現在、VIP送迎用としてもっともよく利用されているのがトヨタ「アルファード」。その理由はなぜか? 今尾直樹が考えた。
静かでフラットな乗り心地
実用車の鏡~BMW 320d xDriveセダン&ツーリング試乗記
セカンド シートに深々と身を沈めて背もたれをちょっと倒し、電動で前後140mm伸び縮みするパワーオットマンを伸ばして、マックスの水平近くにまで上げ、脚を伸ばす。筆者の場合、足が宙に浮かんで、ぶらぶらしてしまう。脚が短いからである。仕方がない。オットマンの角度をちょっと下げて、足の落ち着きどころを探す。
アルファードの最高級グレード、エグゼクティブラウンジの7人乗りの2列目は、その名も“エグゼクティブラウンジシート”という、いかにもエグゼクティブラウンジな名前のイスが標準装備されている。ほかのグレードのシートとは一線を画す。肌触りのよい「プレミアムナッパ本革」が使われていて、100mmも幅が広い。安定感のある頑丈そうな大型アームレスト、肘掛が両サイドについており、木目調の加飾とメッキ加飾が施されている。中央側のアームレストをパカッと開くと、飛行機のファーストクラスもかくやの、これまた木目調とメッキの加飾が施された工芸調の折りたたみ式テーブルが仕込まれている。用もないのに、これを出したり引っ込めたりして、エグゼクティヴ気分を味わう。
木更津での撮影を終えて、東京への帰り道。ひとり、そのエグゼクティブラウンジシートに座っている。運転はGQ編集部のイナガキ氏に任せている。
車窓の景色を眺めれば、東京湾をまたぐアクアラインから京浜工業地帯と、世界と東京都をつなぐコンテナ船が見えたりしたはずだ。このとき、実際に見たのかどうか、天井の13.3インチのモニター等に目をやったり、アームレストをパカッと開けたり閉じたりして、見ていなかったかもしれない。乗り心地は東海道新幹線のグリーン車、あるいは飛行機のビジネスクラスに較べたら、はるかに静かではるかにフラットで、すばらしい。その分、速度はちょっぴり遅いとしても。
エグゼクティブラウンジはJBLプレミアムサウンドシステムを標準装備している。インパネ、前後&バックのドア、ルーフに、17個ものスピーカーが散りばめられている。どうですか、とイナガキ氏が彼の携帯に入っているロック、演歌、歌謡曲を次々にかけてくれる。どれもいいけれど、東京に向かって走るアルファードの最上級車のエグゼクティブラウンジシートに座る私の気分にピッタリ来たのは井上陽水だった。
♪夏が過ぎ 風あざみ~(『少年時代』1990年)
う~む。涙腺がゆるむなぁ。この曲はかかってないのについ、♪人生が二度あれば(『人生が二度あれば』1972年)、というフレーズが浮かんできちゃったりする。たぶん、アルファードの後席におさまるエグゼクティヴも井上陽水を聴くだろうな、と、想像する。
もちろん、トヨタの「センチュリー」とかあるいはレクサス の「LS」とか、はたまた外国の高級セダンのリアにおさまるエグゼクティヴのみなさんのなかにも井上陽水のファンはいらっしゃるだろう。1970年代から活躍している国民的シンガー ソング ライターであるからして。だけど、アルファードのリアにおさまるひとは、とりわけ陽水が好きだと思うのである。
というのも、アルファードを選ぶ社長さんというのは、最近はたいへん売れているから、ちょっと違ってきているのかもしれないけれど、伝統とか格式とかスタイルとかではなくて、合理的な決断をよしとするタイプのひとだったろうと推察するからだ。
紅白歌合戦とか出なくてもいい。歯医者にはなれなかったけれど、アンドレカンドレと好きな歌をつくって、うたって、そういう意味では好きなことをやって、たくさんのひとを感動させた。そういう井上陽水の、アンチ エスタブリッシュメントとも言える生き方に共感するひとのタイプなのではあるまいか、アルファードのオウナーは。
マイバッハをイメージ?
アルファード、1番高いモデルだと750万円もする高級車で、だけど、センチュリーのおよそ2000万円、レクサス LSの1000万円位と較べたら、なんとお値打ちなことか。750万円でこんなに広くて新幹線や飛行機よりも快適な個室で移動できるクルマが世界にあるかといわれれば、おそらく存在しない。
その昔、1990年代にシボレー「アストロ」のスタークラフトという、ヨットの内装みたいに改造したアメリカ製のミニバンのカスタムが流行ったけれど、ああいうもっぱらレジャー用ではなくて、ニッポンの社会に適合する、真っ当な会社のエグゼクティブラウンジ風に内装を仕立てたところにアルファードの開発者とデザイナーのビジネス センスが光っている、と私は思う。
おそらく、2000年代のはじめに登場したマイバッハ「62」をお手本にしたに違いない。マイバッハみたいにV型12気筒ツインターボはいらない。でも、あのオットマンが自動でするする伸びるシートはいいね、と。
以上は私の推測なので、間違っていたらすいません。マイバッハは4000万円以上もした。それに似たシートが、およそ750万円。しかもアルファードは全高1950mm、室内高は1400mmもあって、マイバッハ62より2倍は大袈裟かもしれませんが、たいへんゆったりしている。広々とした空間が前から後ろまで、ずどんと続いている。
「いやあ、俺もここまで来たか」
と、このクルマの後席の住人は思うのではあるまいか。そんな他人の人生に想いを馳せながら、レインボーブリッジから森ビルの超高層ビル群に囲まれつつある東京タワーと、東京港を背景に走る東京モノレールを眺め、ニッポンの来し方行く末を案じる。憂国。JBLプレミアムサウンドシステムから陽水の歌声が流れてくる。
♪初めての口紅の唇の色に(『Make-up Shadow』1993年)
いや、本物のエグゼクティヴのかたは忙しいから、アルファードの後席で、「俺もここまで来たか」みたいな感慨にふけっていたりはしない、のかもしれない。
アルファードは、もともと日産エルグランドの対抗モデルとして構想された。それゆえ、高級ミニバンという意識は最初からあったはあっただろう。でも、それが日本のビジネス社会にはっきり定着したのは2015年に登場した現行モデルから、のように私には思われる。ともかく現行アルファードはデビューしてまるっと5年も経つのに、あいかわらず大人気で、アルファードのホームページを見ると、こう書いてある。
「4月1日時点での工場出荷時期目処 ご注文いただいてから、1~2カ月程度 ハイブリッド車は、2カ月程度」
自販連の統計によると、2019年のアルファードの販売台数は6万8705台で乗用車ブランド名別の第13位、兄弟車のヴェルファイアは同23位で、3万6649台だった。足すと10万5354台で、なんと4位カローラの10万4406台を上まわっている。1番安いモデルでも300万円以上する高級車なのに、実質第3位だった。
運転してもそれほど悪くない
運転しての印象を最後に記しておくと、試乗車はハイブリッドで、最高出力152psと最大トルク206Nmの2493cc直列4気筒エンジンと、電気モーターを2基、フロントとリアに積んでいる。フロントのモーターは143psと270Nmで前輪を駆動する。リアのモーターは68psと139Nmで、滑りやすい路面で後輪を駆動して安定性を確保する、ということだけれど、今回はドライ路面しか走っていないので、その効果は定かではない。
ニッケル水素バッテリーをホイールベースの真ん中あたりの床下に搭載していることもあって、車重は2.2トンを超えている。おそらく、それが重心を下げることにもつながって、こんなに背が高いのにフラフラしない。
リアはダブルウィッシュボーンがおごられていることもあるのだろう、安定性になんの不満もない。2.5リッターのガソリン・エンジンと電気モーターの連携によるトルクは十分で、アクセルを踏み込むと、ウィーンというギアノイズをごく控えめに轟かせながら、けっこうな速さで加速する。
アクセルを緩めると、いつの間にかEVモードに切り替わっていて、大変静かである。EVモードで走っているときは、もちろんロード・ノイズと風の音しかしない。全長5m近くて、全高2mちょっとというでっかさなのに、基本的に四角いボディなので、見切りがよい。全幅が1850mmに抑えられていることも、運転のしやすさにつながっている。
あのグリルの仰々しさはどうなの? と思われるかたもいらっしゃるかもしれない。世のため人のため、従業員のために今日も駆けずり回る、ニッポンの社長さんのためのミニバンである。彼らは『風の谷のナウシカ』の王蟲みたいにそれぞれの目的地へと突っ走っている。人生が2度あれば、と悔いないように。
文・今尾直樹 写真・安井宏充(Weekend.)
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