トライアル競技の黎明期には改造マシンを製作
「バイクブーム再来」を裏付けた若返りのデータ、その一方でライダーを減らさない施策も欲しい!……〈多事走論〉from Nom
今回は少し雰囲気を変えて、ある一人のライダーさんについて書いてみたいと思います。間もなく88歳になる伊藤静男さんは、孫まで3代でバイクを楽しむ超ベテラン。80歳を超えてなおBMWを愛車とし、乗り継いできたバイクは100台以上というバイクライフから我々が学ぶこととは?
●文: Nom(埜邑博道) ●取材協力: BMW Clubs Nippon
バイク歴66年、無事これ名馬
私事ですが、またひとつ歳を取りました。
60歳を過ぎた頃から、自分ではまだまだ元気なつもりだけど、いったいいつまでバイクに乗れるのだろうかということを思うようになりました。自分と同じことを思う方=ライダーが多いようでしたので、以前プロデューサーをしていたバイク雑誌で数回、生涯現役でバイクを楽しもうという趣旨の特集を組みました。
その特集は好評で、やはりみなさんいつまでも元気でバイクにお乗りになりたいのだと確信したのですが、まあ特にこの業界には70歳を過ぎても元気にバイクに乗り続けていらっしゃる先輩方が多数いらっしゃるので、自分もそうありたいと思っています。
誕生日(6月です)が近づいて、ぼんやりそんなことを考えているおり、某イベントで今年の7月に88歳になる現役ライダーの方にお会いしました。
実はその方は以前、筆者がかかわっているバイク雑誌で取材をしたことがあるお方(前述の生涯現役ライダー特集で)。そのときは、84歳でありながら巨大なBMWのR1200GS Adventureに乗っていらっしゃることを、CBCテレビが紹介番組を制作。その流れで、取材させていただき、雑誌に掲載したのでした。
あれから4年、その方、伊藤静男さんはまだお元気でバイクに乗っていらっしゃいました。さすがにR1200GS Adventureから、同じBMWのF700GSにダウンサイジングしていらっしゃいましたが、そのイベント当日も、お知り合いとともに愛知県春日井市のご自宅からイベント会場の高鷲ダイナランドまで高速道路とワインディングを走って片道150km、往復だと300km以上の行程を自走でいらっしゃっていました。
―― 2018年、巨大なBMW・R1200GS Adventureを操る84歳ライダーという地元TV局のCBCに取材された伊藤さん。
―― 現在は、同じBMWのF700GSにサイズダウンしたが、まだまだ元気でバイクライフを満喫している。
実はこの伊藤さん、バイクの世界、とくに60代以上のシニアライダーの間ではとても有名な方で、伊藤さんのバイクとのかかわりを書き始めたら本が一冊できあがってしまうほど。なので、簡単に説明させていただくと、1934年に愛知県名古屋市に生まれ、’56年に初めてバイク(トーハツ125)に乗られました。
―― 最初に手に入れた愛車は、210ccのOHVエンジンを積んだ富士工業のシルバースター。パンフレットには「斬新なスタイル、性能外車を凌ぐ」という文字が。
このバイクは借り物で、当時のガールフレンドが後ろに乗りたいと人から借りてきたものだったそうです。
―― 日本にまだトライアル競技が存在していなかった時代に、外誌を見て改造トライアルマシンを作り、誰もルールも満足に知らないのに中部大会を開催されたそうだ。
―― トライアルは現在も楽しんでいて、転倒して骨折したことも数度あり。平均年齢70歳に手が届くトライアルのクラブにも参加している。
また、’62年9月に完成したばかりの鈴鹿サーキットで翌年4月に開催されたMFJ中部主催の耐久500kmレースにも参戦されています。この時一緒に走ったライダーの中には、あの生沢徹さんがいたそうです。
そうやってモータースポーツを楽しむかたわら、バイクが縁で知り合った奥さまをタンデムシートに乗せて、まだ多くの道が未舗装だった時代に、春日井から箱根までタンデムツーリングを楽しむなど、仲睦まじくバイクライフをともに満喫されたそうです。
―― まだ未舗装路がたくさんある時代に、出会ってから2週間後にのちに奥さまとなる恵子さんをホンダ・ドリームCS76に乗せて箱根まで日帰りツーリング。
―― 奥様と一緒にGS-ADVにまたがってTVの取材を受ける伊藤さん。奥さまのバイクに対する理解が何よりだったという。
また、海外ツーリングも頻繁にお出かけになっていて、とくにアメリカとアラスカはともに5回以上、イタリア、スコットランド、そしてマン島も行ったことがあるそうです。
―― ダイナランドラリーで、メッツラータイヤをゲットした伊藤さん。F700GSにツアランス・ネクストを装着する予定だ。(写真:木村圭吾)
70年弱になるバイクライフのなかで、とくにトライアル競技を70歳まで続けていたこともあって骨折などのケガも何度もされたようで、骨と骨を留めるチタンボルトも身体の数カ所に入っていて、そのレントゲン写真もご自身のブログに何枚も掲載されています。
(伊藤さんの本が一冊書けるほどのバイクライフはblog「静じい、のバイクの仲間たち」とfacebookをご覧になってみてください)
40歳のお孫さんが一念発起で免許を取得。親子孫3代のバイクライフがスタートした
そして今年6月、お孫さんの千恵さん(40歳)が普通二輪免許を取得して、伊藤さんがヤマハのブロンコをプレゼントされました。そこから、以前からバイクに乗っていた千恵さんの母親の由子さん(63歳)と親子3代でのバイクライフが始まったのです。
―― 今年、普通免許を取得して伊藤さんがプレゼントしたヤマハ・ブロンコに乗り始めた千恵さん(左端)、同じくヤマハのマジェスティ125に乗る娘の由子さん(右端)と(伊藤さんはセカンドバイクのホンダ・PCX125)。親子孫3代のバイクライフを楽しんでいる。
超ベテランの伊藤さんにしてみれば、まだ慣れない千恵さんが心配でしょうがないようで、親子孫3人のツーリングでは休憩時間に運転のアドバイスなども行っているそうです。
7月18日に米寿(88歳)の誕生日を迎える伊藤さん。娘の由子さんは、3人で岐阜県の郡上八幡にある宿泊もできるライダーズカフェの「アグスタ」にツーリングに出かけようと計画をしているそうです。
さらに、お孫さんの千恵さんにはいま14歳の娘さん、千恵さんの妹さんには14歳の娘さんと13歳の息子さんがいらっしゃるとのことで、ひ孫も加えた親子孫4代のバイクライフの可能性も出てきています。
伊藤さんも、さすがに今回は「自分が元気であれば、何とか引き込むつもりです」とおっしゃっていました。すごい話です。
なんだか、伊藤さん、娘さんの由子さんにお話を聞いていて、ライダーの理想の形を実践していらっしゃる方だなあと羨ましく思えました。
そして、突然、頭に浮かんだのが「合計特殊出生率」という言葉。
みなさんもご存知だと思いますが、15歳から49歳までの女性の年齢別出生率を合計したもので、1人の女性が生涯に産む子供の数を示すもの。例えば夫婦2人から2人の子供が生まれれば合計特殊出生率は2となって人口は減少せずに維持されることになります。
日本はこの数字が小さいことが問題になっていて、2021年の世界ランキングでは191位(1.4)。1位は西アフリカのニジェールで6.8。以降、アフリカ諸国が上位に並んでいます。
ここで世界人口の話をしたいわけではなく、ひとりのライダーが何人のライダーを産む(というかライダーにする)かという数字があれば、伊藤さんは娘さんとお孫さんの少なくとも2人のライダーを育てたわけです。もちろん、もっともっと多くのライダーがバイクを楽しむ伊藤さんの姿を見て、ライダーになったことだろうと思います。
「生涯ライダー育成率」とでも言いましょうか、ひとりのライダーがひとり以上のライダーを育てればライダー人口は増えていく可能性が高いように思いました。
―― 引用元:MOTO INFO
ユーザーアンケートなどでも、二輪免許取得の動機の上位には「友人・家族の影響」という理由が必ず入ってきます。パーセンテージも20%を超える高いものです。
バイクとともに人生を歩んでいる伊藤さんの姿に、お二人とも何かを感じ取っていたのでしょう。
自分がバイクを楽しんでいる、バイクが傍らにあることで充実した生活、人生を送っている姿を見た人が、そんな姿に憧れてバイクの世界に入ってきてくれることはとても嬉しいことです。少なくともボクはこれまでずっとそう思っています。
88歳になる今年から、親子孫3代でバイクライフを楽しみ始めた伊藤さんを見て、ライダー人口を増やす秘訣がそこにあるような気がしました。
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みんなのコメント
いつ突然死してもおかしくない年齢であるということを自覚すべきです。
それから、転倒した時にバイクは凶器になるので、運転者とバイクはチェーンで繋いでおいて下さい。
転倒したバイクを放棄し、自分だけ助かろうとするなんてとんでもないです。