重量級ボディを取り回せる体力と、特別なライディング・スキルを習得したものだけが乗ることを許されてきたとも言えるハーレーダビッドソン(以下ハーレー)。そのラインナップの中にあって「これなら乗れる」と直感させてくれたのがハーレーの新世代スポーツとして登場した「975ナイトスター」だ。デビュー以来、軽量にして軽快、気軽にしてフレンドリーを身上にした個性は俄然注目を集めている。いったい身近になったハーレーが見せてくれる世界とは、どんなものなのだろうか?
甘さや柔らかさばかりでは、味わい深さは理解できない
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海外取材では時差のせいだろうか、体が対応するまで少々早めに目覚めることが多い。そんなときはベッドにしがみつくことをやめ、早朝の町にでかけ、朝市を探す。焼きたてのパンを並べている店もあれば、手摘みの果物や野菜を並べた店があったりと、なかなかに楽しめるのである。
あれは確かフランスのブルターニュの中心都市、レンヌだったと思うが、マルシェの一画にフルーツを山積みにしたお店があった。そこでリンゴの山から赤くて熟したようなものばかりを選ぼうと物色していたら、店番のおばさんが「あんたさ、いちいち選んでないで、ほら、これ持っていきな」と、多分、そんなニュアンスであろう言葉を口にしながら紙袋に5個のリンゴを無造作に入れ、手渡された。日本流儀が通用しなかった事に少々ショックを受けながらも、別の店で香ばしくパリッと焼き上がったバゲットとチーズを手に入れ、ホテルに戻った。その日の朝食は不揃いのリンゴとパンとチーズという実にシンプルなものだったが、なんとも言えない満足感を得た。バゲットは歯が折れそうほど硬かったが、小麦本来の味わいに溢れていたし、チーズも癖はあったがバゲットの美味さを引き立ててくれていた。これに蜂蜜でもかけたら、どれほど旨かったか。件のリンゴは、日本のように蜜入りなどを期待するものではない。歯ごたえがある果肉は甘さより酸っぱさが勝っていて、それがまた味わい深かったのである。
そんな経験を何度となく重ねていると、日本のグルメ番組にちょっとした違和感を覚えるようになった。レポーターたちの口から発せられる表現といえば「ふわふわ」、「とろとろ」、「ジューシー」、「甘くてクリーミー」、「とろーりとろける」などなど、何とも歯ごたえのない言葉の羅列に、少々閉口するようになった。どうしてこんなに抵抗感のない、押せばどこまでもズブズブと入り込んでいってしまうような食べ物ばかりをありがたがるのだろう。硬くて噛み応えがあって、酸っぱくてほろ苦く、渋みのあるものにだって美味さがあることを知らなくてもいいのか? というか、はなっから避けている風でもある。
当然ながらそうした状況が日常化している日本で「真夏にバイクに跨がって走ろう」などといったところで通じるはずもない。大多数はエアコンの効いた4輪のキャビンで寛ぎながら移動する事が平常運転であり、非日常へと走り出そうなどとは考えないはずだ。
さらに言えば、偉そうにそんな提案をしている自分自身が、最近はすっかり日和ってしまっていることに気が付くのである。
「そんなことでは、あの憧れに跨がることはできないぞ」という心の声まで聞こえてきたのである。憧れとはハーレーである。
洗練された扱いやすさが“らしさ”を際立たせている
一度は自分のものにしたいと考え続けた。ビッグバイクを選択する際の懸念事項である「足つき性」についてはアドベンチャー以外のモデルなら、ギリギリ心配は不要だ。だが問題はその重さだ。ざっくり言って300kg前後、中には400~500kgを超えるものまである。ビッグバイクの中にあっても、さらに重量級が揃っている。アメリカのように広く平坦な状況で乗り回すなら、それほど苦にはならないだろうが、ここ日本では取り回しには少々来るする重さである。まぁ、ハーレー乗りに言わせると「むしろその重さがどっしりとした走行安定性を生み出し、横風などもいとわずに威風堂々と走り続けることが出来る」という具合である。
ところがこの春、そんな状況にひとつの変化を与えたのが車重221kgの975ナイトスターだった。従来の軽量級ハーレーと言えば256kgのスポーツスターXL883Nアイアンあたりになるが、それよりもさらに35kg軽いのだ。そしてシートの高さも70.5cmに抑えられ、足つき性は実にいい。さらにこのモデルは重量物となる燃料タンクをシート下に配置し、低重心化を図り、安定感が増しているという。
さっそく跨がってみるとライディングスタイルは、トラディッショナルそのもの。ハーレーとしては控えめな975ccという排気量のVツインエンジンに火を入れると、その排気音は想像以上に静かであった。あの独特の振動と低重音を響かせながら、とは行かない寂しさを少しだけ感じながらも、クラッチを繋ぐ。実にジェントリーに走り出し、その振る舞いは終始変わらなかったのである。混み合った町中でも操作感は実に洗練され、扱いやすさが際立っていた。もちろん足つき性がいいから、ヒラリヒラリと言った感覚で乗りこなせるのである。何ともフレンドリーでストレスフリーのハーレーではないだろうか。これならば、ついにハーレーを我が物にできるのでは、と思った。
だが一方で、あれだけ最近のソフト路線の風潮を嘆きながら、バイク選びでは乗りやすさやソフトさに走るのか? といった、少しばかりのこだわりが頭をもたげてきた。バイクに乗ると言うことは「敢えて不自由を囲うことだから」という自己満足と、それをどこまで許容して楽をするかの、せめぎ合いである。正直言ってバイクに乗らない人、乗ろうと思わない人にとっては、どうでもいいことなのだが、そんな部分を大切の考えることすら、楽しいものなのである。ところがそんな考えは真夏の熱風の中で信号待ちをしているとき、一気に吹き飛んだ。相も変わらずエンジンから立ち上る熱気は情け容赦なく全身を包み込んでくる。あのお尻で操縦する独特の感化も健在であり、ちょっと間違うと転倒のリスクだってある。道が少し空いたところで、右手のアクセルをグッと開ければ、まごう事なきハーレーのVツインらしい鼓動感が顔を見せ、力強く加速していく。歯ごたえを十分に残しているこいつと寄り添うには、やはりそれ相応の強き精神が必要になることに気が付くのである。それでも「そろそろ憧れを実現したい」と考えている人、あるいはリターンライダーにとっての初ハーレーとして考えると、975ナイトスターはなんとも心穏やかならざる存在なのだ。
シート高が低く抑えられ、見るからに足つきが良さそうな安定感のある佇まい。
新開発の排気量975cc水冷60度Vツインエンジン。静粛性も向上し、振動も低減しているがハーレーの鼓動感はしっかりと感じられる。
低重心化も配慮し、アリシート下に搭載された燃料タンク。給油はシートを上げて行う。
燃料タンクのように見える中にはエアクリーナーボックスや電装品や補器類などが収まっている。
メーターはスピードメーターのみの丸型アナログ式。
「スポーツモード」、「ロードモード」、「レインモード」の3つの走行モードを選択できる。またリアタイヤの空転を防ぐ「コーナリングトラクションコントロールシステム」も装備。
ブレンボのブレーキシステムはABS付きで手応えよく効いてくれるので安心感も高い。
ベルト駆動によって衝撃も少なくソフトにパワーをリアタイヤに伝えてくれる。
(スペック)
モデル名:975ナイトスター
価格:1,954,700円~(税込み)
ボディサイズ(mm):全長×全幅×全高:2,250×836×未公表
シート高:705mm
車重:221kg
駆動方式:ベルト駆動
トランスミッション:6速MT
エンジン:水冷V型2気筒DOHC 975cc
最高出力:89ps(66KW)/7,500rpm
最大トルク:95Nm(9.7kgm)/5,750rpm
問い合わせ先:ハーレーダビッドソンジャパン:0800-080-8080
TEXT : 佐藤篤司(AQ編集部)
男性週刊誌、ライフスタイル誌、夕刊紙など一般誌を中心に、2輪から4輪まで“いかに乗り物のある生活を楽しむか”をテーマに、多くの情報を発信・提案を行う自動車ライター。著書「クルマ界歴史の証人」(講談社刊)。日本自動車ジャーナリスト協会(AJAJ)会員。
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