2018レースカーから探るSTIの先端技術 Vol.15
SUBARU BRZ GT300は開幕から3戦目で表彰台に立った。2017年の終盤からマシントラブルによるリタイヤが続き、この表彰台を獲得という結果は不完全燃焼だったチーム状態を明るくした。マシン開発において、2018年シーズンは抱えていたトップスピードの改善に向け開発が始まった。主催者による性能調整があるため、エンジン出力を上げることが不可能なレギュレーションである以上、空力特性の大幅変更を行ないトップスピード上げていくしかない。しかし、空気抵抗を減らせばダウンフォースも減るという理屈を覆すには時間が必要だった。が、ついに3位表彰台を獲得し、トップ争いができる土俵にあがったと言っていいだろう。
2017年終盤での問題は、ブレーキとトップスピード不足という大別して2つの課題を抱えて終了した。これまで当サイトの連載でお伝えしてきたように、問題点の洗い出しと改善を繰り返し、ようやくトップ争いができる位置まできたということだ。
開幕戦では、ドラッグ(空気抵抗)を減らし、トップスピードを上げるボディデザインとしたが、その分ダウンフォースが減り、ドライバーとタイヤに負担がかかる状況だった。しかし、予選前の公式練習ではGT300クラス全車中トップタイムを記録していたのも事実で、予選は10位とまずまずの状況だった。
だが、レース本番ではタイヤトラブルとブレーキトラブルが重なり、18位でゴールしている。ダウンフォースがない分、ブレーキとタイヤに負担がかかりトラブルになったと解析している。ブレーキ容量不足は前年からの問題であり、そこを改善できなかったのが、原因のひとつではあるのだが、パーツ供給が間に合わないという別な事情もあったわけで、チームとしては歯がゆい状況だっただろう。
第2戦の富士スピードウェイでは500kmという長丁場がキーとなるレースだった。また、BRZ GT300がもっとも苦手とするコースレイアウトで、とにかくトップスピードがものを言うコース。2017年はコーナーで苦労して抜いたマシンに、ストレートでいとも簡単に抜かれるという屈辱的なシーンがあったコースだ。そのため、ここでの最高速は開発ターゲットでもあり、結果、約11km/hも最高速度を上げることに成功している。そして0.083秒差で予選2位という速さを見せたレースでもあり、開発の方向性や手法が間違っていないことの証明でもあった。
だが、この500kmレースを勝つためには、速さだけでなくピット作業の速さも必要になってくる。しかし、SUBARU BRZ GT300は、JAF-GT既定の車両の中で唯一のターボ車であり、レース用大排気量NAのプリウスやマザーシャシー(86、その他)に比べ、燃料消費量が多い。JAF-GTのルール上、燃料タンク容量と燃料給油リストリクターサイズを一定に規定されている中では、他のJAF車両に比べ給油時間がどうしても長くなってしまうのだ。
一方、FIA-GT車両のルールでは、各車両のピット作業時間を均一化するために、車両ごとに燃料タンク容量と燃料給油リストリクターを設定しているため、ピット作業時間の差は大きくならない。BRZは、500kmの長いレースを戦う上で、このJAF車両とFIA車両とのルールの狭間において、燃料搭載量の不利な部分を克服する必要がある。勝てる速さが見えてきているBRZとしては、表彰台に上るために、リスクを伴うが、決勝レースで可能な限り燃費改善を行なうためのセッティングを施す決断をしたのだ。しかし、この燃費への挑戦は、無情にも決勝途中にエンジン破損リタイヤという結果を招いてしまった。
■完成度の高まり
そして鈴鹿での第3戦だ。ブレーキへの不安は解消されている。パーツはチームに供給され、テストも鈴鹿でこなしてきている。だから不安材料のひとつは解消できた。一方、空力では第2戦の富士でトップスピードの向上が確認され、またセクター1、2という高速コーナーでのタイムもアップしていることから、当初の開発目標である低ドラッグ、高ダウンフォースという二律背反がある程度バランスするポイントが整ってきたと考えていいだろう。
エンジンは、前戦の長距離レース用の燃費重視のエンジンセッティングから、耐久信頼性の高い300kmレース用セットに変更し鈴鹿に乗り込んだ。ミッション系のトラブルはこれまでもなく、順調にきているが、鈴鹿に向けては、S字から逆バンク、ダンロップ、デグナーと連続するコーナーに対し、最適なギヤセットを組んでいる。
2コーナーを立ち上がってからリズミカルに切り返すシーンが続くため、できるだけボトムスピードを落とさず走り抜けられるのが理想だ。ギヤセットの狙いは、2コーナーからS字にかけてシフトアップし、そのままダンロップの登りでシフトアップ。そしてデグナーへ。デグナー1個目で1速ダウン、そしてデグナ―2個目でも1速ダウンという、2コーナーからデグナー出口まででシフトアップが2回、シフトダウンが2回となるセッティングで挑んだ。
SUBARU BRZ GT300には6速シーケンシャルのヒューランド製トランスアクスルが搭載されているが、整備性の良さからもギヤセットの交換作業はやりやすい。富士と比較すれば、全体をややクロスレシオ化し、その切り返しの続くコースレイアウトの場所で使うギヤを、ややワイドレシオにするという工夫をしていることが分かる。
そして空力セッティングだが、ハイスピードコース、テクニカルコースでの使い分け、セットアップの幅がだいぶまとまってきたようで、これまでのレースのように、いろんな可能性を探るという場面が減ってきている。つまり、データがまとまりつつあり、エンジニアが選択する範疇が決まったとみていいだろう。
リヤウイングはスワンネックタイプを採用し、ウイングボードの前後幅の広いタイプを装着。フロントのリップスポイラーは先端をやや短くし、ボディ下面への取り込み方を変更して整流効果をやや変更している。そしてカナードは2017年仕様で、大きめのダウンフォースが稼げるタイプを装着していた。
このあたりは、フロントフェンダー内、ボディ下面の整流からリヤに流す空力が整理できたという印象で、フロントのグリップはカナードで、リヤのダウンフォースはウイング角度で調整し、超高速域ではドラッグを減らす効果をさらに高められるように吊り下げ式が効果的であるという結論としている。
■明暗を分けたタイヤチョイス
こうしたセットアップベースにサスペンションの変更も行なうが、それは空力特性が変わるとロール剛性も変わるという連動したもので、ダンパーとスプリングの減衰は常に細かく調整されているようだ。
そしてレースをご覧になった方はご存知のように、各チームともタイヤチョイスの戦略で勝負していた側面があった。300kmレースではあったが、鈴鹿の路面はタイヤに対しては攻撃性が高い。ハイグリップ路面であり、タイヤに求められる性能は、ハイグリップ、高耐久性という、ここでも二律背反性能が求められているわけだ。
これまで、WTCCの実績などからツーリングカーではヨコハマタイヤがアドバンテージを持っているようにも見える。ヨコハマタイヤを装着するチームは、タイヤ無交換作戦を成功させている例が過去にはあった。従って、ヨコハマを履く昨年度のチャンピオンマシン0号車は、無交換作戦を実施していたのだ。
SUBARU BRZ GT300が履くダンロップタイヤは、リヤ2本交換という作戦でピットインしている。スタートドライバーの山内英輝選手は、ピットでは4本交換が必要だと無線で伝えていたという。しかし、ピットイン時にダンロップタイヤの開発エンジニアが摩耗状態を確認、チームとしてフロントは無交換という判断をし、表彰台を獲得した。
このあたりを住友ゴムのモータースポーツ部 開発担当の石橋隆志氏と久次米智之氏に話を聞いてみた。持ち込みタイヤはレギュレーションで決められており、登録(マーキング)セット数は6セットまで。今回鈴鹿にはソフトとミディアムというタイプを3セットずつ登録したという。そして2018年仕様では17年に対し、グリップを上げる方向の仕様変更を行ない、耐久性は従来どおりの性能を維持する性能で開発してきたという説明を受けた。
そして、レースではミディアムタイプを装着。タイヤの耐久性には厳しい路面の鈴鹿だけに4本交換が基本の作戦であり、渋谷真総監督も『2本交換であれば理想ですが、4本交換になってしまうかもしれません』とレース前に話している。つまり、走行状況次第でタイヤの摩耗が変わり、ピットインのタイミングで判断するということを意味しているのだ。
レースは予選4位からのスタートだったが、序盤に順位争いがあったもののトップの96号車が予選から非常に速く、BRZは他車とは絡まない単独での走行が多かった。そうした状況で、ドライバーの山内選手はタイヤを酷使しない走り方をし、さらに、18年仕様のマシンは17年仕様と比較してダウンフォースがやや少ないため、ある意味タイヤには優しいという見方もでき、好結果につながったのかもしれない。
逆に言えば、接地荷重は減るが、その分、グリップで賄えるような設計・仕様にしているというのが18年仕様のダンロップタイヤということだ。その結果、リヤタイヤのみの2本交換となり井口選手にドライバーを交代して、ピットタイムのロスが勝負の明暗を分けることにつながったのだ。
また、このタイヤはBRZ専用タイヤであることも見逃せない。ダンロップはGT300クラスの3チームに供給しており、車重の重いGT3とは異なり、BRZ用に最適化したタイヤが供給されている。また、開発・製造はレースごとに行なわれており、持ち込むタイヤは最低でも1か月前には製造が始まる。その設計・仕様は数か月前には決定しなくてはならず、その時点で数か月先のレース場の路面温度を想定し設計するとい
う難しさも見えてくる。
こうした複合的な要素が複雑に絡まり、いい方向でつながりあうと好結果を産み出すということになる。次戦はタイのチャン・インターナショナルサーキットで6月下旬に開催される。GTAからは非常に速かったBMW M6、LEXUS RC F GT3には+25kgのBoP(性能調整)となり、車両重量は1315kg、1325kgという公式通知があった。他にもAMG GT GT3も+40kgで1325kgなど、多くのGT3勢に性能調整が課せられている。一方、JAF GTレギュレーションで走行するSUBARU BRZ GT300をはじめJAF勢はBoPの変更はなしとされている。
トータルパフォーマンスの上がってきたSUBARU BRZ GT300の次戦に期待したい。
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*取材協力:SUBARU TECNICA INTERNATIONAL
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