リミッターを解除した実力
ブガッティはシロンを発売するとき、420km/hで作動するスピード・リミッターを搭載することに決めた。そのため、リミッターを解除すれば一体どれほどの性能を発揮するのかという疑問が残されていた。今、同社はその疑問に対する途方もない答えを明らかにした。わずかにモディファイを施したシロンが、量産車として初めて300mph(約482.8km/h)の壁を破り、最速記録を更新したのだ。
ル・マン優勝経験もあるベテラン英国人ドライバーのアンディ・ウォレスが運転するシロンは、ドイツのエーラ=レッシエンにあるVWグループの秘密のテストコースで、304.773mph(約490.485km/h)という速度を記録した。ウォレスは現在、ブガッティのオフィシャル・テストドライバーを務めている。
このシロンは、ブガッティによれば「市販車に近い仕様」であるという。安全装備が加えられたほか、エアロダイナミクスにも変更が施され、7速のギア比は高められていた。8.0L W16クアドターボ・エンジンも、標準モデルの1500psではなく1600psバージョンが搭載されていた。おそらくこのドライブトレインは、速度記録を記念してこれから発表される高性能モデルに使われるのではないだろうか。
タイヤはX線検査で選別
300mphを超えるためには、この速度に耐えられるように特別に開発されたミシュランのパイロットカップ2タイヤが不可欠だった。なにしろ最速記録を更新した時、タイヤは1分間に4100回転もしている計算になるのだ。
各タイヤは事前にX線で検査され、放射線状のバンドが互いに接触しているものがない個体が選定された。ノーマルなシロンの速度でさえ問題にならない程だが、熱を発生する可能性があるからだ。
ウォレスはまた、非常に速い速度で回転するホイールが大きなジャイロ効果を発生し、超高速で問題となることも認めた。「200mphではほとんど感じませんが、300mphを超えると非常に大きくなります」と、走行後にウォレスはAUTOCARに語った。
「それは主に前輪で感じられました。すなわちステアリングです。コマのように、一度動き始めるとそのまま動き続けようとするのです」
目標はニュートラル・ダウンフォース
今回の速度記録挑戦のために、エアロダイナミクスの設計を手掛けたのは、イタリアのダラーラだ。このモータースポーツ専門企業は、シロンのボディを製造している。しかし、クルマが実際にサーキットを走る前に、風洞トンネルでシミュレーション・テストをすることは不可能だった。速度があまりに速すぎるからだ。
目標はニュートラル・ダウンフォースだった。「正味ゼロのダウンフォースをフロントとリアに与えるということは、簡単に聞こえるかもしれません。クルマが静止しているとき、車体を路面に押し付ける車両重量は充分以上に重いからです」
「しかし、それは空気の圧力による効果を計算に入れていません。ボディの表面に受ける2000kg近い圧力は、車体を地面からもぎ取ろうとします。また同時に、別の2000kg近い圧力が車体の下で地面から引き剥がそうとします。2つの圧力を合わせるとざっと4トンほどになります。それでもクルマが充分安全に、間違いなくその速度で走れるようにしなければなりません」
高速で走っている際にウォレスは、8.8kmにおよぶエーラ=レッシエンの長い直線で最近舗装し直された区間が、クルマの安定を失わせることを発見した。「普通のクルマなら、辛うじて気付く程度でしょう。しかし、この超高速域だと非常に大きく感じられるのです」と彼は言った。この路面の境目は、エンジニア・チームに「ザ・ジャンプ」として知られることになる。
記録達成の瞬間 クルーは知らず
エーラ=レッシエンで挑戦を始めてから4日後、シロンは299.8mph(482.5km/h)という最高速度を達成した。300mphの壁までかなり近づいた。それでもウォレスは、さらに速く走るための奮闘を続けていた。
そして記録挑戦のラップで、ウォレスは「ザ・ジャンプ」をさらに速く走り抜けることができると、充分な自信を感じていた。「着地した後、わずかに進路を修正しながら、今までで一番うまくいったと思いました。横風がやや少なく、安定を保てました」
ウォレスは車載GPSのディスプレイに表示された490km/hという数字を目にして、記録更新したことを知った。しかし、ライブ・テレメタリーはこの速度を捉えることができず、最大で479km/hと表示しただけだった。それから数分後、クルマがピットに戻ってから、クルーはシロンが300mphの壁を破ったことに気付いた。
「無線でわたしがなぜそんなに喜んでいるのか、かれらは理解できていなかったのです」と、ウォレスは語る。その後、シロンの車載データレコーダーによって、記録は確認された。
速度記録挑戦は完了
しかしブガッティは、これでやめるつもりだという。同社のステファン・ヴィンケルマン社長は、超高速に対するブガッティの探求は満たされたと語っている。
「わたしたちは世界最速のクルマを作っていることを、これまでに何度か証明してきました。将来は、別の分野に集中するつもりです」と、ヴィンケルマンはプレリリリースで述べた。「ブガッティは初めて300mphの壁を破りました。その名前は永遠に、歴史に刻まれるでしょう」
ウォレスにとって、これは3度目の量産車最速記録挑戦だった。以前にはマクラーレンF1とジャガーXJ220で当時の最速記録を達成している。「最高にクールです」と、かれはAUTOCARに語った。「もし2年前に、誰かが『あなたはいずれ300mphを超えるでしょう』と言ったら、わたしはきっと、その人は頭がおかしいと思ったことでしょう」
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