すでにミッドシップスーパースポーツとして高い次元にある
ホンダのレーシングスピリットを市販車において具現化した「タイプR」。その原初のモデルは、1992年11月に発売された初代NSX(NA1型)だった。
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しかし2021年3月現在、「タイプR」を設定するのはシビックのみ。そのベース車としてより相応しいであろうS660、そして現行2代目NSX(NC1型)にも、現時点では設定されていない。
現行NSXは2016年8月の日本仕様発表から約5年、2017年2月の発売から約4年が経過しているが、なぜタイプRが追加されないのだろうか? 一部媒体ではスクープ記事も報じられているが、今なおそれは具現化されていない。その理由を考えてみたい。
第一に「販売台数が少ないのでは?」と推測してみたが、ホンダ広報部に確認したところ、現行2代目が2016年5月にラインオフしてからの累計販売台数は下記の通り。 日本 … 450台
北米 …1700台
その他 … 740台
総計 …2890台 日本では、2017-18年モデルが年間販売予定台数100台に対し2年間で400台を受注。2019年・2020年モデルとも早々に販売終了を公式サイトでアナウンスするなど、比較的好調に推移している。だが、最大の市場であり現行NSXの生産拠点「パフォーマンス・マニュファクチュアリング・センター(PMC)」(アメリカ・オハイオ州メアリズビル)がある北米市場では、2017-18年モデルを約1000台販売した後はやや落ち着いた感がある。決して販売不振とは言い切れないが、さりとて絶対的な販売台数は少なく、これではタイプRの開発・生産コストを捻出できず、回収の見込みも立たないと判断されても仕方ないだろう。
またNSXが属するのはミッドシップスーパースポーツという、競合車が多いうえ絶対的な運動性能の高さに対するユーザーの要求が高いカテゴリーであり、かつ設計年次も新しい。そのため、市販車に求められる信頼性を確保しつつ運動性能をさらに向上させるだけのマージンが、現時点ですでにほとんど残されていない可能性がある。
もちろん、各部品の肉厚をアップしたり、より耐久性の高い素材に置換したりすれば、信頼性確保と運動性能の向上は両立できるだろう。だが、大幅な重量増やコストアップを招く可能性が高く、これまた投下資本回収の目途が立たないという結論に至りそうだ。
標準仕様がタイプRに限りなく近い存在となっている
次に、これ以上の軽量化が難しいという問題がある。NSXは現時点でボディ骨格やサスペンション、シート骨格にアルミニウム合金や超高張力鋼板、外板にはさらにCFRP(炭素繊維強化樹脂)やガラス繊維強化ポリエステル製のSMC(シートモールティングコンパウンド)も用いている。さらにブレーキはオプションでカーボンセラミック製ローターを設定するなど、打てる手はほぼ打ち尽くしているというのが率直な印象だ。
レーシングカーなみに吸遮音材やトリム類を除去し、シートもCFRP製・手動のフルバケットにすれば、さらなる軽量化は可能だろうが、そこで削れる重量は決して多くないだろう。
一方、現行NSX最大の特徴とも言える「スポーツハイブリッドSH-AWD」のモーターや駆動用バッテリー、インバーターなどを丸ごと除去し、トランスミッションも9速DCTをやめて3ペダルの7速MTにすれば、もしかしたら100kg単位の軽量化が可能かもしれない。
だがNSXのモーターはフロント用が37馬力&73Nm×2、リヤ用が48馬力&148Nm×1と、3.5リッターV6ターボエンジンの507馬力&550Nmという性能と比較すれば控えめで、モーターやバッテリーの重量も相応に軽いものと思われる。そのため軽量化の効果は少なく、だがSH-AWDのトラクションとトルクベクタリングを失うことによる加速・旋回性能のダウンは大きく、運動性能をかえって落としかねないのだ。
そして一番は、タイプRを設定すると標準仕様の価値が減るうえ、実用性の低下と価格の上昇、マニアックなクルマというブランドイメージの定着によって、ユーザーをさらに限定するため、NSX全体の拡販につながらないどころかブレーキをかける危険性があるということ。これは初代NSXに始まりタイプRを設定した各車、もっと言えば他社を含むエボリューションモデルを設定したどの車種もハマっている落とし穴だ。
率直に言って現行NSXは、初代とは比較にならないほどポテンシャルアップした代わりに、初代が備えていた、近所の買い物にも辛うじて使える程度のユーティリティと運転のしやすさはほぼ失っている。言い換えれば、標準仕様の時点でタイプRに限りなく近い存在になった。
このように、現行NSXにタイプRが追加されない理由は数多く挙げられるのだが、とはいえ「でもやっぱりチャンピオンシップホワイトのNSXが見たい!」「台数限定でもいいから赤バッジをつけてくれ!」と願わずにいられないのが、ホンダファンの性だろう。筆者もそうだ。
初代NSX-RはNA1型も、2002年に発売されたNA2型も、絶対的なスペックは控えめだったが、ストイックなまでに運動性能を追求し、レーシングカーに限りなく近い存在に仕立てられていたからこそ、無類の操る歓びを備えていた。
筆者としては、スポーツハイブリッドSH-AWDを完全に手放し、トランスミッションも3ペダルの7速MTとして、CFRP製・手動のフルバケットシートを装着。吸遮音材やトリム類も法規が許す限り徹底的に除去した、タイプR史上最もピュアなNSX-Rを心から待ち望んでいるが……それは見果てぬ夢だろうか?
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