車の最新技術 [2023.10.13 UP]
BEV火災訓練で見えたもの【池田直渡の5分でわかるクルマ経済】
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これは訓練です。人為的に発火させています
文と写真●池田直渡
9月26日と27日、愛媛県消防学校の大規模訓練場にて、ノルウェー、Bridgehill(ブリッジヒル)社製の車両火災消火用ブランケットの公開実験が行われた。
ブリッジヒル社の説明によれば、BEV先進国のノルウェーでは、BEVの普及とともに、BEVの車両火災が増加しており、従来の内燃機関車(ICE)の車両火災と性質の異なるBEVに対応した車両火災対策が急がれている。
通常の内燃機関(ICE)を搭載するクルマは、従来の放水による消火が有効だが、BEVの火災には放水はICEほど有効ではないだけでなく、後述する土壌汚染問題も発生する。
放水による消火の原理は、燃焼物を水で包むことによって酸素の供給を断つ「窒息効果」と、燃焼の温度を下げる「冷却効果」の2つの作用による。ガソリンやディーゼルなどの石油系燃料は、大気中の酸素を使って燃えるため、窒息効果が有効であり、一度燃焼を止めてしまえば、新たな発火源がない限り再燃焼には至らない。冷却効果もまた燃焼という化学反応を弱めるのでもちろん効果がある。
しかしBEVの場合、火元となるのは主にバッテリーで、バッテリーは、内部に酸素を保持しているため、大気を遮断しても窒息効果が期待できない。自ら供給する酸素で燃焼が続いてしまう。さらに出火の原因はその多くがバッテリーセル内での短絡(ショート)なので、冷却効果によって一度温度を下げ、燃焼を止めても発火要因であるショートが取り除かれなければ、再出火の確率が高い。BEVの消火が困難なのはこのためだ。
また別の視点で見ると、BEVの火災では多くの化学的有害物質が発生する。放水消火する場合、大量の水を使って内部で化学反応を続けるバッテリーを冷却し続けることになるので、数万から10万リットルもの水を使う。この大量の水が化学物質を含んで土壌に吸い込まれ、長期的に地下の水脈などを汚染する可能性もある。
こうしたBEV特有の火災に対応する消火の新たな選択肢として注目されているのが今回ブリッジヒル社が持ち込んだ『ファイヤーブランケット』であり、ノルウェーからブリッジヒル社の技術者が来日し、輸入元のヨネ株式会社と共に、愛媛県消防学校でBEVの消火作業の実演指導を行なったものだ。
さて、すでにお気づきの方もいらっしゃるかも知れないが、ブランケットの消火原理は言うまでもなく「窒息効果」であり、先の「酸素を内包している」という理屈に沿って言えば、消火は理屈が合わない。そこのところを重点的に取材してきた。
その前にひとつ重要なことがある。主催者側から取材に対して強い要請が出ている。
“報道される場合は、実験に使用した車両、及びその製造会社の社会的イメージが損なわれないようご配慮下さい(「〇〇自動車の✕✕車は燃えやすい」という誤ったイメージを持たせない)。具体的には、以下の事を必ず守っていただきますようお願いします。
使用している自動車の車種や年式、製造会社については報道しない。「市販のガソリン車」もしくは「市販のEV 」等と表現する。炎上している写真・動画を掲載する場合、必ず「これは訓練です」、「人為的に発火させています」というテロップをいれるなど、ご配慮下さい。” この連載の読者であれば、写真を見れば一目瞭然、車種がわかってしまうだろうが、上の要請は本実験によって自動車メーカーに迷惑にならないようにとの配慮であることは理解できるので、それに従う。
実験には2台の車両が供された。1台は国産のICE車、もう1台は国産のBEVである。ICE車は車内にガソリンとディーゼル燃料を混合したものを撒いて着火。一瞬で燃えた。ファイヤーブランケットを被せて、30分後には鎮火。窒息消火の効果が遺憾無く発揮された形だ。
これは訓練です
内燃機関搭載車は、ファイヤーブランケットにより30分後には鎮火された
次にBEVの着火である。リヤシートが外され、床板越しにネールガン(釘打ち機)で、バッテリーに釘を打ち込む。すぐに白煙が発生するが、10分ほど経っても出火に至らない。無理にでも燃やさないと、実験にならないため、ガスバーナーで床板を炙るセカンドプランに移行。バーナーを室内に入れた途端、室内に充満した可燃性ガスが爆発して炎が吹き上がるが、車両そのものの着火に至らない。この方法も諦めて、次に室内にガソリンとディーゼル燃料を撒いて着火。無理やり燃やしているようなものだが、これでようやく車両火災に至った。
上述の通り車名は書けないが、実験に用いられた国産BEVは2010年のデビュー以来、発煙事故1件を除き、バッテリー火災が報告されていない稀有なBEVであり、そのバッテリーの優秀性が今回も証明された形である。近年中国のBYDがブレードバッテリーで釘打ち試験を行い安全性を訴求しているが、この試験車両は発売時からそうした検証をしっかり行なってきており、そういう意味では今回の様な実験には最も適さない車両でもある。
これは訓練です
これは訓練です
さて、燃料を撒いて着火するという荒っぽい方法でやっと車両火災に至ったBEVの実験車だが、火が回ったところで、ファイヤーブランケットが掛けられる。予想通り、即時には消えない。ICE車両が消火に至った30分後もまだブランケット越しに大量の煙を吐き出し続けている。
結果から振り返ると、今回消火に要した時間は約13時間半。「車内に設置された温度計が、70℃に下がった時点を消火と見なす」とするブリッジヒル社の定義によればそういう結果だった。ただしこれは実験現場で暫定的に分析されたもので、もしかすると後日、より正確な正式分析が発表されると少し変わるかもしれない。読者の皆さんが期待した時間に比べてだいぶ長くかかったと思われるが、まずこの時間はあくまでも一例であることを申し上げておきたい。
ファイヤーブランケットは、内装など可燃物質の燃焼を窒息消火し、バッテリーの熱暴走を抑えることで電気自動車のバッテリー火災を消火する
ファイヤーブランケットがバッテリー火災を消火する理屈は、バッテリー以外を窒息消火させることにある。そのメカニズムを解説する。
BEVの火災は、事故によるバッテリーの破損や、バッテリーの劣化により電解液中に析出した結晶が、電極間をショートさせることによって起きる。ショートは発熱を呼ぶ。200℃前後まで加熱されると、正極の金属酸化物が崩壊して酸素を発生させ、これが燃焼する。燃焼熱がさらに化学反応を進めて正極の崩壊を拡大させてしまうのだ。これが熱暴走のメカニズムである。
バッテリーを十分に安全に設計してある場合、バッテリー単体では熱暴走は崩壊的に起こりにくい。つまり熱暴走の閾値を超えたからと言って一方的に加速しない。むしろボーダーラインを超えたり戻ったりを繰り返す。つまり一度200℃を超えてしまったら絶望というものでは必ずしもない。ダムの決壊のように、一定値を超えたら後は手に負えないという文脈で語られてきたが、今回の実験で着火から消火までの温度変化をトレースしてみると、熱暴走は迷走的なもので、ボーダーラインを挟んで反応の加速と減速を繰り返すものだということを筆者は初めて理解した。
さて、ファイヤーブランケットの消火メカニズムは、バッテリー以外のものを窒息消火するところにある。車両には内装材を含めて、さまざまな可燃物質がある。難燃素材を採用しているとは言え、それは絶対燃えないというものではない。これらに着火すると外部からバッテリーを加熱して、ちょうど酸素の燃焼がさらに化学反応を進めるのと同じことが起きるのだ。だから迷走する化学反応を、加速させる外部要因、それはつまり車両の燃焼物質を窒息消火させることで、化学反応の加速機会を減らすところにある。
消火が確認されたあとの様子。ファイヤーブランケットは繰り返し使用できる
今回の例で言えば、バッテリーは13時間半掛けて、熱暴走の迷走が鎮まり、減速が勝つタイミングがやってきたということになる。だから13時間半という結果はあくまでも運によるもので、もっと短い場合も長い場合もありうるということになるはずだ。その条件を左右するのは、バッテリーの充電状況(エネルギー総量)にもよるし、ショート部位がたまたま熱で焼け落ちて原因が取り除かれることもありうるし、化学反応だけに外気温などの影響もある。もちろん、事故などに起因するバッテリーの破損度合いも影響するだろう。ただ最初の出火後、バッテリー以外の加熱因子を除外できるのであれば、それは確実に反応を抑制する方に機能する。それこそがファイヤーブランケットの消火原理である。
ちなみに今回はこの実験に興味を持って、見学に訪れた人は120名に上った。消防関係も四国内だけでなく西日本各地から、また自動車輸送船を所有する船会社や、自動車メーカーの開発エンジニアなども来場していた。消火が容易でないとしても、周囲の設備や車両への延焼が防げる可能性は十分に考えられ、多くの期待が寄せられていたことは、その後の活発な質疑応答で感じられた。
質疑に応じたひとり、消防学校の校長の「消火水が得られない場所での車両火災には新たな可能性があると感じた」という説明は、現場ならではのリアリティを感じるとともに、筆者個人の感想としては、BEVの普及に合わせたインフラの様々なアップデートの必要も感じた。何より今後のために、バッテリー火災のメカニズムをアップデートできたことの意味が非常に大きかった。
さて、このファイヤーブランケット、いくつかのモデルがあるが、トップモデルはおよそ1枚70万円。ただし繰り返し30回の使用が可能だという。
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