一筋縄ではいかなかったスズキの新たな挑戦
2024年のFIM世界耐久世界選手権第3戦「鈴鹿8時間耐久ロードレース」に、スズキのファクトリーチームが参戦。レーシングマシンにサステナブルアイテムを多用するという新たな取り組みに注目が集まりました。
【画像】「チームスズキCNチャレンジ」が手掛けた「GSX-R1000R」の詳細や参戦ライダーを画像で見る(47枚)
全3回に渡ってお届けしたレース前のインタビュー(前編/中編/後編)に続き、今回あらためて、チームディレクターの佐原伸一さん(チームディレクター)の他、田村耕二さん(テクニカルマネージャー)、今野岳さん(クルーチーフ)にも話を伺うことができました。
――「チームスズキCNチャレンジ」としての鈴鹿8耐への参戦、お疲れ様でした。予選16位、決勝8位、周回数216周という結果を、どのように受けとめていらっしゃいますか?
佐原:出来すぎとは言いませんが、一定の条件の中でよくやれたな、と思っています。速さにもこだわりたかったので、公言はしていませんでしたが、10位以内は目指したいと考えていました。ライダーもスタッフもミスなく戦うことができ、事前テストから一度の転倒もなく走り切れたことは評価に値すると思います。
――それはかなり異例なことですね。
佐原:転倒があると予定に狂いが生じますが、やるべきことを滞りなく進められたのは、大きかったですね。もちろん、傍から見るより、中はバタバタしていましたけど。
――それはたとえば、どういったことでしょう。
佐原:そもそも機材もなにもないところから始まったプロジェクトで、なければ借りるなりなんなりで乗り切るつもりでしたが、事はそう簡単ではなかったですね。結局、すべてが揃ったのは鈴鹿入りしてからのことで、当然マシン自体も一筋縄ではいかないところもある。現場合わせで切った貼ったした部分もありますし、スタッフのみんながよく間に合わせてくれたと思います。
今野:濱原颯道選手の体が大きいので、それに合わせて急遽社内でタンクパッドを作ったり、色々な部署にお願いしながら形になりました。
――以前のインタビューでは、エティエンヌ・マッソン選手に合わせて、ある程度大柄なライダーが望ましいというお話でしたが、集合写真などを見ると、やはり濱原選手は飛び抜けて高いですね。
佐原:彼はあの体格ですが、なんでも乗りこなす器用さがあります。最初からマッソン選手が軸になることはわかってくれていたので、マシンセッティングもマッソン選手優先で進めてくれました。ただ、ライディングポジションなどは無理をさせてしまった部分もあり、最後のスティントは腰に負担が掛かり、予定より早いピットインになりました。
――ラップチャートを見ると、基本的に1スティント24周から26周で推移していたのに対し、濱原選手の最終スティントが18周だったのは、そういうことだったんですね。
佐原:サインボードを出しているスタッフから「颯道が首を振ってます」という連絡があり、マッソン選手と生形秀之選手にスタンバイしてもらって、早めのピットインに備えました。ただし、首を振っている原因が疲労なのか、マシントラブルなのか、他のなにかなのかはピット側ではわからない(※2輪レースでは無線の使用がないため)。仮に熱中症ならすぐに入れなきゃいけないのですが、今野に状態を確認するとタイムは維持できているので、数周は大丈夫と判断。ギリギリ走れるところまで我慢してもらって、マッソン選手に交代しました。
――なるほど。濱原選手の合図後、もしもすぐにピットインさせてしまうと、マッソン選手が出ても、最後に燃料が足りなくなるかもしれない。すると、ピット作業の回数が予定より多くなる可能性がある。そういう局面だったわけですね。
佐原:そうです。結果的に順位をキープできましたが、きわどい判断でした。
田村:マッソン選手は普段すごく穏やかなんですが、早めのスタンバイを告げに行った時は、かなり目が怖かったですけど(笑)
――結果的に、生形選手は控えにまわることになりましたが、このあたりの決断はどのようにされたのでしょうか。
佐原:生形選手はレースウィークを通して安定していて、調子もいい。とはいえ、アベレージタイムでは、他の2人が勝る。様々な条件を検討し、基本的にはマッソン選手と濱原選手でいくことを話し合って決めました。ただし、それができたのは生形選手がいつでも走れる状態で待機してくれていたから。彼がいなければ、こんな作戦はとれないし、ずっと気を張っていなきゃいけない大変な役割を受け入れてくれた。申し訳なく思うと同時に、感謝しています。
サステナブル燃料の燃費は?
――1スティント24周から26周で推移していたのは、燃費との兼ね合いでしょうか。
佐原:そうです。27周するには不安が残る感じでしたね。
―― 一方で、マシンのベースが同じヨシムラSERTモチュールは、最長29周というスティントがありました。この差はガソリンの違いからくるものですか?
佐原:それもありますし、ライダーの体格もあるでしょうね。また、今回ヨシムラSERTモチュールから参戦した渥美心選手は、そもそも燃費走行に長けているんです。うちが途中からあえて1スティント24周したのは、マッソン選手に効率よく5スティント目を託すためで、そのあたりのシミュレーションは今野がきめ細かく考えくれました。
――今野さんと田村さんのそれぞれの役割を教えてください。
今野:クルーチーフです。ライダーと話し合いながらセッティングをつめたり、メカニックをまとめたりしながら、マシンを可能な限りいい状態で走らせる役目です。
田村:私はテクニカルマネージャーとして、運営の全体を取りまとめる仕事です。
佐原:田村の役割は日本語で言えば、技術監督。とはいえ、その業務は機材の手配から事務処理まで広範囲に渡ったため、負担は相当大きかったはずです。そんな中でも、常に先読みしながら的確に動いてくれ、任せてみるものだなと。
――MotoGP経験者や浜松チームタイタン(スズキの社内チーム)のメンバーもいるとはいえ、多くのスタッフが社内公募で集まったと聞いていますが、いかがでしたか?
田村:やはり、ピット作業が一番の課題でした。ひとりの力ではどうにもなりませんし、技術だけでなく、合図の出し方や立ち位置など、本当に細かく詰めていかなくちゃいけない。それを今野が中心になって引き上げてくれました。今野は怒鳴ったりはしないけど、静かに厳しい一番怖いタイプです(笑)
今野:レースウィークの直前は、普段の業務の合間に毎日会社で練習してもらいました。暑い中でも集中してやってくれたおかげで、当初のピット作業と比較すると時間は半分になりましたね。もともと高いモチベーションで集まってくれたメンバーなので、負荷をかけてもそれに応えてくれた。でもまだまだ伸びしろはある、と思っていますが。
「スズキCNチャレンジ」今後の構想は?
――ということは、次回の参戦も期待していいということでしょうか。
佐原:レースは終わりましたが、マシンの検証やサステナブルの観点でどんな効果があったのか。そういったまとめの作業がこれからなので、それらが一段落して初めて「今年の鈴鹿8耐は終わり」と言えます。
――それができたと仮定して、今後の構想や思いがあればお聞かせください。
佐原:今年はまず、ヨシムラSERTモチュールのマシンがあり、そこに多くのパートナー企業からの協力があって、一定の成果を収めることができました。次の段階は、スズキとしてもっと積極的に開発していかなければいけない。たとえば、燃費の向上を図るには、ハード面とソフト面からなにができるのか。車体やタイヤをもっと機能させるにはどうしたらいいのか。そして、その着地点として「優勝」や「24時間耐久」を目指すべきなのか、あるいはもっと違うなにかなのか。まだなんとも申し上げられませんが、いずれにしても重要なのは、開発の強化ですね。
田村:スズキが始めたこの取り組みが他メーカーにも波及し、その中で技術を磨いていきたいと望んでいますし、そうなることによって、プロジェクトの意義も高まると思います。
今野:8位というリザルトは、これまでの世界選手権で残してきた成果を踏まえるとまだまだ。レースですからどんな条件であれ、勝ちを目指す気持ちは常に持っています。もちろん継続していきたいですし、来年があれば、今回よりずっと上を狙いたい。
佐原:そう、8位は特別凄いわけじゃない。おそらく、多くの皆さんが「参加することに意義がある」というスタンスで見ておられたので、印象的には「思っていたより速い」となったかもしれませんが、来年も出て、また8位だったら今回のような取材は受けないかもしれません(笑)。
――ありがとうございました。次回の参戦とさらなる好成績を期待しています。
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