EVが登場した当時は、電池交換式であれば30分も充電しなくて、5分くらいの停止時間で満充電にできると謳われたことがある。しかし、実際にEVが普及してくると、電池交換式のEVは日本のみならず欧州まで見ても、中国にちょっとあるくらいというのが現状だ。
商用車であればリースも可能だし、電池交換式のEVが開発されてもおかしくなさそうなのに、それもない……。
こうなると、コストが問題なのか? 安全が問題なのか? こんなにも普及しないのには相応の理由があるのではないだろうか。なぜこれほど普及しない理由と、今後もこの流れは変わらないのか? というEVのバッテリー事情について考察していきたい。
文/御堀直嗣
写真/NIO、NISSAN、編集部
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■EV普及にはいかに航続距離を確保するかが大きなカギだった
いまだに、電気自動車(EV)の充電に時間が掛かることを懸念する声がある。エンジン車の燃料給油と同じ発想で考えるので、そうなる。
しかし、EVに最適な充電は、寝ている時間にゆっくり普通充電することである。あるいは、出先で食事や買い物など、何か用事をしている間に普通充電で追加するのが本筋だ。
エンジン車の取り扱い方と異なるので、不安を覚えたり、不便に思えたりするかもしれない。しかし、慣れれば、充電のために余計な時間を費やさずに済むのだから、エンジン車に燃料を補給するためガソリンスタンドへ立ち寄るより時間の無駄がなく、簡単だ。
中国でテスラに続くEVメジャーとなりそうと話題の「NIO(ニーオ)」。すでに富裕層の居住区内に「パワースワップステーション」を設置し電池交換事業を進めている。料金は月額1万円程度
1990年代から今日まで、EV導入に際し上記のような本筋の概念が定着しない間は、充電時間の無駄を排除しようと、車載バッテリー交換が考えられてきた。1990年代には、米国ロサンゼルスで次々にバッテリー交換をすることで、どれほど走行距離を伸ばせるかといった挑戦も実際に行われた。
当時はまだ、リチウムイオンはもちろんニッケル水素も実用化される前であり、昔ながらの鉛酸バッテリーを使っての試行錯誤であった。鉛酸バッテリーを搭載した軽EVを日本EVクラブで製作したときの一充電走行距離は、わずか30~40kmでしかなかった時代の話だ。
また、2009~2010年にかけて、三菱自動車工業と日産自動車から相次いで量産市販のEVが発売されたあとも、車載バッテリーの交換事業を試みようとする動きはあった。当時はまだ、国内の急速充電基盤も十分に整備されておらず、出先での充電に苦労した。そこで、急速充電でも30分は掛かるところを、バッテリー交換により5~10分で済めばいいのではないかと考えた人があった。
日産「初代リーフ」。登場時のバッテリー容量での航続距離に不安があったのは日産も承知しており、バッテリーをリースとし、交換方式も検討はしていたが実現できなかった
机上では、優れた案に思える。しかし、交換によって取り外したバッテリーに充電するには、急速充電器水準の高性能充電器が必要だ。さもなければ、次に来た客に充電済みバッテリーを貸し出せない。
急速充電器の性能には種類があるが、高性能型のひとつとして50kWの場合、ワット数に直せば5万Wだから、500Vの電圧×100Aの電流を流す計算になる。高電圧・高電流により何セットものバッテリーパックに充電を繰り返し行うことになるので、小規模事業の工場ほどの電力消費になるだろう。それくらいの電気代が掛かるのではないか。またそれだけ頻度の高い急速充電を繰り返すと、充電器の耐久性にも影響が出るかもしれない。
なおかつ、次々に交換を希望するEVが来場した際には、それに対処するだけのバッテリーパックをいくつも準備しておく必要が出る。たとえば、日産『初代リーフ』の24kWhのバッテリーパックでさえ、縦1.57m、横1.19m、高さ26cmという大きさで、総重量は約200kgだ。そのような大きく重いバッテリーパックを何セットも保管する場所がいる。
以上のように、車載バッテリー交換ステーションを運営するには、高い電力消費を前提とした充電設備への投資と電気代、さらに重くて大きなバッテリーパックを保管する場所の確保を考えなければならない。そう容易ではないのではないか。
■交換前提のバッテリーとなると車両側、インフラ側ともに課題多し
そのうえで、現状、エンジン車からEVへの移行期間は、エンジン車とEVのプラットフォームを共用し、消費者の求めに応じて両方を販売しなければならない自動車メーカーがある。そうなると、エンジン車のパッケージングにも適応できるプラットフォームを使いながら、バッテリーパックを車載するとなると、その形状に制約を受ける。
EV専用プラットフォームなら、床一面に車載バッテリーを平らに載せるバッテリーパックでよいが、たとえばエンジン車と同じプラットフォームを利用するプジョー『e-208』では後席足元にバッテリーを置かない形状にしている。またそのほうが、後席の足元を広くする効果もある。
現行「日産リーフe+」のバッテリーパック(写真右)。駆動ユニットと比べるとその巨大さがわかる。これが丸ごと交換前提となれば、巨大な設備が必要となってくると想像できる
メーカーや車種によってバッテリーパックの形状が異なれば、バッテリー交換ステーションに保管するどのバッテリーも複数の種類の形状が必要だ。
たとえ同じ形状のバッテリーパックであっても、容量が異なる車種へは不十分であったり、過剰であったりしてしまい、それはバッテリーの使用料金にも関わってくる。保管すべきバッテリーの種類はますます増え、それぞれに余裕を持った数を保管しておかなければならないことになる。小容量のバッテリーパックを搭載する数で調整するという案もあるだろうが、複数の取り外し、取り付けには余計な時間も要するのではないか。
世の中のすべてのEVが、同じパッケージング、同じプラットフォーム、同じバッテリー容量であるなら、効率的な事業展開ができるだろう。だが、少なくとも、現状では世界の自動車メーカーが何もかも同じ仕様のEVを開発し、市販することは考えにくい。
またもし、それを実行するなら、世界のほとんどの自動車メーカーは存在理由を失い、一社の基準に沿った車体製造工場として従事することになるだろう。そのような自動車業界の展開は考えにくい。
ただし、今後、共同利用がクルマの常識となる時代が来れば、すべてが同じではないにしても必要な車型は数種類に絞り込まれ、稼働率を重視することからら車載バッテリーの交換への要望が出てくるかもしれない。
■リチウムイオン電池にも弱点アリ! その上手な使い方
次に、リチウムイオンバッテリーの使い方において、急速充電は適さないという根本的な課題もある。
スマートフォンもEVも、使っているリチウムイオンバッテリーの原理と特性は同じだ。劣化しにくく上手に長持ちさせるには、ゆっくり時間をかけて充電するのが望ましい。なおかつ、電気を使い切ってから満充電にするのではなく、使い切らないうちに補充し、また満充電にならないようにして使うのがよいとされる。
EVを上手に利用する人は、満充電にならないよう8割程度で充電を終了する設定をし、また電気を使い切る前に充電するようにしている。そして遠出の予定などがあるときだけ、満充電にして出かける使い分けをしている。
リチウムイオンバッテリーはまた、ニッケル水素やかつてのニッケルカドミウム(通称ニッカド)バッテリーと違い、電気を使い切らないうちに充電しても、メモリー効果と呼ばれ、満充電になり切らなくなってしまう弱点がない。電力を残したまま電気を補っても、満充電にすることができるのである。
結論として、出先で、食事をしたり買い物をしたり、仕事をしたり、そうした立ち寄り先で、200Vの普通充電をつぎ足しながらEVを使っても、不具合はない。わずかでもつぎ足しながら走れば、その分足を伸ばせることになる。急速充電ステーションに立ち寄る機会も減り、時間の無駄が解消される。
街乗り重視の前提で、バッテリーの搭載量を抑え目にして登場した「ホンダe」。街乗りであれば、自宅で満充電、出先で急速充電の組み合わせで十分機能するとの考え方だ
したがって、EVの充電社会基盤の正しい整備の仕方は、自宅の普通充電を基準にしながら、仕事先や商業施設などに普通充電をくまなく配備し、立ち寄った人が自由に使えるようにすることだ。
あとは、電気代をどのように徴収するかであり、それは認証式の充電器で電気料金を引き落としたり、あるいは販売する商品に上乗せしたり、数時間の電気量は大した金額にはならないと考え、割引サービスの一環として集客に利用してもいい。それは事業主の考え方次第だ。
EV利用にとっても、リチウムイオンバッテリーの劣化を抑える使い方においても、車載バッテリーを短時間で交換する手法は、必ずしも最適回答ではないのである。
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