアアームの採用くらい。とすると、細かな熟成が進んだということだろう。
エンジンも、2Lのそれはスペックこそほぼ変わらないながら、実は完全新設計とされている。特徴はバランサーシャフトの採用。吹け上がりもサウンドもきめ細かさ、滑らかさを増しているなど、その効果は明らかだ。
要するにその走りは、プラットフォームを共有するという先入観を覆す、まさに別物のような仕上がりを見せているということ。冒頭のジェッタGTスポーツへの厳しい評価は、それが大いに影響しているわけである。
またシロッコに関して言えば、ワッペングリルと訣別したスタイリングも注目だ。現在フォルクスワーゲンを率いるDr・マルティン・ヴィンターコルン、そしてデザインを指揮するワルター・ダ・シルバの両人が、ワッペングリルを好ましく思っていなかったのはよく知られているだけに、今後登場するモデルには、このシンプルなデザインが採用されると考えていいだろう。
シロッコに続いて日本へ上陸するモデルと言えば、10月のパリサロンで発表されると言われている新世代ゴルフだ。来年の中ごろには、日本へ来るに違いない。
新型ゴルフ(6代目)の登場は市場に大きな衝撃を与える
そのニューゴルフは、メカニズムの基本部分が現行型から引き継がれるのは噂されている通りだろう。口の悪い輩からは、コストダウンを図って外板パネルを変えただけ、なんて声も聞こえてくるが、初代ゴルフの時のように先行して登場させたシロッコの出来映えからすれば、ゴルフ6が最初から相当に完成度の高いクルマに仕上げられてくることは疑いようがない。おそらくはコストダウン云々に関しても、ユーザーレベルでは気付かない生産性などの面で強く推し進められることになるはずだ。
ただし、それでもアピールポイントが少ないのは事実。そういう意味で、導入が公言されているディーゼルエンジン搭載モデルが投入されるなどの展開も可能性は大いにある。その場合、ベースはアメリカのTier2Bin5規制をクリアするブルーTDIとなるが、それを日本の計測モードに合致させるのは、それほど容易ではないという話も漏れ聞こえてきている。しかも、最近は世界の中で存在感が薄まりつつある日本市場で、しかも台数の見込めるわけではないディーゼルの開発に、どこまで本社が本腰を入れてくれるのかという疑問もなくはない。
いずれにせよ、この新型ゴルフが日本に上陸するのは来年の話。おそらくは初夏あたりといったところだろう。
2008年後半以降のフォルクスワーゲンは、ラインアップを見てもわかるように、非常に積極的、そして意欲的だ。それは単にモデル数が多いという意味ではなく、こうした時代に改めてクルマの楽しさ、価値をアピールしようという強い意思を感じさせる。
たとえばシロッコが投入されるコンパクトクーペ市場の規模は、最盛期だった2000年の約15%でしかないのだという。そこに敢えてシロッコを登場させるのは、それがクルマを楽しむというマインドを改めて刺激することに繋がるからだと開発陣はハッキリ語っていた。おまけにシロッコは、価格も全体にゴルフより低めの、攻めた設定とされている。
ヨーロッパだって、これだけ燃料が高くなれば、クルマに乗ること、買うことを控える動きは顕在化してくる。クルマを楽しむことに対する風当たりだって強まるのは当然だ。その中で、環境やエネルギー問題に対するスタンスという意味ではもちろん、豊かなモビリティの提供という意味において、自動車メーカーとしての責任をいかに果たしていくか。ピープルズカーという意味を持つ社名を掲げたこの自動車メーカーは、それを斯様に真剣に考えているということである。
もちろん、それを言えるのはTSIのような走りの歓びと省燃費を両立させたプロダクトを堂々主力に据えているメーカーだからこそ。そう考えると、フォルクスワーゲンにとって今の世に吹く風は、決してアゲンストではないのかもしれない。ユーロ高など、大変な要因はいくつもあるが、日本での商品展開、価格設定、そしてブランド展開も、そうした精神をしっかり反映したものであってほしいものだ。(文:島下泰久/写真:永元秀和)
フォルクスワーゲン ジェッタ GTスポーツ 主要諸元
●全長×全幅×全高:4565×1785×1450mm
●ホイールベース:2575mm
●車両重量:1490kg
●エンジン:直4DOHCターボ
●排気量:1984cc
●最高出力:147kW(200ps)/5100−6000rpm
●最大トルク:280Nm/1800−5000rpm
●トランスミッション:6速DCT(DSG)
●駆動方式:FF
●燃料・タンク容量:プレミアム・55L
●10・15モード燃費:12.6km/L
●タイヤサイズ:225/45R17
●車両価格(税込):380万円(2008年当時)
[ アルバム : フォルクスワーゲン ジェッタ GTスポーツ はオリジナルサイトでご覧ください ]
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