インタビュー [2024.04.23 UP]
車の電動化はどこまで加速する? 専門家に聞く、自動車業界のイマとミライ【前編】
(掲載されている内容は「プロト総研 / カーライフ」2023年12月掲載記事【2030年の自動車業界を展望する 「電動化はどこまで加速するのか」前編】を転載したものです)
「100年に一度の変革期」は自動車業界をどう変化させていくのか。少し先まで視線を伸ばした未来予測を、自動車ジャーナリストの池田直渡さんに聞く。
宗平 本日はお時間いただきありがとうございます。今回は自動車業界の現状と今後の展望について、自動車ジャーナリストの池田直渡さんにお話しを伺います。どうぞよろしくお願いします。
池田 よろしくお願いします。
宗平 温室効果ガスを生み出すとして自動車の内燃機関が問題視されるなかで、各国から2030年代にガソリン自動車を禁止するべきだという意見が登場して、それに呼応するように電動化の流れが一気に加速しました。果たしてこの流れは今後どうなってくるのでしょうか。
池田 そもそものスタートは、気候変動に対する国際社会の危機感にあります。パリ協定(2016年)で平均気温の上昇を1.5度(努力目標2.0℃)に抑えようという目標ができて、そのためには2050年までにカーボンニュートラルを達成する必要がある。そこで、走行しても温室効果ガスを排出しない電気自動車に注目が集まったわけです。
宗平 各国は補助金など優遇政策をとりながら電気自動車の普及を促し、自動車メーカー各社も内燃機関モデルの開発を止めて電気自動車に専念している。大きく見ればそういった流れでしたよね。
池田 そのとおりです。長期的に見れば、自動車の過半を電気自動車が占める時代が来る可能性はあります。しかし、今回のテーマである2030年の自動車産業という視点から言えば、内燃機関がすべて電気自動車に置き換わるとは個人的には考えていません。
宗平 もっと時間がかかるだろうと。それはなぜでしょうか。
池田 電気自動車の本格的な普及については、クリアすべきポイントがいくつかあります。ひとつは、軍事でいうとこの兵站(へいたん)の問題です。
宗平 兵站というのは、物資の補給と輸送と管理ということですね。
池田 そうです。ものづくりにはこれが欠かせません。現在の電気自動車用バッテリーの調達力は世界で約1000万台くらい。これがあと10年足らずで、年間1億台と言われる新車の販売台数すべてを賄えるようになるのかと言うと、おそらく無理でしょう。2030年というタイミングでは、おそらく、頑張っても3000万台が上限ではないでしょうか。
宗平 一般論として、需要が増えてくれば供給も増えるものですが、池田さんはそう簡単にはいかないだろうと考えていらっしゃるわけですね。それは電池を作る素材が足りないからでしょうか?
池田 現在主流となっている三元系リチウムイオンバッテリーですが、素材にはレアメタルと呼ばれる希少な素材が使われています。ニッケル、マンガン、コバルトです。これらレアメタルを採掘するときに、採算性や環境に対するルールを守ろうとすると、採掘できる場所は限られてくるわけです。そうなると、需要に対する供給のバランスが緩まないから価格も大きく下がらない。しかも需要が増えたからといって鉱山を新たに開発しようと思っても、数年でできるものではないのです。調査に時間がかかるし、技術者も養成しないと足りない、採掘のための機械だって増産しなければならない。それらが足りていたとしても鉱山開発には10年くらいはかかるのです。電気自動車に注目が集まり、バッテリー供給については早くから指摘されてきましたが、そんな簡単にクリアできる問題ではないのです。資源の採掘や精製については、環境破壊や奴隷労働に近い劣悪な環境での作業を強いられている採掘現場もあり、アムネスティインターナショナルからも厳重な注意勧告が出ています。これらも根深い問題となっています。
宗平 なるほど。しかし中国のように、国を挙げて電気自動車の普及に乗り出してきた国もありますよね。
池田 なぜ中国が電気自動車に前向きだったかというと、内燃機関に比べて電気自動車が作りやすいという側面に加えて、バッテリーの素材である資源が自国から産出されるという部分も大きかったのです。
宗平 なるほど。カーボンニュートラル問題だけでなく、そこに資源の有無や経済的な競争が絡んでくるわけですね。
池田 そうです。もっといえばこれは国家戦略的な問題でもあるのです。中国はいわゆる西側先進諸国とは国のあり方が違いますから、これを強力に推し進めることができた。国際的なルールを無視した強引な方法で、低コストなバッテリーを作り続けてきたわけです。その結果、自動車用バッテリーの世界シェアは、中国企業が半分以上を占めることになりました。
宗平 そんなにも! 驚きですね。
池田 電気自動車を普及させるには、ユーザーのニーズを満たす商品が必要です。しかし現状の電気自動車は、20kWh程度の小さなバッテリーを搭載する小型車か、60kWh以上のバッテリーを搭載するプレミアムカーに二極化しています。
宗平 たしかに、電気自動車はコンパクトカーか高級SUVのどちらかが多い印象があります。
池田 カーボンニュートラルという本来の目的を考えると、使用する資源を最小限に抑えたコンパクトカーが理想的です。だがそれだけではユーザーニーズをカバーできない。とはいえ400km以上の航続距離を確保しようとすると、現状のエネルギー密度と電費では、バッテリーをたくさん搭載するしかない。バッテリーは高いから、商品価格が高くても購入できる層をターゲットにしたプレミアムカーが多くなる。これが電気自動車の現状です。
宗平 これでは1億台の需要をカバーすることは難しい。
池田 そうです。そして、コストパフォーマンスが求められる普及価格帯と現状の電気自動車はあまり相性がよくない。
宗平 コストパフォーマンスに優れたバッテリーの登場が必要ですね。非常に興味深いですが、電気自動車の現状について理解が深まったところで今回はひとくぎりとさせていただきます。次回は引き続き、池田さんと電気自動車普及の鍵を握る次世代バッテリーについてお話する予定です。どうぞお楽しみに。本日はありがとうございました。
池田 ありがとうございました。
出演者プロフィール
池田直渡(写真右)
1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(『カー・マガジン』『オートメンテナンス』『オートカー・ジャパン』)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。以後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行う。
宗平光弘(写真左)
株式会社プロトコーポレーション専務取締役およびグループ・関連会社各社の会長職を務める。「PROTO総研/カーライフ」では所長としても取材活動を行う。
この記事は「プロト総研 / カーライフ」より転載したものです。
ここでは、「プロト総研 / カーライフ」2023年12月掲載の 2030年の自動車業界を展望する 「電動化はどこまで加速するのか」前編 を掲載しましたが、後編はプロト総研にて閲覧していただけます。他にも、「世界が電動化に向かうなかで、日本の自動車産業は競争力を維持することができるのか」というテーマについての対談記事も掲載しているので併せてチェックしてみてください!
【プロト総研 関連記事】
・2030年の自動車業界を展望する 「電動化はどこまで加速するのか」後編
・2030年の自動車業界を展望する 「日本の自動車産業は生き残れるのか」
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