Così così(コジコジ)とはイタリア語で「まあまあ」のこと。この国の人々がよく口にする表現である。毎日のなかで出会ったもの・シアワセに感じたもの・マジメに考えたことを、在住23年の筆者の視点で綴ってゆく。
理想的結婚の兆し
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FCA(フィアット・クライスラー・オートモビルズ)とグループPSAは、2021年第1四半期の対等合併を目指し、引き続き準備を続けている。これまでの動きをまとめてみよう。
2020年6月、欧州連合の欧州委員会が、合併に関して独占禁止法違反の疑いで調査を開始することが明らかとなった。しかし、本件についてはまだ続報はない。
翌7月には、合併後の新会社名を「ステランティス(STELLANTIS)」することが発表された。8月には、「FCA側が次期プントなどに用いる予定のBセグメント用プラットフォーム開発を中断し、PSAにその開発を依存する」との報道がなされた。スペインのEV専門メディア「フォロスエレクトロニクス」によるもので、彼らによるとEV用プラットフォームもPSAに頼ることになる見込みだ。
9月14日には、当のFCAとPSAから、一部計画修正の発表が行われた。初期の合併計画では、FCAの株主への特別配当は55億ユーロ分が用意されていたが、29億ユーロに削減される。また、PSAが保有する部品サプライヤー「フォレシア」株の46%は、合併後ステランティスの全株主に分配される予定だったが、中止されることになった。
いずれも、新型コロナウィルスによる業績の下方修正を見込んだものだ。両社の合併は、旧クライスラー系によって米国に強いFCAが、同地域に弱いPSAを補うことになる。いっぽう、世界最大の自動車市場である中国では、1990年代初頭からシトロエンを手始めに地歩を築いてきたPSAが、商用車以外はなかなか足場を築けないできたFCAの過去を補完できる。理想的な相互補完関係といえる。
歴史的にみれば、すでに小型商用車部門では遠く1981年から合弁企業「セヴェル」を通じてスポット提携関係にある。社風に関しても、両社ともいまだ創業家と強い繋がりがあるという点で近い。
ところで、この巨大合併を前に、販売現場はどのような状況なのか? 筆者が住むイタリア・シエナの自動車販売店を2020年9月中旬に訪ねてみた。
合併どころじゃなかった
まずはFCAの販売店である。
ショールームは活況に湧いていた。平日午前にもかかわらず、商談スペースのほとんどが埋まっている。新型コロナウィルスの外出制限解除直後だった5月の閑散ぶりからすると嘘のようだ。背景には、イタリア政府が市場回復を目的として8月に導入した新車購入補助金制度がある。最高に有利なのはゼロ・エミッション車の購入+登録後10年超の下取り車に適用される1万ユーロ(約125万円)だ。
だが、たとえ(欧州排出ガス基準ユーロ6)のフィアット・パンダを下取り車無しで買う場合でも1750ユーロ(約22万円)が価格から差し引かれる。顧客が押しかけるわけだ。
今のところ、合併どころではない忙しさなのである。ようやくひとりの顧客が帰った。よく見ると、セールスパーソンは、5月8日の本欄にも登場したアンドレアであった。彼によると、「目下、合併に伴う動きはまったくない」と証言する。
代わりに、合併後に期待することを聞いてみることにした。すると「購入補助金キャンペーンが後押ししてくれても、実際の売れ筋はパンダや500が中心。援護射撃してくれる強力なラインナップが欲しい」と彼は答えてくれた。
さらにアンドレアは「アルファ・ロメオを、もっと充実させてほしい」とも話す。ジュリエッタは2020年以内にカタログから外れることが既に決まっている。残るは、大きめのジュリアとステルヴィオだけだ。「より小さめのSUVが、今あったら引き合いがあるのに」と彼は指摘する。2019年ジュネーヴ・ショーで公開された「トナーレ・コンセプト」を基にしたモデルは、FCAによると2021年中生産開始ということになっている。その頃には、補助金制度は終わっている。
参考までに「ステランティス」という新社名についても、情報は伝わっていなかった。だが、それがラテン語の「星が輝く」の意味があることから「輝きを、我々にももたらしてくれることを願おう」と、アンドレアは格好よく締めてくれた。
次はその足で、グループPSAの1ブランドである「オペル」の販売店を訪ねてみることにした。
キャラクターはどう棲み分ける?
オペルの店も、平日午前にもかかわらず商談スペースすべてが埋まっていた。
あらためて、購入補助金制度のインパクトを感じる。若手セールスパーソンに合併について聞くと、彼は「プレミアム・ブランドの充実に期待したい」といちばんに答えた。「FCAが、ジープやアルファ・ロメオといったブランドを保有しているのは強みになるだろう」と語る。
たしかに現状のPSA側でプレミアムブランドは、「DS」のみである。それも2014年の発足で、まだ歴史が浅い。2019年下半期には欧州販売で前年同期比56%増を記録したが、それが瞬間風速であるか、巡航高度に乗ったか楽観は許されない。
ついでに聞きたいのは、PSAは従来のプジョー/シトロエンに加え、オペル/ヴォクスホールを取り込んだことにより、ポピュラー・ブランドだけでも4つを擁しているという現状だ。このセールスパーソンは同じ地域販売グループ内のプジョー販売店から先日オペル店に出向してきたばかりである。全国のPSA系販売店は、彼の店のように、いくつかのブランドを併売している場合が少なくない。
どのように違いを出す戦略で動いているのか? それに関して「(PSAは)オペルに『節度』、プジョーに『アグレッシヴ』、そしてシトロエンは個性的な若者向けというキャラクターで発信しようとしている」と彼は教えてくれた。
筆者個人としては、欧州の一般ユーザーがそこまで違いを認識しているかという疑問が残る。ましてや近い将来、フィアット・ブランドがここに加わってくるわけで、アイデンティティのさらなる強化が必須だろう。
ところで合併する両社にとって、忘れてはいけないブランドがある。
どうする? あの伝統ブランドたち
それはFCAの1ブランドである「マセラーティ」である。FCAのマイク・マンレイCEOは「私たちにとって王冠の宝石である」として、マセラーティ・ブランドの重要性を強調した。9月9日のハイパースポーツカー「MC20」に合わせたコメントだった。
さらにFCAが2016年にフェラーリで実施したようなスピンオフを否定。代わりにマセラーティに対し、すでに追加で25億ユーロの投資を行ったことを語り、これによって計画中の全モデルを開発進行できると語った。
実は、数年前からイタリアでは、マセラーティをもう少し親しみのあるものにするPR作戦が始められている。イタリアの高級誌や日経新聞的存在である「イル・ソーレ24オーレ」紙などで頻繁に広告がみられるようになったばかりか、同紙が運営するラジオでもCMが流されるようになった。こうしたストラテジーはより加速するだろう。
しかし、長年にわたりマセラーティは、人々にとって身近な存在ではなかった。極言すればイタリア共和国大統領か、もしくはドイツ車にはないものを求める、極めて富裕な趣味人の車だった。たとえお金ができても、一般人が買うのはおこがましい、欧州独特のクラス意識のオーラが漂うブランドなのである。近い将来、価格をアルファ・ロメオのハイエンド・モデルと近づける可能性が予想できるが、ユーザーの心理的ハードルをどこまで下げられるかが、販売店の拡充とともにマセラーティ復興の課題であろう。
同日マンレイCEOは、そのアルファ・ロメオに関しても言及。「けっして放置していない」としたうえで、「重要な未来がある」「新型を近い将来に投入する」としている。
最後にもうひとつ。ステランティスは「ランチア」も抱えることになる。これもなかなか難しい。114年の歴史を誇るこのブランド名を冠するクルマは。もはやシティカー「イプシロン」だけだ。それも現行型は2011年発売で、10年選手になろうとしている。
にもかかわらず、売れ続けているのだ。イタリアの2020年8月新車登録台数でも、フィアット・パンダ、同500Xに次ぐ堂々3位(2261台)に入っている。その遠い祖先であるアウトビアンキ・ビアンキーナ時代からの「フィアットより、ちょっと高級感」が女性ユーザーを中心に根強い人気があるためだ。
こうした各ブランドを擁することになるステランティスは、フォルクスワーゲンやアウディのように全ラインナップをくまなく定期的に刷新してゆけるのか。
さらに会長には現FCA会長のジョン・エルカン氏、CEOにはグループPSAのカルロス・タバレスCEOが就任する予定だ。本社は現在のFCAと同様オランダに置かれる。会社的にも人事的にもさらにグローバル化が加速する。FCA時代にいずれも明確な未来への道筋をつけることができなかったアルファ・ロメオ、マセラーティ、そしてランチアにどこまで目が行き届かせることができるのかは未知数だ。
ブランドの名声とイメージは、一朝一夕に構築できるものではない。西ヨーロッパで「レクサス」が投入後30年経過してもSUVブランドとしてしか認知されず、「インフィニティ」が撤退してしまった理由もそれに尽きる。しかしながら、それをいくつも抱えてしまうのも、これまた大きな悩みに違いない。
文と写真 大矢アキオ Akio Lorenzo OYA
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