車のニュース [2025.12.05 UP]
どうなる? 軽EVウォーズ【池田直渡の5分でわかるクルマ経済】
文●池田直渡 写真●BYD、日産、三菱、ホンダ、スズキ、トヨタ
ボルボ「V60」など2万2000台リコール 走行中にドアが開くおそれ
モビショー2025では、BYDから軽EVのRacoが出展され、2026年夏頃の発売発表が話題を呼んだ。内燃機関を搭載する軽自動車全体では、スライドドアを持つ“スーパー”トールワゴンは、マーケットの54%を占める売れ筋モデルとなっている。
BYD Racco
先行する日本製の軽EVがヒンジドアかつ、スーパートールワゴンより少し背が低いトールワゴンばかりであることから、全高1800mmとスライドドアを持つRaccoが相当以上のシェアを獲得するのではないかと言う声も聞かれる。
実はホンダのN-VAN e:はスライドドアだが、こちらは商用登録で、荷物の積み下ろし用途的にスライドドアが必須なので少し成り立ちが異なる。荷物の積み下ろしが不便な商用車はありえないからだ。
つまりBYDに対して、国内メーカーが不意打ちで割って入らない限り、乗用登録の軽EVではRaccoが、初のスライドドアモデルになる可能性が高い。ちなみに競合する国産勢は以下の通り。
日産 サクラ(全高1655mm・ヒンジドア・乗用)三菱 eK クロス EV(全高1655mm・ヒンジドア・乗用)ホンダ N-VAN e:(全高1960mm・スライドドア・商用)ホンダ N-ONE e:(全高1545mm・ヒンジドア・乗用)スズキ Vision e-Sky(全高1625mm・ヒンジドア・乗用)
日産 サクラ
三菱 eKクロス EV
ホンダ N-ONE e;
スズキ Vision e-Sky
スズキのVision e-Skyは、おそらくはワゴンRのEVモデルだと思われ、2026年度中の発売とアナウンスされている。今のところ未発売モデルだが、これでダイハツと、各社OEM提供の兄弟車を除き、ほとんどのメーカーから軽EVが出揃うことになる。
ちなみにダイハツは、シリーズハイブリッドのK-VISIONを出展していたが、ひとまずこれはBEVではないので除外する。実は軽EVも2台出展されていたのだが、KAYOIBAKO-Kは極めて意欲的なコンセプトだが、まだ量産までは遠い道のりに見え、もう一台のeアトレーは明らかに発売秒読みの仕上がりだが、肝心の発売時期のアナウンスがないので除外しておきたい。個人的には、そう言う情報はちゃんと発信した方が良いと思う。
さて、本題に戻ろう。そうなると疑問なのが、54%も売れているスライドドア&スーパートールボディのモデルを軽自動車を知り尽くしている日本のメーカーが何故採用しないのかだ。
EVの航続距離を決めるのは、主にバッテリー容量と空力性能である。軽の価格とサイズを考えればそうそう大容量バッテリーは使えない。そうなると車高がストレートに前面投影面積に悪影響を与え、電費を決める最大の要素になる可能性が高い。
だから車高は抑えたいのだが、かと言ってスズキのアルトやダイハツのミラ イースのような丈の低いセダンモデルでは数が出ない。結果、落とし所として、1650mm辺りのトールボディに落ち着くことにはそれなりの合理性がある。
余談だが、ホンダのN-ONE e:はセダン系としては例外的に背が高く、セダンとトールワゴンの中間程度の車高に仕立てられている。我が道を行くホンダらしいところである。そして、軽EVでは競合各車より低い車高がアドバンテージになる可能性もある。
先に挙げたもうひとつの理由とは、スライドドアはEVとの相性に少し心配な点があることだ。スライドドアはその構造上、サイドシルに大型のスライドレールを仕込まなければならない。下側のドアレールには重たいスライドドアの荷重のほとんどが掛かるため、このレールのサイズをケチると、開閉耐久性が低下して、長期使用による劣化で物理的にドアが落ちるのだ。
実はトヨタのミニバン、アルファード/ヴェルファイアとノア/ヴォクシィがこの大型スライドレールの弊害をようやく解決したのはどちらも現行モデルになってから。もちろんトヨタのことだ。耐久性はちゃんとやってある。割を食ったのはボディ剛性、つまり乗り味である。
ウォークインとウォークスルーを実現するために、床板を薄く低く、そしてセンタートンネルを排除する必要があるため、シャシー前後のねじれ剛性はサイドメンバーが頑張るしかない。ところがこのフレームを通すべき最適位置がまともに下側スライドレールと競合する。その結果、前後を直線的に、かつ最も外側で支えたいメンバーが、レールを避けて内側へ逃がされており、クルマにとって最も重要な強度メンバーが屈曲させられていた。
その結果、先代までのトヨタのミニバン各車は、2列目シートがアイドリングの振動でさえブルブル震えるという情けないことになっていた。ところが豊田章男体制の下で「もっといいクルマ」を掲げたことで、設計部がそれまでの販売現場の強い要望を押し除けて、もっといいクルマの実現のために、現行モデルから床板厚を上げる対策を主張し、シャシーのねじり剛性を圧倒的に上げることに成功した。これまで原因がわかっていながら政治的にできなかったことだ。
2022年登場のノア・ヴォクシー以降、トヨタはユニバーサルステップを積極採用することで、ボディ剛性に有利な厚い床板構造と乗降性能との両立問題を解決させた
床板厚のアップによって失われる乗降性を補うためにカラクリ仕掛けの可動ステップが用意された。これによってトヨタのミニバンはようやくまともなシャシーが与えられることになったのだ。
さてEVではどうだろう? EVは床下にバッテリーが搭載される。そのバッテリーの位置が、サイドメンバーおよび下側スライドレールと競合する可能性があるのだ。筆者はこのスペース干渉を避けて、国産各車がヒンジドアのトールボディを選択したのではないかと睨んでいる。売れているスライドドアを見送るには何かの理由があるはずである。なのでヒンジドアの採用はコンサバティブに考えれば当然とも思える。
ただし、別の考え方もある。バッテリーボックスは前後のねじり剛性にプラスに寄与する可能性もある。そしてBYDの場合、ご自慢のブレードバッテリーもある。場合によってはブレードバッテリーのスペース効率とバッテリーボックスのねじり剛性に対する貢献で、問題を解決しているかも知れない。
あるいは、空力悪化で燃費が悪く、かつドアの長期耐久性に問題を残すかも知れない。先例がないだけに、それが吉と出るか凶と出るか、ホントのところは蓋を開けて見るまでわからない。
BYD Racco
常識的に考えると、軽について圧倒的なノウハウを持つスズキが下した判断がただの消極策とも考えにくい。一方、BYDはこれまでも常に攻めの戦略で臨んできた。今回も自らの先例に倣って大勝負を賭けてきた様に見える。果たしてRaccoは市場からどのように受け入れられ、その性能と信頼性がどう評価されるかは非常に興味深い。
さてこのRaccoの売れ行きは、そろそろ各車の駒が揃いつつある軽EVウォーズの行方に大きな影響を与えることになりそうだ。
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