■「ビート」と「S660」、2台の偉大な軽自動車を振り返る
ホンダは2021年3月12日に、軽自動車でありながらピュアスポーツカーの「S660」について、2022年3月をもって生産を終了すると発表しました。
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類まれな性能や品質を実現したS660は2015年に誕生。当時は往年のミッドシップスポーツである「ビート」の再来ともいわれ、待ち望んでいたファンが歓喜に包まれました。
しかし、最近は販売台数の低迷が続いており、2022年からの騒音や燃費、安全性に関する規制強化の対応は、コスト的に難しいとの経営判断から、S660の生産終了が決定。
そこで、ビートとS660というホンダが誇る2台のオープンカーはどんなクルマだったのか、改めて振り返ります。
※ ※ ※
1991年5月16日、ホンダはそれまでにないミッドシップオープン2シーターの軽自動車ビートを発売し、大いに注目されました。
ボディサイズは3295mm×全幅1395mm×全高1175mmと全高がかなり低く、外板のあらゆる角を丸くしたことでコンパクトながらもカタマリ感を演出。
キャビンを車体中央よりもやや後ろに配置した絶妙なバランスで、低いボンネットからリアまでなだらかに上昇するラインは美しささえ感じられます。
なお、公式にはアナウンスされていませんが、フェラーリなどのデザインを手掛けるピニンファリーナがデザインに関わっていたという噂がありました。
ルーフは手動式のソフトトップを採用し、手軽にオープンエアモータリングが楽しめ、ソフトトップを開けても閉めてもスタイリッシュなフォルムを実現。
室内はかなりタイトな設計で、センターコンソールを助手席側にオフセットさせることで、ドライバーのスペースが優先されました。
シート生地にはゼブラ柄を採用するなどポップな印象で、着座位置も低かったことから体感的なスピードが速く感じられたほどです。
ドライバーの正面にはオートバイをイメージしてデザインされた3連メーターを設置。中央には1万回転まで刻まれた白地のタコメーター、右に同じく白地のスピードメーター、左には黒地の水温計と燃料計のコンビネーションと各種警告灯がレイアウトされ、シンプルで視認性も良好となっています。
エアコンは標準装備でしたがオーディオはディーラーオプションで、センターコンソールにはDIN規格のスペースがなかったことから、専用オーディオ以外は取り付けができませんでした。
リアアクスルのほぼ直上に横置きに搭載されたエンジンは、660cc直列3気筒SOHCで、「アクティ」や「トゥデイ」のエンジンをベースに開発。専用の3連スロットルバルブが奢られ、カムシャフトやピストンもビート専用となっており、最高出力は自然吸気ながら64馬力を発揮します。
760kgとトゥデイよりも100kgほど重い車重とあってトルク不足は否めませんでしたが、3連スロットルバルブの恩恵でアクセルに対する反応はシャープで、スポーティな走りが可能でした。
トランスミッションは5速MTのみでシフトストロークは短く、ワイヤー式のシフトながらシフトフィーリングは良好です。
サスペンションは4輪ストラットの独立懸架で、リア寄りの重量配分からパワーステアリングを必要とせず、クイックなハンドリングを実現。操縦性は終始弱アンダーステアの安定志向となっていました。
ブレーキは軽自動車初の4輪ディスクブレーキを装備し、タイヤはフロントに155/65R13、リアに165/60R14を装着する前後異径サイズを採用。標準はスチール製ホイールで、アルミホイールはオプションです。
新車価格は138万8000円(消費税含まず)と、当時は高額な印象でした。なお、運転席側エアバッグ装着車も設定され、8万円高です。
デビューしてからは1992年に特別仕様車の「バージョンF」と「バージョンC」、1993年には同じく「バージョンZ」をラインナップしましたが、改良自体は年式によってにおこなわれるにとどまり、マイナーチェンジを一度もおこなうことなく1996年にビートは生産を終了しました。
※ ※ ※
ビートは絶版車になった後も比較的中古車の人気が高く、現存数も多かったことから、2011年には誕生20周年を記念して、ホンダアクセスがUSBポートでメモリーやiPhoneなどと接続可能な新開発のオーディオと、スポーツサスペンションを限定販売しました。
また2017年からホンダは、ビートの一部部品の再生産を開始しており、愛好家をサポートしています。
■本格的なピュアスポーツカーとして開発された「S660」
ビートの生産を終えてから15年後の2011年、ホンダは株主総会の場で軽スポーツカーの開発をおこなうことを明らかにしました。
そして同年の第42回東京モーターショーにモーターで後輪を駆動し、ボディの一部にカーボンを採用したコンパクトなEVスポーツカー「EV-STER」を出展。
アグレッシブな外観が印象的なコンセプトカーでしたが、実用性をほとんど無視したようなデザインで、「ショー専用で市販化できないのでは」と一部で囁かれました。
しかし、2013年の第43回東京モーターショーでは、EV-STERのデザインをモチーフにした市販型の「S660 CONCEPT(コンセプト)」を出展し、パワーユニットもモーターではなくガソリンエンジンとしたことと、軽自動車規格の枠内に収められたボディサイズから、早期の市販化を望む声が高まります。
そして、2015年に満を持して「S660」が発売されました。
198万円(消費税8%込)からというかなり高額な価格ながら、初期の受注は契約から納車まで半年以上かかる状況を生む人気車となりました。
外観はリアミッドシップを強調するリアカウルがスタイリッシュなフォルムを演出。ルーフはビニール製で上部のみが脱着可能なタルガトップを採用。
歩行者保護の観点からやや厚みがあるフロントフェイスですが、ビートをオマージュしたようなデザインで、後にデビューした2代目NSXにも通じる精悍さが感じられます。
また、ボンネット上やボディサイドには特徴的なプレスラインが採用され、スピード感と力強さを際立たせています。
室内はやはりタイトに設計されており、コクピットはF1をイメージしてデザインされ、センターコンソールはドライバーとパッセンジャーを分離する形状で、あくまでもドライバーが各部の操作を的確におこなえることを重視。
なお、ビートと同様にDIN規格のオーディオを搭載することは想定されておらず、デザインが優先されています。
Dシェイプで各スイッチが設置されたハンドルの奥には、中央にデジタルスピードメーターと、アナログのタコメーターを配置。右側にはセグメント式の燃料計、左側には同じくセグメント式のブースト計があり、その周辺に警告灯がレイアウトされ、視認性は良好です。
搭載されるエンジンは「Nシリーズ」と同じ最高出力64馬力の660cc直列3気筒DOHCターボですが、専用のターボチャージャーによってレスポンスを向上。
アクセルをオフにしたときターボの圧が抜ける「プシュッ」というブローオフバルブ音の音質もチューニングしたといいます。
トランスミッションは軽自動車初で新開発の6速MTとパドルシフト付きのCVTを搭載。とくにこだわって設計された6速MTはスムーズかつカチッとしたシフトフィーリングです。さらにMT車ではエンジンの許容回転数を700rpm上げ、無用なシフトダウンを抑制できる走りが考慮されました。
サスペンションは前後ストラットの4輪独立懸架で、前後にスタビライザーを装備。ブレーキは4輪ディスクが奢られ、タイヤはフロントに165/55R15、リアが195/45R16の異径サイズです。
さらにホンダの軽自動車として初の「アジャイルハンドリングアシスト」を採用。コーナーリングの際に少ないハンドル操作でスムーズな車両の挙動を実現し、まさにピュアスポーツカーにふさわしいハンドリング性能を実現しています。
グレード構成は装備の違いで「α(アルファ)」と「β(ベータ)」があり、あわせて発売を記念した「S660 CONCEPT EDITION」という特別仕様車も設定。その後、2017年には2台の特別仕様車、2018年にはカスタマイズされた「Modulo X」が追加され、2020年にはマイナーチェンジがおこなわれ、内外装の一部意匠変更を実施。
そして、2021年3月12日に生産終了の発表とともに、最後の特別仕様車として「Modulo X Version Z」が発売されました。
※ ※ ※
ビートとS660の誕生には24年もの隔たりがあり、リアミッドシップの軽オープンカーということ以外は、性能的にも比べられる土俵には上がりません。
しかし、両車とも開発陣の強いこだわりが詰まっており、軽自動車であることの枠を超えたスポーツカーに仕上がっている点は共通です。
実際にビートの開発に携わったホンダのエンジニアは「ビートは軽自動車ではありません」と断言したほどです。
軽自動車で唯一といっていいピュアスポーツカーであるS660が消えてしまうのは残念ですが、ビートと同様に今後も語りたがれる存在となるでしょう。
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