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「水素30円の壁」を突破できるか? JERA×デンソーが挑む排熱活用SOECと地産地消モデルの戦略

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「水素30円の壁」を突破できるか? JERA×デンソーが挑む排熱活用SOECと地産地消モデルの戦略

水素30円時代の現実味

 政府が掲げる「2030年に水素供給コスト30円/Nm3(ノルマルリューベ = 標準状態での気体の体積)」――この数字を聞いて、どれだけの人が現実味を感じているだろうか。現状の商用水素は100円/Nm3台。目標までの距離は遠く、この価格差こそがFCV(水素燃料電池車)や水素エンジンの普及を阻んできた最大の壁だ。どんなに車両の性能を磨いたところで、燃料代でガソリン車に勝てない構造では、選ばれようがない。試算では、ガソリン車が1キロあたり10円弱で走るのに対し、水素燃料電池車は供給会社次第で15円前後に達することもある。

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 この価格差は乗用車の問題にとどまらない。バスやトラックといった商用車、さらには地方の物流拠点や自治体が導入を検討する際にも、経済合理性の壁は厳然として立ちはだかる。インフラ投資は負担が大きく、水素価格が高止まりしている限り、多くの事業者は様子見を決め込むしかない。

 だが、この閉塞を打ち破る動きが2025年9月、静かに始まった。舞台は国内発電最大手のJERAの火力発電所。パートナーは自動車部品の巨人、デンソー。そして鍵を握るのは、従来主流のアルカリ型やPEM型ではなく、次世代の水電解技術SOEC(固体酸化物形水電解)である。

 SOECの強みは、電力消費を抑えつつ、これまで捨てられてきた排熱を価値に変えられる点にある。高価な電力が製造コストの大半を占める現状で、この技術の導入が水素価格の引き下げに直結する可能性は高い。ただし耐久性や量産技術の確立はまだ道半ば。海外メーカーもこの市場を狙って動き始めている。2030年の目標達成に向け、日本企業がどれだけ競争力を維持できるか――問われているのは技術だけではない。

既存電解方式の構造的弱点

 水素ビジネスに携わる技術者が口を揃えて言うのは、電気代の高さが最大のボトルネックだということだ。水を電気分解して水素を作る工程では、総コストの6~7割を電気代が占める。装置がどれほど安くなっても、投入する電力が高ければ最終的な水素価格は下がらない。

 従来型のアルカリ型やPEM型水電解装置は、常温付近で安定稼働できる点が長所だ。しかし電力だけで水を分解する構造ゆえ、電力価格の変動が製造コストにそのまま響く。結果、現状の100円台という価格は政府目標の30円とあまりにもかけ離れており、商用化やインフラ投資の進展を妨げてきた。

 補助金で価格差を埋めるやり方は持続性に欠ける。特に地方の交通事業者や物流業者にとって、燃料費の変動は収支に直撃する。環境価値を唱えるだけでは高価格を正当化できない段階に入っており、ガソリンや軽油とのコスト競争に勝てる水素供給の実現が急務となっている。

 こうした背景から、水素製造における消費電力の削減は、価格引き下げの最大の突破口として注目されている。効率化とコスト低減を両立させられる技術の登場が、燃料電池車(FCV)や水素エンジンの普及を左右する。

排熱活用による統合型モデル

 そこで登場するのがSOEC(固体酸化物形電解セル、Solid Oxide Electrolysis Cell)だ。電解質にセラミック膜を用い、高温の水蒸気を分解するこの技術は、既存のアルカリ型やPEM型とは一線を画す特性を持つ。

 SOECは700~800度の高温で作動するため、水分子の結合が弱まり、電力消費を抑えられる。従来型が約2.0ボルトを必要とするのに対し、SOECは1.3ボルト程度で稼働できる見込みだ。この差は製造コストに直結する。

 今回の実証実験の肝は、SOECを動かすことそのものではない。JERAの火力発電所から出る排熱を活用し、水を水蒸気に変えて作動温度を維持する仕組みが組み込まれた点だ。電気ヒーターを使えば高温維持にコストがかかるが、排熱利用により電力消費を大幅に削減できる。JERAは従来捨てていた熱を資源化でき、デンソーは電力使用量を抑えながら装置を高効率で稼働させられる。双方に経済的なメリットが生まれる構造である。

 さらに、デンソーは車載用セラミック技術の蓄積をSOECに応用できる。酸素センサーや排ガス浄化触媒で培った精密積層技術は、高温環境下でも安定した性能を発揮するため、水素製造分野での競争優位性につながる可能性が高い。

 この統合型モデルは、水素コストを下げるだけでなく、地方の水素供給ステーションや物流ハブでの運用効率向上にも直結する。地産地消型の水素供給を前提にすれば、インフラ投資の効果を最大化しつつ、地域経済への波及効果も期待できる。

内燃機関サプライチェーンの延命戦略

 SOECの可能性は、水素製造にとどまらない。この技術には、水蒸気と二酸化炭素を同時に電気分解する「共電解」という機能がある。このプロセスにより、水素を精製しつつ大気中のCO2を活用して合成ガス(CO+H2)を生成できる。合成燃料の原料としても使えるため、既存の内燃機関技術を維持しながら脱炭素化を進める手段となる。

 この点は日本の自動車産業にとって戦略的意義が大きい。電気自動車(EV)一辺倒ではなく、エンジン技術という長年の蓄積を活かしつつ、水素や合成燃料を取り入れる選択肢を残すことで、産業の経済的安全保障を強化できる。従来のエンジンサプライチェーンを延命させつつ、新たな燃料市場での競争力を確保する可能性があるのだ。

 さらに、輸送・貯蔵の課題もSOECが軽減する。小型で高効率な装置は、工場や水素ステーションでのオンサイト製造に適している。その場で作り、その場で使うことで運搬コストを削減できる。地方の物流拠点や中小事業者にとっても、初期投資や運用リスクを抑えた水素活用が可能となる点は重要で、交通・物流網全体への波及効果が期待される。

 こうした地産地消型の水素供給モデルは、コスト削減策にとどまらず、自動車産業とエネルギーインフラの連携を進める起点となる。日本が培ってきたエンジン技術を未来の脱炭素社会に組み込む戦略として、SOECの活用は経済的にも産業的にも価値の高い選択肢である。

世界勢の量産攻勢

 楽観視は禁物だ。太陽光パネル市場の歴史が示すように、技術で優れていてもビジネスで後れを取れば市場シェアは失われる。

 デンソーが持つスタック技術は、小型、省スペースで車載向けの高い信頼性を備える。精密なセラミック積層技術は模倣が容易でなく、日本の技術力の強みは依然として健在だ。

 しかし、世界市場では量産による競争圧力が高まっている。欧州のSunfire社はメガワット級の実証を終え、ギガワット級の工場建設に着手している。中国メーカーも政府支援を背景に大規模投資を加速させており、コスト競争力で世界を圧倒しようとしている。

 市場形成期において、標準化や量産で後れを取ると、日本が高性能SOECを開発している間に、世界市場は「そこそこの性能で圧倒的に安い海外製品」に席巻される可能性がある。技術力だけで勝てる状況ではない。

 さらに、セラミック特有の熱応力による割れや長期劣化の耐久性はまだ十分に検証されていない。商用化に向けたラストワンマイルの課題も残る。交通・物流の視点で見れば、技術の優位性を活かすだけでなく、生産体制、量産コスト、標準化戦略を含めた総合的な競争力が問われる局面にある。

地産地消モデルの確立

 SOECはコスト削減に向けた現実的な切り札である。2030年の水素供給30円/Nm3の目標達成に向け、日本に求められるのは技術実証から商用フェーズへの迅速な移行だ。

 小規模でも確実な地産地消モデルを国内で早期に確立し、運用実績を積むことが鍵となる。この経験をもとに海外展開に挑むことで、技術開発だけでなく社会実装のスピード競争に勝ち抜くことが可能だ。

 水素の普及は、車両性能の向上だけでは成し得ない。製造・供給の上流工程で効率を高め、コストを抑えた水素を安定的に提供することが、自動車産業全体の競争力やエネルギー産業の将来を左右する。

 地産地消型の運用は、地方の水素ステーションや物流拠点の経済性を高め、地域経済への波及効果も見込める。交通・物流の視点では、技術実証にとどまらず、地域の産業・インフラを巻き込んだ新しい事業モデルの構築が、日本の水素戦略の成否を決定づける。(中嶋雄司(自動車ライター))

文:Merkmal 中嶋雄司(自動車ライター)
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みんなのコメント

6件
  • ivq********
    間違いです
    300000円です
  • pap********
    天然ガス車両は失敗に終わったのかどんどんスタンド無くなって行きましたよね。
    素人ながら水素って粒が最小だと思うので貯蔵出来るのかなぁ?とか思うし地球規模のとても長い年月で考えると軽そうなので水資源が地球外に放出されて行くのでは?と思ったりもします。まぁその頃に人間が存在しているのかすら怪しいので気にする事では無いのかも知れませんね。
※コメントは個人の見解であり、記事提供社と関係はありません。

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