徒歩を基本にしたまちづくりに
ホンダの創業者である本田宗一郎および藤澤武夫の「理想的な交通社会の実現に寄与する」という思いを実現するために、両氏およびホンダが拠出した基金をもとに設立されてから今年で50周年を迎えた国際交通安全学会が、ウォーカブルシティをテーマとしたシンポジウムを開催した。
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ウォーカブルシティとは、歩いて暮らせるまちづくりのこと。環境対策や健康増進などの観点から、クルマに依存しすぎた移動を、徒歩を基本に自転車や公共交通を交えた移動にシフトしていくというもので、シンポジウムでは学会に属している研究者などが話題提供をしたあと、パネルディスカッションを行った。
最初に登壇した慶應義塾大学環境情報学部教授の一ノ瀬友博氏は、日本は人口減少からコンパクトシティの流れが生まれたが、それだけではなく、歩きたくなるまちなかであることが大事と発言。コロナ禍の中で研究を進め、国内外の事例を調査したという。
同氏は人の動向をセンサーで計測しているそうで、コロナ禍でウォーキングは増えた中、緑の少ない新宿区の人が多く歩くという結果が出ており、まちの魅力が大切と話した。
ウイーン工科大学交通研究所上席研究員の柴山多佳児氏は、ヨーロッパの都市は城塞都市が多く、旧市街は当初からウォーカブルだったことを紹介。さらにSUMP(持続可能な都市モビリティ計画)が2027年から欧州で義務化されることにも触れた。
パリ、ウイーン、バルセロナなどのウォーカブルシティの実例も解説した。パリは筆者も訪れたことがあるバスティーユ広場やリヴォリ通りが取り上げられていた。
国土交通省都市局まちづくり推進課課長補佐の浅野幸継氏も登壇し、まちづくりには人を惹きつける魅力や多様性が大切と発言。好ましい実例として、神戸三宮駅北側、大阪の御堂筋やなんば駅前などを取り上げた。
国土交通省では、まちなかの居心地の良さを図る指標を公表しており、4つの要素で主観と活動を計測していくとのこと。「官民連携まちづくりポータルサイト」も立ち上げているそうで、この分野に積極的に取り組んでいることが窺えた。
日本に求められるウォーカビリティとは
後半のパネルディスカッションには、まずパネリストである5氏が簡単にプレゼンテーションを行った。
早稲田大学理工学術院創造理工学部社会環境工学科教授の森本章倫氏は、日本は人口増加よりも早いスピードで市街地面積が広がったので、市街地をいかに効率的に整理していくかが悩ましい問題と指摘。これからは人が交通ニーズに合わせて、集約エリアと非集約エリアのどちらに住むか選ぶことになるだろうと示唆した。
東京大学生産技術研究所人間社会系部門助教の鳥海梓氏は千葉県の研究結果を公開。松戸市は街中まで歩いて行けるのに対し、館山市は居住地が拡散しておりバスでカバーするのも大変と報告した。とはいえ多くの人にとってクルマは不可欠であり、現状を許容しながら進めていくことが大事と話していた。
ウォーカブルシティを経済面から掘り下げたのは、立教大学経済学部経済政策学科教授の田島夏与氏。高速道路を地下化して公園にした米国ボストンの例を挙げ、地下化によって土地の価値、つまり地価が上がったことを出し、便利かだけでなく環境がいいかでもお金を払う人がいると伝えていた。
千葉大学大学院園芸学研究院教授の岩崎寛氏は、厚生労働省の健康政策の「ゼロ次予防」では地域や環境が自然に人を健康にするとしており、高速道路のパーキングエリアで駐車場と店舗の間に緑地を設けたところ、ストレス緩和から事故防止に結びついたというエビデンスも出ていることを明らかにした。
筑波大学システム情報系教授の村上暁信氏は、東京駅近くの丸の内仲通りを公園として使ってもらう社会実験を2019年から行っていることを紹介。暑くない場所ほど長く滞在すること、睡眠不足によっても滞在場所は変わってくるなど、興味深い調査結果が示されていた。
この概念を、ひとりでも多くの人に
これを受けてコーディネーターを務めた一ノ瀬氏はまず、これからの日本のまちにはどのようなウォーカビリティが求められるか?と問いかけた。
森本氏は「住民自身のウェルビーイングと社会の持続性が必要」、鳥海氏は「歩くことを基本に、それを補助するモビリティを用意し、誰一人取り残さない社会」、田島氏は「居心地の良い空間があり、その場がわかりやすいこと」、岩崎氏は、「健康はいらない人がいないので、健康とセットにすると関心を持つ」、村上氏は「場所によって違う解を求めていくことが重要」と答えた。
次の問いは、日本のまちのウォーカビリティ実現のために越えなければいけない課題は何か?というものだった。
森本氏は「高度経済成長期の時間短縮やコスト重視がそのままで、社会的な評価ができないので、基準を再考する必要がある」、鳥海氏は「データを集めるのが大変なのでデータを取りやすくしてほしい」、田島氏は「変えることへの抵抗は強いので、どうなるかを思い浮かべやすいまちにすること」、岩崎氏は「社会的健康は医者は対応できず、いろんな観点から取り組んでいかないと解決できない」、村上氏は「日本はそれぞれで最適化を求めてしまっており、全体的に地域をどうしていくかを考えることが大切」と述べた。
ウォーカブルシティという単一のテーマに対して、さまざまな分野を専門とする研究者が、多角的な視点から調査や考察を重ねてきていることが理解できた。とくに環境だけでなく健康にもメリットがあることは、日本人にも響くのではないだろうか。
ただし、別の学会で他の研究者たちと接し、自身の仕事では自治体の担当者と交流し、グッドデザイン賞の審査委員としてデザイナーともつながりがある筆者としては、さまざまな立場にいる人が一堂に会して、地域の人たちと議論を重ねていくことができれば、さらに理想に近づくのではないかとも感じた。
欧州に比べると日本のウォーカブルシティはまだ始まったばかりだが、それだけに伸び代はあるし、この国ならではの独自性も期待できる。だからこそ今はこの概念を、ひとりでも多くの人知ってもらうことが大切だと、記事を書きながら思った。
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