2022年12月20日マツダは、新型クロスオーバーSUV「MAZDA CX-60」が備える先進安全運転支援システムが日本で初めて、2023年から適用が始まる一部改正・保安基準に適合したことを発表した。国際的な技術ガイドラインに沿った「ドライバー異常時対応システム」は確かに、新しいレベルの安心感をサポートしてくれそうだ。一方でその恩恵を受けるにあたってはオーナーも、心に留めておくべきことがある。
高速道路では路肩に退避。一般道では同一車線に、安全に減速・停止
マツダは自社が販売する新型車について2040年をめどに、自動車が技術的に対応可能なレベルで「死亡事故ゼロ」とする目標を掲げている。その一環としてCX-60から導入が始まったのが、「ドライバー異常時対応システム(Driver Emergency Assist=DEA)」だ。
●【くるま問答】ガソリンの給油口は、なぜクルマによって右だったり左だったりするのか
マツダのDEAは、「意識喪失に対して、ドライバーの運転が継続できないと判断した場合にクルマが自動で減速停止し、緊急通報までつなげる先進安全技術」と定義されている。その技術的要件が、2022年1月に一部改正された道路運送車両法の保安基準(1951年運輸省令67号)に日本で初めて適合した。
運転者の異常を検知してクルマが自動的に止まるシステムじたいは、すでに他メーカーでも実装が始まっている。機能的な違いは多少あるものの、スバルの「アイサイトX」や日産「プロパイロット 2.0」、あるいはトヨタ、レクサスの「アドバンストドライブ」などなど。ホンダがレジェンドで実用化しているレベル3の自動運転ももちろん、同様のサポートを行ってくれる。
では、マツダのシステムのどこがいったい「日本で初めて」なのか。直接的には、改正された保安基準に基づく国土交通大臣による型式認定の取得で先駆けとなった、ということがある。もっとも、新しい改正保安基準の新型車に対する適用は2023年9月からスタートする予定なのだそうで・・・このあたりの法的プロセスは、なんだかややこしいのだけれど・・・。
経緯はともかくとして、マツダのDEAが持つ機能は確かに、これまでのものから着実に一歩進んでいる。もっとも大きな違いは「従来型」が高速道路(自動車専用道路含む)での作動を前提としているのに対し、マツダのそれは一般道にも対応している点にあるだろう。
スバルのシステムではツーリングアシスト、トヨタならアドバンストドライブなど、自動車専用道路に利用できる先進運転支援システムが起動している状態が、前提とされている。だがマツダのDEAはクルージング&トラフィックサポートと連携しているものの、ドライバーが主として運転している場合でもシステムの自動検知によって作動する。
条件としては高速道/自動車専用道路/一般道を5km/h以上で一定時間走行を継続しているときであり、ドライバー・モニタリングとの連動で異常感知すると、起動。警報音やディスプレイによるシステム制御の報知に続いて、高速道路や自動車専用道路では同一車線内だけでなく、可能な限り安全な退避制御まで行ってくれる。さらに一般道でも、同一車線内での減速・停止制御を実現しているのだ。
それらの機能的安全性、正確には「自動運転時のリスク低減機能の信頼性」を担保するのが、国土交通省が令和元年8月に規定した「ドライバー異常時対応システム発展型(路肩等退避型)の一般道路版」である。ずいぶん長いタイトルのガイドライン(正式名称「基本設計書」)だが、そこには必要な技術的要件の数々が列挙されている。
交差点の手前で止まるか、通り過ぎるか・・・それが問題だ
DEAの技術要件に関して、国土交通省自動車局 先進安全自動車推進検討会はこれまで、3種類のガイドラインをまとめてきた。そこでは、運転者に異常が生じた場合に自動でクルマを危険から退避・回避させる機能とその作動要件が明記されている。
●基本設計書 その1<平成28年(2016年)3月>
ドライバー異常時対応システム(減速停止型)基本設計書
【機能】車線内走行させる機能/減速停止させる機能
●基本設計書その2<平成30年(2018年)3月>
ドライバー異常時対応システム(路肩等退避型)基本設計書
【追加された機能】車線変更させる機能/道路端に寄せる機能
●基本設計書その3<令和元年(2019年)8月>
ドライバー異常時対応システム発展型(路肩等退避型)一般道路版 基本設計書
【さらに追加された機能】車両の停止回避場所(交差点の中等)への停止を避ける機能
興味深いのは本来、車線変更して道路端に寄せる機能については、一般道路版も高速道路版も変わりないということ。それならすぐにでも「一般道路版」に対応すればいいのでは?と思われるかもしれないけれど、そう簡単な話ではない。一般道路につきものとなる、交差点での安全確保がかなり難しいのだ。
なぜ交差点の対応が難しいのが?それはそこが重大事故につながるリスクが非常に高いエリアであり、現時点ではもっとも緊急性の高い「停止回避場所(停止することを避けるべき場所)」と考えられているからだ。
ガイドラインに規定される交差点前後での自動運転の操作としては、大きく分けて次のふたつが選択肢となる。ひとつは、信号のタイミングや後続車との距離、速度などとの兼ね合いから、「交差点に進入せずに止まれる場合は交差点進入前に停止」する場合。そしてもうひとつが、安全に停止することができそうになく「交差点へ進入せざるを得ない場合は、減速を中断し、通過後速やかに停止」する場合だ。
ただし後者の場合も「制御開始から車両停止までの走行距離上限は150m、時間上限は60秒」と規定されている。150mの根拠は、警察庁が定める「一般道における隣接する信号機との距離(交差点と次の交差点の停止間距離)」だという。上限の60秒は、この150mを10km/hに制御された車速でエンジンブレーキなどの自然減速(0.5m/毎秒)で制御開始から道路端に寄せて停止させるまでに要する時間から導き出されている。
自動運転技術の恩恵を実感。そこには「使う」責任も生じる
他にも「ドライバー異常時対応システム(EDA)」に関しては、クルマ側の制御要件やロジックだけでなく、運転者の異常検知や制御開始、停止時の報知内容、あるいは操作のオーバーライド時の対応など、文系にはめまいがしそうな配慮すべき事項が山積している。
それでも、次世代の高度運転支援システムの要として、ある意味、国家を挙げてこの機能についての基本形制定が進められてきた。令和3年(2021年6月)には、日本国内のガイドラインの内容を反映した国連協定規則の改正案(第79号第4改訂)が合意されたことで、国内向けの保安基準の改正が実施されたわけだ。
要件の制定を急ぐ背景のひとつには、ドライバーの異常に起因する事故が年間200~300件も発生していることがある。乗用車だけでなくバスなどの公共交通機関でも、運転従事者の高齢化が進み、異常が発生する可能性が高まっていることがあるのだと思う。
実際、2018年7月には、運転手や乗客が非常停止ボタンを押すことで車両を減速、停止させるシステムが日野自動車によって開発され、搭載した大型観光バスの販売がスタートしている。
一般道で安全に停止させる機能の完成はとくに、緊急性がある、と言えるかもしれない。マツダが2021年に「コ・パイロット・コンセプト」を発表した折に提示した資料によれば、急な体調変化による事故は95.8%が時速60km/h以下で発生しているという。
いわゆるレベル4相当のような、本格的な自動運転というシステムの「恩恵」を受けることになるのは、ずいぶん先の話だと思っていた。しかしCX-60をめぐるニュースによって、技術そのものとしては、実はとても身近になり始めていることを、改めて実感した。そうしたシステムの有効性にはもちろん、大いに期待していい。
一方で、そうした自動運転技術の一端を利用したシステムは同時に、自動運転そのものが抱えるさまざまな課題を共有していることは覚えておいたほうがいい。これまでにない先端技術の恩恵を受けるにあたってはユーザーの側も、相応の理解や認識を持っておくべきだと思う。
わかりやすいところでは、自動運転技術の肝心要というべきセンサー類を、常に最適な状態にしておくことは、所有者が担うべき責任ではないだろうか。わかりやすいところでは適切かつ精度の高い「ADASエーミング」はまさに、基本中のキ。運転支援の濃度が上がれば上がるほど、その必然性は高まっていくものだ。
実際、CX-60の取扱説明書には、DEA使用上のさまざまな警告・注意が明記されている。中でも「DEAを正しく作動させるために、次のことを守る」の項目には、各種センサーを「適切に取り扱ってください」と明記されている。
■DEAを正しく作動させるために、次のことを守る(マツダ CX-60 取扱説明書電子版より抜粋)
●フォワードセンシングカメラ (FSC) を適切に取り扱ってください。フォワードセンシングカメラ (FSC) が対象物を正しく検知できない場合、思わぬ事故につながるおそれがあります。
●レーダーセンサー (フロントレーダーセンサー、フロントサイドレーダーセンサー、リアサイドレーダーセンサー) を適切に取り扱ってください。レーダーセンサーが対象物を正しく検知できない場合、思わぬ事故につながるおそれがあります。
●超音波センサーを適切に取り扱ってください。超音波センサーが対象物を正しく検知できない場合、思わぬ事故につながるおそれがあります。
●ドライバー・モニタリングカメラを適切に取り扱ってください。ドライバー・モニタリングカメラが対象物を正しく検知できない場合、思わぬ事故につながるおそれがあります。
自動運転車による事故への対応は、今からしっかり考えておくべき
また、万一の事故時の法的対応などについても、念頭に置いておくべきだ。シンプルに気になるのは、ドライバーが運転を継続できない状態で自動的に操作されながら行う回避行動が、二次被害につながってしまった場合の対処だろう。正直な話、現在の技術では、あらゆる危険な要素をしらみつぶしに回避することはおそらく難しい。
そうなるとたとえば回避中に、他車だけでなく周囲の道路ユーザーとの接触・衝突などが起こった時、あるいは回避した車両をさらに緊急回避しようとした車両が他車や歩行者と事故を起こしてしまうような「2.5次的被害」についての事故原因の解析や、責任問題などがどうなるのか?重箱の隅をつつくようではあるが、法的な整備も含めてまだ不透明なものは多いように思える。
おりしも、去る2022年11月30日、名古屋大学 未来社会創造機構 モビリティ社会研究所「GREMO(Global Research Institute for Mobility in Society)」が「自動運転車の事故の法的責任に関するシンポジウム ~交通事故の法的責任の調査・捜査はどう変わるか~」を開催。自動運転車が潜在的に内包する「事故発生時、誰が法的責任を課せられるのか」という課題に着目し、関連分野のオーソリティがそれぞれの視点から取組を説明、提案を行った。
GREMOが取り組んでいるのは、名古屋大学を中心に産学官民が連携する「地域を次世代につなぐマイモビリティ共創拠点」の創設だ。その鍵を握る要素としてGREMOは、マイカーを使わなくても快適に便利に移動できる地域密着型モビリティの実装を検討している。
それを実現する重要な手段のひとつが自動運転による移動なのだが、一般的に普及するためには技術の向上やインフラの整備といったハードの進歩だけでなく、関連法制度に代表されるソフト面での整備が不可欠、という視点に立つ。今回のシンポジウムでも、関連の事業を担うサプライヤー、研究者、法曹家による講演が実施された。
たとえ非常時とはいえ「ドライバー異常時対応システム」の価値は、ドライバーがなんらかの異常によって運転操作を行えない状態に陥ったところで、安全に車両を停止させられることにある。技術的には、極めて高いレベルの自動運転に相当しているといえるだろう。
それが実際に市販車に搭載され始めた以上は、他のメーカーもこれに追随することは間違いない。その恩恵を受けるユーザーは一方で、これまでとは違った意味での事故や事件における対応が必要になるかもしれない。
果たして今まで通り「損害保険にはいっているから大丈夫」なのか?事故が刑事事件に発展してしまったとき、運転者(あるいはクルマの所有者・使用者)は、どんな法的責任が問われることになるのか??
実は意外に身近なところで、自動運転技術をめぐる気になる課題は数多い。そうした課題に対する現状を知り、これからを展望することのできるGREMOのシンポジウムについては、改めて詳しく紹介したいと思う。
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