自動車は走れば何でもいい。そう考える人は多いし、間違いでもない。しかし、自動車の個性が薄くなり、EVやカーシェアリングが普及する「今」だからこそ、クルマに「遊び」や「冒険」を求めたい。伊達軍曹が贈る攻めの自動車選び。第15回は「本格スポーツ」の軽自動車、ホンダビートをお届けしよう。
「本格スポーツ」の道を歩む、オープンタイプの軽自動車
今だからこそ“最近のイイクルマ”を思い起こす──心に残っているクルマ達 2019-2020 Vol.7
郊外や地方都市に住まうのであれば話はまったく別だ。しかし東京あるいはそれに準ずる都市に住まう者にとって、「実用」を主たる目的にクルマを所有する意味はさほどない。
そんな状況下で「それでもあえて自家用車を所有する」というのであれば、何らかのアート作品を購入するのに近いスピリットで臨むべきだろう。
すなわち明確な実益だけをそこに求めるのではなく、「己の精神に何らかの良き影響を与える」という薄ぼんやりとした、しかし重要な便益こそを主眼に、都会人のクルマ選びはなされるべきなのだ。
そう考えた場合に強くおすすめしたい選択肢のひとつが、ホンダ ビートという2人乗りの小さなオープンタイプの軽自動車である。
「なんだ、軽か」と馬鹿にしてはいけない。本当に素晴らしいクルマであり、まごうことなき快楽発生装置だ。わたしは今、個人的にもビートが欲しくて欲しくてたまらない状況にいる。
だが筆者のアツい思いをいきなり押し付けても仕方ないため、まずはホンダ ビートというクルマの概略を少々ご説明しよう。
1990年1月に軽自動車規格が改定されると、各社はこぞって新規格に合致する高性能な軽自動車のリリースを開始。そのなかのひとつが、専用設計のミッドシップレイアウト(エンジンを車体中央付近に置き、後輪を駆動させる方式)を採用したピュアスポーツ、1991年発売のホンダ ビートだった。
搭載エンジンは直列3気筒自然吸気のE07A型。これは自然吸気の軽自動車用エンジンとしては唯一、自主規制値であった64psをマークしたユニットで、しかもその最高出力は8100rpmというきわめて高い回転域で発生する。
そのエンジンに組み合わされる変速機は5MTのみ。数を売ろうと考えたなら、AT仕様の追加は必須だったのかもしれない。だがホンダはあえてそこに背を向け、ビートというクルマに「本格スポーツ」の道を歩ませることにしたのだ。
さらにビートのエンジンには、当時のホンダのいわゆるF1テクノロジーも注入された。
ビートは、ターボチャージャーなどの過給器に頼ることなく、ナチュラルで鋭いレスポンスを実現させなければならない。そしてエンジンのサイズ自体が、コンパクトスポーツとしての魅力を損なわない小型かつ軽量なものでなくてはならない。
そういった課題を解決するために選ばれたのが、ホンダのF1テクノロジーを応用したハイレスポンス・エンジンコントロールシステム「MTREC(Multi Throttle Responsive Engine Control system)」を、軽自動車のエンジンに組み込むという策だった。
またこのほかにも、すべてを挙げていくと自動車マニア以外は頭が痛くなること必至の超マニアックな技術がふんだんに投入されたことで、ホンダ ビートの「伝説の超高回転型自然吸気エンジン」は完成した。
その後、残念ながら1996年には生産終了となったホンダ ビートだが、一部の専門店がマニアックなレストア(補修)とメンテナンスを行っているビートに今、この2020年に乗ってみるという体験とは、果たしてどんなものなのか?
アクセルを踏むほどしっかり路面をとらえていく
最高である。
「スポーツカー」あるいは「スポーツ」という言葉から連想されるもののほぼすべてが、そこにあると言っても過言ではない。
現代の多くのエンジンは2000回転あたりで最大トルクが発生する(もっとも力強くなる)ように設計されているが、ビートのそれが発生するのは7000回転。5速マニュアルトランスミッションの3速か4速あたりを使ってそこを目指していくと、このシャープすぎるほどシャープなエンジンはあっという間にその回転域に到達し、「……これ、本当に軽自動車なのか?」と思わざるを得ないほどの力強さが炸裂する。
だが、このエンジンの最終目的地はそこではない。
アクセルペダルをさらに踏んでいけば、回転計の針はあれよあれよという間に今度は最高出力が発生する8100回転を指し、さらにそこをも越えていく。筆者は(当然ながら)F1マシンを運転した経験はないのため、ビートをF1マシンに例えることはできない。しかし少なくとも、「これはバイクだ!」と断言することはできる。
何物にも邪魔されることなくひたすら天頂(超高回転域)を目指して吹け上がる、高性能な中型あるいは大型バイクの4気筒エンジンと、この軽自動車用3気筒エンジンのフィールは空恐ろしいほど酷似している。
そのように超高回転域を使って直線路を走っていると、たいていの場合、前方には「カーブ」というものが現れる。
そのカーブを曲がるためにはブレーキペダルを踏んで減速し、そのうえでマニュアルトランスミッションのギアを5速から4速、あるいは4速から3速などに落とさねばならないのだが、そのブレーキフィールとシフトフィールもまた格別だ。
やたらと踏みごたえのあるブレーキは、決して誇張ではなく往年のポルシェ911のよう。そして、トランスミッションが下のギアに収まっていく様も、この作業ばかりを永久に繰り返していたくなるほどの快感である。
で、エンジンという重量物がクルマの中心付近にあるミッドシップレイアウトのクルマは、俊敏な回頭性が自慢となる半面、「でもしょっちゅう後輪が滑ってスピンしちゃう」とのイメージもある。
しかしビートの後輪の接地性は、ちょっとやそっとのことではびくともしない。というより、回頭中にアクセルペダルを踏めば踏むほどしっかり路面をとらえていくその様は、これまた往年のポルシェ911に似ていると、少なくとも筆者は思っている。
そんなこんなのアツい走りを堪能した後は、道端に停めてサクッとソフトトップを開放し、あとは「5速に入れっぱなしののんびり運転」みたいなスタイルを愉しめばよろしい。超高回転型となるビートのエンジンだが、「5速入れっぱなしの3000~4000回転ぐらい」で安全かつ快適に巡航することも、実は大の得意としている。
その素晴らしさは完璧なメンテナンスから
以上、いろいろと書いたが、ひとことで言うなら要するに「素晴らしいスポーツカーですよ! 」ということだ。
もちろん、その素晴らしさは──生産終了からもはや24年も経っているクルマゆえに──完璧なメンテナンスを施すことで始めて発揮される。また、きわめて小さな(しかも2人しか乗れない)クルマであるゆえに、一般的に言われる意味での「実用性」みたいなものは無いに等しい。
だが前者、すなわち「完璧なメンテナンス」については、今なお存在している熱心で真摯な専門店に任せることができる。
一般的な販売店で売っているモノよりは多少高くなるが、そういった専門店でエンジンのオーバーホールなどが済んでいる個体を買い、そして半年から1年に一度程度の点検と整備をその専門店に委ねれば、メンテナンスに関してはほぼ心配はいらない。またホンダ自身が、ビート用純正パーツの再生産も一部行っている。
そして後者の問題、すなわち「小さい2人乗りのクルマなので、実用性はあまり(ほとんど? )無い」という問題。
これについては「まぁそれでもいいじゃないですか」というのが筆者からの回答になる。
なぜならば、冒頭で申し上げたとおり、都市在住者にとってのクルマとは「たまにしか乗らないモノ」であり、同時に「アート作品みたいなもの」でもあるからだ。
文・伊達軍曹 写真・本田技研工業 編集・iconic
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