トヨタスープラが復活をしたことは久々に日本のスポーツカーには明るい話題だろう。新たな話題として開発はBMWとの協業であり、兄弟車のBMW Z4とは味付けの差で売り分けている状況だ。
そんなスープラと対照的に自社開発のプラットフォーム、パワーユニットを採用し、世界へ「圧倒的なパフォーマンス」で挑んだ日産GT-R。
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両車ともトヨタ、日産を代表するスポーツカーのフラッグシップでありながら、そのアプローチはやや異なる。
2社がとったアプローチの違いはなぜ生まれたのか? そこには開発責任者の強烈な個性が関係あったようです。
文:鈴木直也/写真:茂呂幸正
■両車とも強い開発責任者の個性が必要だった
スープラの復活が話題を呼んでいる。利益2兆円超えのトヨタをもってしても、こういうスポーツカーを量産に持ち込むのは容易ではなく、ご存知のとおりBMWとのコラボレーションによるもの。
近年スポーツカービジネスがますます難しくなってきたことを物語っている。そう考えると、もう10年以上前とはいえよくもまぁ日産がGT-Rに量産のゴーサインを出せたものだと感心する。
ベースグレードが777万円、トップグレードのプレミアムエディションでも834万7500円だったGT-Rの2007年モデル。もちろん高価であったが内容を考えればセール価格だった
デビュー当時のGT-Rの価格777万円は、スープラRZの690万円とそう大差ないレベル。あるいは初期モデルは採算割れ覚悟だったのかもしれないが、いま思い返すと異常にコストパフォーマンスの高いスーパーカーだったといえる。
この両車に共通するのは、こういったスポーツカーが生まれるためには、開発責任者の強いリーダーシップが不可欠ということだ。
GT-Rは水野和敏さん、スープラは多田哲哉さん、どちらも個性的なチーフエンジニアとして有名だが、こういう“キャラの濃い”人が居ないと、スポーツカーのような趣味性の高いクルマの開発はうまくゆかない。
普通の量産車で開発者の個性を強く出しすぎると失敗するが、スポーツカーは「オレはこういうクルマが造りたい!」というイニシアチブがすべて。
造り手側の情熱に共感したユーザーしか買ってくれなくてもいいというくらいの思い入れがないと、スポーツカーとしてブランドを確立させるのは難しい。
BMWのエンジン、シャシーなどを使い協業の体制で完成された新型スープラ。トヨタのフラッグシップスポーツとして再び世界へと羽ばたく
そういう意味ではGT-Rもスープラもともに開発者のキャラが色濃く反映されていて面白い。
水野さんはベストカー読者ならよく知っているとおりクルマ造りに関しては超がつくほどのエゴイストだ。自分のやりたいことに関しては絶対に妥協せず、どんなに敵が多くても正面突破で撃破するタイプ。
R35GT-Rの開発チームが一種の独立王国だったのは有名な話で、他からの干渉を一切排除したがゆえの摩擦も少なくなかったといわれている。
まぁ、さもなくばボディ・シャシーをはじめエンジンやトランスアクスルに至るまですべて専用品で固めるなんていうクルマ造りは不可能で、普通にやっていたら1千万円を切ることすら難しかったと思う。
水野さんに原価計算のことを聞くと「フフフ、ダメなエンジニアほど原価が高くなるのよ。オレの頭の中ではすべてソロバンが成り立ってるわけ」と例のごとしだが、前述のとおりそれを777万円で売り出したのだから驚異的。
たとえ初期モデルは採算割れだったとしても、それでカルロス・ゴーンを納得させたとすれば大したものと言わざるを得ない。
水野さんがそこまでして専用ユニットにこだわった理由は、R35GT-Rの目標性能をスーパーカーレベルにしたかったからだ。
GT-Rを名乗る以上基本パッケージは“ハコ”だが、パフォーマンスは世界のスーパーカーと互角以上を目指したのがR35のコンセプト。
GT-Rはラインで生産される車種ながらエンジンは手組み。妥協が一切ないGT-Rは世界中への輸出モデルも日本国内で生産される
この基礎があったからこそ発売以来12年経っても性能的には現役バリバリで、モータースポーツはもちろんのこと1000ps以上にチューニングされたドラッグレーサーなどが世界中で活躍している。
市販モデルが高性能というだけではなく、サードパーティによるチューニングの基盤を築いたという点がR35GT-Rのユニークなところ。
いじる素材としての面白さでは、ポルシェ911に次ぐくらいの存在になりつつあるのは素晴らしい。
■難しい使命でも商品化までにこぎつけた開発責任者の凄さが光る
多田さんはスープラの前に86の開発責任者を努め、スバルとのコラボレーションを成功に導いたエンジニアだ。
トヨタが量産車の開発で他メーカーと組むのは初めてのことで、当事者にしか知りえないさまざまな困難があったようだが、結果として86/BRZという素晴らしい成果をもたらしたのは多田さんのお手柄。
BMWという素材を使いつついかにスープラらしさを引き出すか。これも大きなエネルギーを使う開発責任者の腕の見せ所だ
水野さんとは対照的で、優れた調整能力が多田さんの持ち味といえる。
多田さんによると新型スープラのプロジェクトは一本の電話から始まったという。
86の発表イベントで欧州に滞在していた多田さんのもとにかかってきた某役員からの電話は「ミュンヘンへ行ってBMWのことを勉強してきて」というもの。
具体的な話は何もなかったが、BMWといえば直6、直6といえば…と、すぐにピーンときたそうだ。
そこからBMWとの長い折衝を経て最終的にスープラ/Z4というコラボレーションが生まれるわけだが、それはまさにスバルとやった86/BRZプロジェクトの再現。
調整能力に優れた多田さんの仕事ぶりを、トヨタ上層部がきちんと評価していたからに他ならない。
それにしても、同じスポーツカーづくりでも多田さんの仕事ぶりは水野さんとは対照的だ。
シャシーもパワートレーンもすべてGT-R専用で開発した水野さんに対して、技術リソースはすべてコラボ先の他メーカーのモノを使うというのが多田さんに課された条件。
しかもトヨタは採算性に厳しい会社として知られている。スポーツカーづくりの環境としては、むしろこちらのほうがずっと難しいという考え方もある。
そんな中で多田さんがもっとも重視したのは、「スープラとはいかにあるべきか」という根本的なテーマだった。
多田さんのエンジニアとしての師匠は80スープラの主査だった都筑功さんだが、それゆえ80スープラへの思い入れはひとかたならぬものがある。
BMWの技術リソースを使うが故に、コンセプトがブレればBMWの劣化コピーになりかねない。守るべきものは、直6、FR、ピュアスポーツといった80スープラの伝統。
新型の90スープラを開発するにあたって、それがもっとも重要なポイントだったといっていい。
しかも、新型スープラの計画生産台数は、おそらくR35GT-Rより一桁以上大きい数字。よりポピュラーなスポーツカーとして、安全性やスタビリティなどでより包括的なケアが必要になる。
新型スープラのパッケージで特徴的なのは、F1594mm/R1589mmのワイドトレッドと、2470mmというショートホイールベースだ。
1.55というホイールベース・トレッド比は、最新のポルシェ911と同水準で、相当に運動性を重視したディメンションといえる。
兄弟車となったZ4とスープラ。Z4との関係もありショートホイールベースのスープラになったが、その走りは魅力的なものになっている。かつての80スープラの面影も少し見せつつも340psのピュアFRスポーツとして世界へのアピールは抜群だ
一般的に、運動性とスタビリティは二律背反の関係にあるわけだから、こういうディメンションで340psのFRスポーツカーを造ろうとすれば、直進安定性やコーナリング時のスタビリティについて相当手厚いケアが必要となる。
パフォーマンス側に全力投球すれば済むGT-Rに比べ、商品としての完成度を高める細かい手間が増えざるを得ない。
こうしてみると、少量生産で日産のフラッグシップを目指したGT~Rに対して、スープラはあくまでトヨタらしく量産スポーツカーとして広く普及させることを重視しているという違いがみてとれる。
スポーツカー冬の時代と言われて久しいが、コンセプトさえしっかりしていれば、まだまだ可能性はある。たとえEV時代を迎えても、エモーショナルなクルマの需要は不滅だと思うなぁ。
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