カワサキがニューモデルの「メグロK3」を正式発表した。内容はカワサキ「W800」のカラーリングやエンブレムを変更した追加バリエーションと言えるものだが、狙いはラインナップ拡充だけではない。
伝統を具現化した一台でカワサキが得ようとしているものは何か。その新たな一手を読み解く。
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文/市本行平 写真/KAWASAKI
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■メグロK3で売りたいのは、カワサキのストーリー
11月13日にカワサキがSNSで配信した最初の1枚。メグロK3が写る背景の左に目黒製作所と創業年、右に川崎航空機工業(創業年は川崎築地造船所のもの)というふたつの名前を置いて、メグロK3のバックボーンを表している。価格は127万6000円で2021年2月1日に発売される
今回発表になった「メグロK3」は、1965年に発売された「カワサキ500メグロK2」の後継機という位置づけだ。簡単に言えばW800の追加バリエーションモデルだが、消えていたふたつの名前を再浮上させたことに大きな意味がある。
ひとつは「メグロ」、もうひとつは「川崎航空機工業」だ。メグロは1964年に川崎航空機工業が吸収合併した目黒製作所のバイクブランド。メグロK3の発売は、このふたつを同時に語ることができる好機だ。
まず、メグロK3の発売で強く訴えることができるのは、歴史である。目黒製作所は1924年(大正13年)に創業した日本およびアジア最古のメーカーだ。
メグロK3の前身となるカワサキ500メグロK2(1965年)は、36PSで最高速は165km/h。同年のホンダCB450は43PSで180km/hと、メグロが得意とする大型バイクにおいても新興メーカーが猛追していた。
そのブランド名を復活させることは、国内二輪最古参の伝統を示し、結果的にはそれを吸収合併しているカワサキのブランドイメージ向上にも結び付くだろう。
ちなみに欧米ではイギリスの「トライアンフ」、アメリカの「インディアン」など、受け継ぐ企業体が入れ替わりながらも歴史や知名度を足掛かりに事業展開している例に事欠かない。
メグロも創業から数えれば間もなく100周年。この歴史的資産を生かさない手はない。
航空機部門が分離され1937年に川崎航空機工業が設立。1940年には、陸軍より戦闘機増産の要請を受けて明石工場が建設され、陸軍三式戦闘機「飛燕」(写真)などが生産された
もうひとつの川崎航空機工業は、1969年の統合によって川崎重工業に組み込まれ消えた社名である。メグロK3は、カワサキのバイクファンに対して改めて航空機メーカー由来のブランドだということを認識してもらう契機にできるはずだ。
陸軍の戦闘機「飛燕」などを生産していた歴史を背景とするカワサキは、ホンダやヤマハ、スズキとはひと味異なる重みのストーリーを持っている。11月13日にSNSで発信した写真もこれを表現する1枚だった。
■新登場のメグロK3は2019年登場のW800を踏襲
燃料タンクにはメグロワークスをモチーフとしたエンブレムを装着。このエンブレムはアルミの立体成型で職人が手作業により5色に塗り分けるという、非常に手間のかかる塗装方法を採用している
新登場したメグロK3は、2019年にモデルチェンジして発売された現行W800がベース。これにメグロのエンブレムやK2をイメージさせるカラーリングを施している。
エンジンは前身となるメグロK2の並列2気筒OHV 496ccからベベルギア駆動のOHC 773ccに拡大。吸気もキャブレターではなくFIで、排気系にはキャタライザーやO2センサーを装備し排出ガス規制に対応している。
車体まわりでは、2019年型のW800で強化されたフレームを踏襲。リアブレーキはABSを装備した新作ディスクとしている。
空冷のバーチカルツインエンジンはW800シリーズと同じ773cc。。ベベルギア駆動式カムシャフトはシリンダーヘッドを際立たせ、さらに赤く縁取ったベベルギアカバーのリングが、メグロK3の個性を強調している
こういった現代的な装備以外は、バーチカルツインのエンジンやフロント19インチのスポークホイール、レトロスタイルのスイッチ類など、細部まで1960年代のイメージを残すよう配慮されている。
これだけでも十分メグロらしくなるのは、W800シリーズがかつての650W1を再現したもので、さらにW1はメグロをベースにカワサキが製品化したモデルだからだ。
通常の新製品は、モデルのコンセプトやハードに重点が置かれるものだ。だがメグロK3の発表資料を見渡しても、そこにウエイトは割かれていない。やはりタンクバッチを軸に歴史を語ることが最も大きなポイントだろう。
黒に塗装したハンドルバーはベースとなったW800とは異なり、よりアップライトでワイドなW800ストリートと同様のものを採用。余裕のあるライディングポジションを実現する
■飛行機屋の意地が開花! カワサキ逆転のブランドストーリー
1958年に登場したホンダスーパーカブC100に追随するようなコンセプトの「カワサキペットM5」は50ccの2ストローク車だった。カワサキの二輪モデルはこれがスタートとなる
メグロは戦前から大型バイクを生産する名門。同社のモデルは東京オリンピック(1964年)聖火リレーを先導する白バイにも採用されており、トップブランドとして認知されていた。
一方、川崎航空機工業は、戦後に航空機の生産を禁止され平和産業に転換。消火器やタイプライターなどを生産して細々と食いつなぎながら二輪事業にも進出し、1953年に明石工場でKE/KB型エンジンの生産を開始したのが第一歩となる。
同年にホンダは大衆向けの完成車「ベンリイJ型」をリリースしており、カワサキは大きく出遅れていた。これを挽回すべく、1961年に初めてカワサキブランドを冠した「カワサキペットM5」をリリースするが、スーパーカブC100の牙城を崩すには至らず、経営が傾いたとも言われている。
このように川崎航空機工業が企業としてのあり方を模索していた時期にパートナーとなったのが、目黒製作所だ。
大排気量を得意とするメグロは、二輪の大衆化、小排気量化の波に乗れず苦戦しており、1960年に川崎航空機工業と提携。1964年には川崎航空機工業に吸収合併された。
カワサキの大逆転モデル「900スーパー4・Z1」。エンジン開発を担当した稲村暁一氏はメグロK2を手がけた人物で、Zでは振動を克服するレイアウトとして並列4気筒を選択した
両社とも苦難の1960年代前半を送ったのだが、ここには後の成長の芽が宿っていた、メグロの4ストローク2気筒が1966年のカワサキ650W1に発展し、さらに次世代の4ストローク機である「900スーパー4・Z1」(1972年)につながっていくのだ。
大排気量車の性能競争で世界トップに躍り出ることになるカワサキ。その礎となったのが、メグロと言えるのだ。
■日本のバイクメーカーでは飛び抜けた感のある、カワサキのブランド戦略
2020年1月に注文を受け付けた「Z1/Z2シリンダーヘッド・リバイバル」は、初期ロットが即完売に。メーカーにしかできないパーツとしてヘッドを復刻したことも歓迎された
元々カワサキの二輪事業は、川崎重工業における数少ないB to C事業。一般消費者に向けてカワサキブランドをアピールする手段という側面がある。
また、国内外のコミューター市場には力を入れず、ファン領域だけで勝負する日本のメーカーはカワサキのみ。趣味性の高い商品が多い分、常にブランド力向上を意識しているメーカーとも言えるだろう。
メグロK3は、カワサキの魅力を増す要素のひとつになることは間違いない。メグロだから買う「指名買いユーザー」を集めることはもちろん、メグロの血統をアピールすることでカワサキに関心を寄せる効果も期待できる。
また、航空機産業がルーツにあることを知り、カワサキにより愛着を持つマニアなライダーも少なからずいるだろう。今年は、Z1/Z2のシリンダーヘッドを再生産して販売したように、カワサキが自らのブランドを守り育てていく姿勢は明確だ。
カワサキ「Ninja H2」のスーパーチャージドエンジンとビモータならではのハブステアが組み合わされた究極の1台。カワサキは、ビモータと合弁会社を49.9%の出資比率で設立した
欧州においてはビモータと合弁会社を設立し、ハブステアの「テージH2」を2019年のミラノショーで公開。カワサキを筆頭にメグロやビモータまで伝統のブランドを擁し再構築する同社の戦略は、日本のメーカーではすでに飛び抜けた感があり、ブランド戦略に長けた欧米メーカーに伍する勢いだ。
メグロはアジア最古の二輪ブランドとして打ち出していくこともできる訳で、カワサキがこれをクローバル展開していくのかにも注目したい。メグロK3の詳細は今後またお伝えしよう。
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