ZOZOの創業者・前澤友作氏がロールス・ロイスとエルメスに依頼した限定コラボモデル「ファントム・オリベ」が話題となっている。
クルマ好きの夢のひとつに、自分のお気に入りの自動車メーカーに自分だけのクルマを造ってもらう、ということがある。もちろん実現するには、それなりの財力が必要だ。自動車メーカーによっては財力だけでなく、社会的地位なども求められるかもしれない。
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ロールス・ロイスが2017年に「スウェブテイル」というクーペを発表した。手作りによる1台のみの限定車だったが、その個性的なスタイリングが話題となった。と同時に、そのロールスを見て、自分たちだけのロールス・ロイスに乗ってみたい、と思った富豪がいた。彼らは、ロールス・ロイスにこうした1台だけのスペシャルなクルマを造ってもらえないだろうか、と話しを持ちかけた。
こうして、ロールス・ロイスの本社がある英国サセックス州グッドウッドに、コーチビルド部門が誕生した。自分だけのボディーを持つロールス・ロイスを所有したいというその富豪の希望は、船のイメージだった。ロールス・ロイスも2007年に発表した「ファントム・ドロップヘッドクーペ」という2ドアコンバーチブルは、ホロを収納するトノカバーに、1930年代のアメリカズカップのクラス・ヨットと、1950年代のRIVA製モーターボートにインスピレーションを得ていたという過去もあった。
ロールス・ロイスのシャーシに、コーチビルダーの手で帆船の船体の造形を移植するというデザインチームの提案に対して3名のパトロンからの支持が集まり、このプロジェクトがスタートした。これが今から4年前のことだった。
3台の「ボート・テール」はそれぞれの顧客のビジョンや個性に基づいて別々の作品になった。そして今回、その中の1台が公開されたのだ。ちなみに、後の2台は公開されることはなく、裕福なオーナーの元に届けられるという。
クルマ造りは、手書きでデザイン案を描いた後、粘土で実物大の彫刻として形を造った。このクレイモデルをデジタルでリマスターし、そこから雛形を作り、その上にアルミ板を載せ、ハンマーを使って手作りで成形されたのだ。
全長約5.8mのボディーは正面から見ると、新たに手を加えたパルテオン・グリルとライトが中心となっている。自由なデザインのグリルと深い位置に配されたデイタイム・ランニング・ライト、さらにクラシカルな丸型ヘッドランプで構成されている。
サイドをみると、左右に回り込んだウインドスクリーンはモーターボートのバイザーを連想させ、緩やかに後方に傾斜するAピラー、後方に向けて細くなるリアエンドはモーターボートを連想させる。ボディー側面下部の、徐々にえぐられていくような造形は、ロールス伝統のランニング・ボードをもとに考案された。
真後ろから見ると、ボディーは徐々に薄くなっている。テールもロールスの伝統である縦型のランプではなく、深い位置に横長のランプを用いている。
ボートを連想させるのは、ボディー後半部だ。後甲板を意味するアフト・デッキは、帯状の木の板を組み合わせている。これは「カレイドベーニョ・ベニア」と呼ばれている素材だ。キャノピールーフは弧を描き、リアに向かうにつれて構造体とつながり、飛梁(とびはり)をイメージしている。このルーフには専用のトノカバーも用意されている。
外装は、顧客の好みで青色が基調になっている。ホイールもブルー。ロールス史上はじめての手塗りのグラデーション・ボンネットは深い青色からはじまっている。内装もフロントシートは濃いブルー、リアシートは薄いブルーを採用。ボディー下部には航跡の波を模した55度の角度で織り込まれたテクニカル・ファイバーが配されている。
インストルメントパネルには、顧客がオーダーしたBOVETの時計やMontblancのペンが収まっている。インパネの文字盤にはギョーシェと呼ばれる装飾技法が採り入れられている。細身のハンドルも2色のブルーがテーマカラーだ。
リアデッキはこれまでの自動車の世界では存在しなかったコンセプトが実用化された。ボタンを押すとこのデッキが蝶の羽のように大きく左右に開く。ここがもてなしの空間になる。
中央のラインにヒンジでつながれたリッドが開くと、可動する仕掛けの宝箱が出てくる。この箱はアルフレスコ・ダイニング(野外の正餐)に最適な備品が入っている。片側は食前酒用、もう片側は料理用で、パリのChristofle製カトラリーが収まっている。
このために開発された二重の冷蔵庫にはヴィンテージ・シャンパン「Armand de Brignac」が収められている。冷蔵庫はこのシャンパンの適正温度である6℃まで冷却できる。
近代のロールス・ロイスは、ドアにアンブレラが収納されている。「ボート・テール」ではリアセンターラインの下に、ユニークな晴天用のパラソルを収納させた。テレスコピック式の可動構造で開く。カクテルテーブルは回転しながら両側に開くと、下に収納されていたスツールが2脚現われる。ロールス・ロイスがデザインし、イタリアPromemoria製の細身の連結式スツールは座り心地も快適だという。
「ボート・テール」の開発のために、ロールス・ロイスはまったく新しい部品を1813個も造った。アルミニウム製スペースフレーム構造のホワイトボディーを再構成。その作業だけでもオーバーワークになってしまうほどだ。
車体後部のもてなし空間の動きを完璧にするために、車体後部だけで5基のECUが造られた。その結果、リア・デッキは67度の角度に開き、いろいろな料理を保存しておくための空調システムも採用された。この保存室は断熱を考えなければならなかった。そのために2基のファンも取り付けられている。どのような気候の中でも問題なく使用できることを確認するために、摂氏80度からマイナス20度の環境でのテストも行なわれた。
「ボート・テール」は、公道を走行することができる自動車なので、高速やワインディングでの使い勝手や静粛性、動的テストを受けてから、顧客に引き渡された。その幸運なオーナーからは「ボートテイル」が届いたらすぐにドライブしたい、という便りが届いているという。
この「ボート・テール」は世界でわずか3名のために開発され、制作されたなので、オーナーの名前や車両価格などは一切発表されないということだ。
◼︎関連情報
https://www.rolls-roycemotorcars.com/en_GB/home.html
文/石川真禧照(自動車生活探検家)
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