今、ドイツのビジネスエリートはどんなクルマに乗っているのだろうか!
岡崎宏司の「クルマ備忘録」連載 第204回
価格は31億円!? 「ロールス・ロイス」が製造した究極のフルオーダーモデルとは?
以前、ドイツのビジネスエリートは、ポルシェ 911に乗っている人が多い、、といった話を書いたことがある。
この話、日本の感覚では、ピンとこないかもしれない。「ええっ、違うでしょ!」となるかもしれない。
日本では「優れたスポーツカーであると共に、お金持ちの遊びグルマ、カッコ付けグルマ」といった受け取り方が大半だろうから。
そんな見方は自然だし、世界の多くがそんな受け取り方をしていたとしても、なんの不思議もない。
僕が初めて911のステアリングを握ったのは1964年か65年、、。以来今日まで、歴代911のほとんどのモデルを、多くのシチュエーションで乗ってきた。
箱根、アウトバーン、ニュルブルクリンク、世界のサーキットとテストコース、そして、世界の道を街を走ってきた。家族を含めて6台の911を所有してもきた。
そんな経験を通じて、僕は、「デザイン、ブランド(ステイタスも含めて)、パフォーマンス、、多くの点で、911は最高のスポーツカー」という答えを引き出している。
と同時に、「スポーツカーとしての才能」だけでなく、「マルチな才能」を持つという点でも頂点に立つ一台と考えている。
昔から、911は(356も含めて)、「スーツが似合うスポーツカー」と言われてきたが、僕もそう思っている。
最近は知らないが、僕が930、964に乗っていた頃、、ポルシェクラブの夜の会合では、ほとんどのメンバーが、きちっとダークスーツを着こなしていたことを覚えている。
一級のスポーツカーとダークスーツのコンビネーションが、僕の目には、すごくスタイリッシュで知的でカッコいいものに写った。
僕は海外での仕事も多かったが、当時の夜のドレスコードはビジネス、、つまり、ダーク系スーツにタイ着用がふつう。となると、靴も革の紐つきといった組み合わせになる。
まぁ、これは80~90年台前半頃の話で、その後、夜の服装でもカジュアル化は進んだ。この変化は有難いことだった。
なにが有り難かったのかといえば、旅の荷物がグンと減ったこと。「スーツとシャツとネクタイと靴の一式」が減れば、荷物はグンと減る。おかげで、トランクも機内持ち込み可のコンパクトなものに変わった。
ポルシェとスーツの話に戻そう。
930と964を買った頃はスーツを着る機会も多かった。なので、911とスーツの馴染みの良さは有り難かった。
スーツが馴染むということは、「ビジネスシーンにも馴染む」クルマと解釈していいだろう。むろん、目立つエアロパーツや派手なボディカラーを纏ったモデルは別だが。
上記のように、「ポルシェとスーツの馴染みの良さ」は356の時代から感じていたことだが、それが決定的な確信になった出来事があった。
もう20年近く前になるが、仕事でフランクフルトに行っていた時のことだ。
海外に行った時、その地の自動車事情を実感として知るために、僕は時間が許す限り街に出て、クルマの流れに目を凝らした。
あらかじめ、「ここぞというポイント」を調べておき、そこを通るクルマを、そして、乗っている人たちをチェックする。
ちなみに、「ここぞというポイント」とは、その地でもっともリッチなエリアや、ファッショナブルなエリアの主要交差点が基本だ。
ちなみに、交差点を選ぶのには理由がある。通過するクルマの台数が多いことと、信号で停止したり右左折するときに、インテリアのあれこれや、クルマに乗っている人をよく観察できるからだ。
そうすることで、僕の頭の中にはより多くの情報が集まり、その分、雑誌に書く記事の幅も出るし、メーカーの人たちと議論をするような時にも、その奥行きが深くなる。
で、フランクフルトのとある交差点で観察していた時、僕は大きなことに気づいた。
ちなみに、フランクフルトは、ロンドンと並ぶ欧州金融ビジネスの中心地。そのセンターエリアには、煌びやかなミラーガラスが眩しいほどの高層ビルが林立する。
僕が選んだ観察ポイントは、そんなビジネスの中心地と、郊外の高級住宅地を結んだところだった。
煌びやかな高層ビルで働く人たちの中には、いわゆる「ビジネスエリート」と呼ばれる類の人たちが少なからずいるはず。
そして、そんな人たちは、郊外の高級住宅地に住んでいる確率が高い。、、まぁ、そんな単純な推理発想に基づいて観察ポイントを選んだわけだが、、。
僕の推理発想は的を射ていた。夜のビジネスラッシュアワーが始まる17時半を回った頃から、ビジネスマンらしき人たちの乗ったクルマが多く見かけられるようになった。
メルセデス、BMW、アウディの中級モデルの台数がもっとも多かったが、上級モデルも少なくなかった。ここまでは予想した通りの結果だった。
黒、濃紺、ダークグレー、、といったボディカラーが断然多く、大半がよく手入れされているのも予想通りだった。
しかし、観察を始めて10~15分も経った辺りで突然気づき、驚いたことがあった。
それは、ポルシェ911の多さだった。そして、ダーク系のボディカラーを纏う911のステアリングを握るのは「スーツを着た紳士」が圧倒的に多かった。
加えて、スーツもシャツも明らかに上等な仕立てのものだった。上着を助手席に置いている人もいたし、ネクタイを少し緩めている人もいたが、みんな背筋はピンと伸びていた。
「スーツが似合うスポーツカー」という言葉が反射的に脳裏に浮かび上がった。ドイツのビジネスの中枢で働く「ビジネスエリート」たちと911の相性はバッチリだった。
互いに互いを高め合い昂め合う、、そんな関係にすらみえた。
カブリオレもあったが、スーツとの違和感はなかった。いや、とてもカッコよかった。憧れに近い感情を抱いてしまったくらいに。
ただし、リアウィング等、目立つエアロパーツを纏うようなモデルはなかった。
そして今、フランクフルトのビジネスエリートはどんなクルマに乗っているのだろうか。
フランクフルトの、あの観察ポイントに行ったら、どんなクルマが目に入ってくるのだろうか。
まず、思い浮かぶのは最新のEVたちの姿。
ドイツのビジネスエリートとなれば、当然カーボンニュートラルには熱心なはずだ。となれば、彼らの愛車候補の筆頭に挙がるのはEVだろう。それもプレミアムな。
そして、走行可能距離的に多くを求める人はPHEVを選択肢の筆頭に挙げるだろう。
そこで、まず浮かんでくるのはポルシェ タイカン。今や、タイカンの販売台数は911を上回るが、ドイツのビジネスエリートに的を絞れば、その比率はより跳ね上がるだろう。
次いで浮かぶのが、アウディ e-tron GT quattro。すごくカッコいいし、スポーツカーながら風格もあるし、スーツも似合う。僕がフランクフルトで仕事をしていたら、これで決まりだ。
テスラSも当然、多くの人たちの候補に入るだろう。
メルセデスのEQSもいい。大型サルーンだが、空力を徹底して追い求めたデザインは未来的であり、スポーティでもあり魅力的だ。
他にもあるが、こんなところが、フランクフルトのビジネスエリートの趣味嗜好、そして彼らのエリート意識を、もっとも高密度に満たしてくれるのではないか。
日本のビジネスエリートにも、こうしたクルマに、スーツをビシッと決めて乗ってほしい。そうすれば、感性は鋭敏になり、先を感じ、読み取り、判断する力にも磨きがかかるかもしれない。いかがだろうか。
● 岡崎宏司 / 自動車ジャーナリスト
1940年生まれ。本名は「ひろし」だが、ペンネームは「こうじ」と読む。青山学院大学を経て、日本大学芸術学部放送学科卒業。放送作家を志すも好きな自動車から離れられず自動車ジャーナリストに。メーカーの車両開発やデザイン等のアドバイザー、省庁の各種委員を歴任。自動車ジャーナリストの岡崎五朗氏は長男。
本連載で毎回素敵なイラストを描いくださっている、溝呂木先生の春の個展が開催。昨年訪れたル・マン クラシックとパリの女性たちをテーマにした水彩画、模型、個人模型雑誌や画集などを展示販売します。在廊日には水彩画実演も行うそう。
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