モビリティリゾートもてぎにて毎年夏に開催される「もてぎKART耐久フェスティバル“K-TAI”」にレース未経験の20代初心者ドライバーが参戦した体験記です。
モータースポーツへの入り口「カートレース」の世界に飛び込む
筆者は休日にまったりとドライブするのが趣味で、サーキット走行やレース参戦はお金がかかり、怪我のリスクもあるため二の足を踏んでいました。
●【くるま問答】ガソリンの給油口は、なぜクルマによって右だったり左だったりするのか
そんなある時、自動車評論家の鈴木ケンイチさんが事務局長を務めるチームからカートレースに参戦してみないかというお誘いを受け、自動車レースよりも金銭的負担が少なく参加できることもあり、人生の経験として参加することに。
鈴木ケンイチさんが率いる「Club Racing(クラブレーシング)」は、主に自動車メディア・車系YouTuberで編成され、ドライバー、メカニック、裏方スタッフの方々を含めると総勢50人以上、出場マシンも3台というかなり大所帯なチームです。しかも、過去にはレース界のレジェンドである故高橋国光氏も所属していたという名門としての歴史を持ち、スポンサーとして長年ご支援いただいている企業が何社もあるといいます。
そんな名門チームにサーキット未経験の“ひよっこ”が参加して大丈夫なのかという不安が頭を過ぎりますが、どうやら自動車メディアの若手にレースの楽しさを体験してもらうために20~30代の人間を集めており、未経験の新人というのはうってつけの存在だったようです。
また、参戦するレースは「もてぎKART耐久フェスティバル“K-TAI”」、通称「K-TAI」と呼ばれるサーキット走行イベントで、スポーツカートと呼ばれるレーシングカートのフレームに国内メーカーの4ストローク汎用エンジンを搭載し、レンタルカート用のタイヤを装着した車両で1周4.8kmのモビリティリゾートもてぎの本コースを走る7時間耐久レース。競技ライセンスがなくても参加できる、“レースとしてはお手軽なイベント”とされています。
なお、K-TAIは搭載するパワートレーンによってガソリンエンジン搭載車を排気量別に振り分けた「クラスI」~「クラスIII」、バッテリー駆動の電動カートを用いる「クラスE」、次世代型バイオマス燃料を用いる「クラスF」の5つにクラス分けされており、筆者のチームはホンダの270cc汎用エンジン「GX270」を搭載し「クラスII」に参戦しました。(使用タイヤはダンロップのレンタルカート用タイヤ「DRK-SP」)
ちなみに、最高速度は120~130km/h。生身の身体で地面すれすれを新東名高速の最高速度とほぼ同じ速度でかっ飛ばしているというだけでも、いかにクレイジーなことかがお分かりいただけると思いますが、もっと恐ろしいことにカートはコーナリング性能が高いため、ほぼその速度を保ったままコーナーも駆け抜けていくといいます。
リブプロテクターで保護されているとはいえ、クラッシュなどのアクシデントがなかったとしても、コーナー走行時にかかる横Gの負荷だけで肋骨が折れてしまう事例もあるそうです。
初心者最初のハードルはお金!レース参戦にはとにかくお金がかかるッ...!
K-TAI参戦にあたっては、レース用の装備を準備する必要があるため、カートレースとはいえそこそこのお金がかかります。筆者の場合ですと、マシンはチームのものを使用できるので車両調達代は0円で済みましたが、ヘルメット、グローブ、レーシングシューズ、ネックガード、レーシングスーツなど、自分の身を守る装備は自分で準備しなくてはなりませんでした。
K-TAIの規定では、ヘルメット、ネックガード、リブプロテクター、シューズ、グローブが必須装備に指定されており、レーシングスーツについては四輪レース用は使えず、カート専用スーツの着用義務があります。
これは、カートレースではその車両特性上、“車内閉じ込めによる車両火災”が発生せず、非耐火素材である必要性はない代わりに、人間がむき出しの状態で、しかもシートベルトなしで乗車するため、クラッシュなどのアクシデント発生時に車両から路上に放り出されてしまう場合に備え、外傷を防ぐ「引き裂き強度に特化した素材」であることが求められているためです。
一方で、四輪レースの場合は、事故の発生時に車内に閉じ込められたまま炎上することが多く、「いかに燃えない素材か=耐火性難燃素材」という所が一番重要視されているため、四輪用スーツとカート用スーツは流用ができないのです。
またヘルメットも、日本工業規格(JIS(T8133:2007)、SNELL 規格(2005 以降)、JAF 公認カートヘルメットのいずれかを満たしたフルフェイス仕様でなくてはならず、そのほかの装備もレース専用品である必要はありませんが、装着が必須、または強く推奨されるものとされています。
参考までに筆者が実際に購入した装備とその金額を表にまとめておきますので、レース参戦を検討中の方はぜひ参考にしてみてください。(将来4輪でサーキット走行する可能性を考慮し、カート用ではなく4輪レース用の装備を購入しました)
【買ったものリスト】
ヘルメット :6万6000円
ミラーシールド :1万2980円
グローブ :3万3000円
シューズ :3万2000円
ネックガード :9350円
フェイスマスク :1万1000円
合計金額 :15万4980円
リブプロテクターとスーツは必須装備ですが、今回はチームメンバーに借りることで節約できました。もし購入していた場合は、以下の金額が追加でかかることになります。
【必須装備】
リブプロテクター :2万4000円ほど
スーツ :4万1200円ほど
よって、最終的に必須装備をすべて揃える場合、22万180円程度がかかるという計算に。ここからさらにマシン関連のお金やエントリー料、交通費、宿泊費などが必要となるため、初心者にとってはまず金銭面でのハードルが高い趣味であることを改めて実感しました。
カートは軽いので挙動がわかりやすい
K-TAIにドライバーとして参戦するためには、全部で3回実施される公開練習のうち少なくとも1回の参加が必須で、本番で走るモビリティリゾートもてぎロードコースを走行できる貴重な練習機会として設定されています。
また、サーキット走行の仕方を学ぶ講習会も開催されるため、初心者にとってはレース走行の世界に初めて直接触れる“サーキットデビュー”の場として重要なのです。
【初心者向けプログラム】
・バスツアー
バスに乗り込んでサーキットを1周する間に、ピットからサーキットへの進入の仕方、フラッグの見方、コースレイアウトを説明されるガイドツアー
・講習会
サーキット走行のルールやフラッグの見方を写真・図で解説してくれる説明会(資料をもらえます)
初めてのサーキットは未知の領域。まわりのチームは“ガチ勢”も多いので当然レベル差があり、ビュンビュン抜かれます。しかも、公道と異なり方向指示器(ウインカー)がないため、お互いに走行ラインを察して接触を回避するという高度なテクニックが要求されるほか、フラッグや前車のスピン、ピットサインなどへの注意も同時に行わなくてはならないため、これに慣れるまでは脳内の情報処理がとても大変です。
それでも、2周、3周と周回を重ねるごとにだんだんと慣れ、少しずつカートの挙動も感じることができるようになります。
というのも、カートの車重はたったの50~60kg程度しかなく、ドライバーの体重とほぼ同じなので、加減速時やコーナーを曲がる際に荷重移動が筆者のような超初心者にも非常にわかりやすいのです。なんなら上半身の姿勢を少し変えるだけでも、同じコーナー・同じ速度でも全く旋回挙動が変わるため、色々と試行錯誤しながら自分にとってのベストな走り方を探し続けます。
また、ゼッケンカラーが同じマシンは同じクラスということに気づくと、ほかの速いチームのコースラインやコントロールも参考にして、なるべく減速せずに通過することを意識するようになっていき、コーナー旋回で後輪が滑るような速度域に入ると、今度はスピンしないように慎重に速度アップしていく、といった感じで段階を踏みながらステップアップしていくことが楽しく感じられたところで練習会が幕を閉じました。
チームに救われたレース本番
そうして迎えたレース本番。まずは、練習会よりも大幅に多い出場カート数に圧倒され、前、後ろ、横、フラッグなど全方向に注意を配り、接触を避けながら走るところから始まります。
初心者にとっての1周目というのは速く走るどころではないので、周りの様子を見つつ安全に走行し、2周目からは少しペースアップして少しずつ練習走行時の感覚を呼び起こしていきます。この2周目では、練習走行時のベストラップとほぼ同じタイムが出ており、ここからどこまでタイムを縮められるかワクワクしながら3周目に進みました。
が、第3コーナーに差し掛かった際、ほかのチームと接触寸前のハプニングがあり、とっさに回避行動をとったことでカートがスピンし、第4コーナー手前の外側の端付近でコース進路と反対の向きに停車。
この時点ではマシンは無傷だったため、後続の他チームたちがいない安全なタイミングを見計らってコース外に移動して車両状態を確認し、レースに復帰しようと考えていました。ただ、その5秒後くらいに来た車列が3~4台の横一列でコーナーに進入してきていたため、一番外側を走行していた車両と、停車していた自車が衝突するクラッシュアクシデントに発展してしまいます。
この時の衝撃で、フロントカウル右側は大きく破損しベコベコに。また、コース外へマシンを移動させた際に、右フロントタイヤ付近のタイヤとフレームの接合部分も折れ曲がっていることが確認できたため、レース続行は不可能と判断してレッカーサービスを要請。この段階では痛みを感じていなかったので救急車は利用せずレッカー車に同乗する形でサーキットコースを後にしました。
ただ、マシンとともにピットに戻った際に、今度はアドレナリンが切れたのか手首の震えと痛みを感じるようになり、次いで首、腰の痛みも少しずつ出てきたため、メディック(サーキットにある簡易的な病院)を受診。骨折ではなさそうなものの、しばらく安静にする必要があることと、サーキット周辺に病院がないため、帰宅後にちゃんとした病院で検査を受けてくださいという診断を受けます。
しかし、マシンが壊れてしまった罪悪感、もう走行できないかもしれないという悲壮感など、さまざまな感情が交錯しており、どうしても自分の怪我よりもマシンの状態やチームに迷惑をかけたことの方が気になってしまい、居ても立ってもいられずに気づいたらピットへ向かっていました。
ピットでは、チームの方が寄り添ってくれて落ち着くまで励ましていただき、またマシンの方もメカニックの皆様により、みるみるうちに復旧作業が進み、あっという間に応急処置が完了。なんとかレースに復帰できそうだという嬉しいニュースに少し安心し、優しい気遣いとチームワークの素晴らしさに感謝・感動しました。
と、このタイムングで今度は同じチームの96号車がクラッシュしたという情報が入ってきます。こちらはドライバーが救急車で運ばれるほどの大惨事だったようで、それまで興奮していた思考が一気に沈静化。レースにアクシデントはつきものだというチームメンバーの励ましが現実的に感じられるようになったことにより、正気を取り戻すことになります。(96号車は1時間ほどでレースに復帰し、無事完走)
そこからは、できる範囲でチームメンバーのサポートに回ってチームの完走を祈り続け、最終的には無事完走を達成しました。
レース参戦で「仲間への感謝」と「生きていることへの喜び」を実感
レースの結果としては、大きなアクシデントなく走りきった95号車が54位、筆者が乗車した97号車が87位、97号車同様にクラッシュを乗り越え完走した96号車が90位と、出場した3台すべてがチェッカーを受け、人生で初めてのレースを無事に終えることができました。
レースの世界は何が起こるかわからないという話は聞いていましたが、いざ自分がその当事者になると、無事に完走する喜びや、完走の裏にあるメカニック・サポーター・スポンサーという存在のありがたみがひときわ大きく感じられます。また、アクシデントで怪我を負ったことにより「五体満足でいられることがどれだけ幸せなことか」を痛感し、「生きてるだけで丸儲け」という明石家さんまさんの名言の重みを理解するようになりました。(怪我はレース後に通院し、現在は完治しています)
確かにレースの世界はお金がかかりますし、筆者のように怪我を負うリスクもあるため、参戦しようと思う人は少ないと思います。しかし、K-TAIのように初心者でも参加しやすいカートレースを見つけて、仲間とともに参戦してみることで、レースの楽しさ、仲間との友情、ひいては人生観も変わるかもしれません。
いきなりレースに参加するのは心理的・金銭的に難しくとも、レンタルカートであれば、手ぶらでカート走行体験ができるので、まずは近場のカート場からレース趣味を始めてみるのはいかがでしょう。きっと何かを学べるのではないでしょうか。
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