先日、いわゆる「池袋暴走事故」に関する第5回目の裁判が開かれた。
検察側はこれまでと同じように「(事故の)原因は、アクセルとブレーキの踏み間違い」としているのに対して、被告人弁護側は経年劣化によって「電気系統のトラブルでブレーキが効かなかった可能性は否定できない」と訴えている。
踏み間違い防止の切り札!?? 愛車は吊り下げ式かオルガン式か アクセルペダル配置の長所と短所
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「アクセルとブレーキの踏み間違い」という事故原因の分析には、EDRと呼ばれる事故記録装置が大きく役立っており、これは今日のほとんどの新車に装備されている。
被告人弁護側は、クルマの側にトラブルが発生したとの主張を続けているが、果たして事故記録装置のデータが誤りである可能性はあるのか? 日本に数少ないEDRの認定資格「CDRアナリスト」で、レーシングドライバーの松田秀士氏が解説する。
文/松田秀士 写真/Bosch、TOYOTA、編集部
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そもそもプリウスは故障時でも“フェールセーフ”がかけられている
2代目プリウス(販売期間:2003年~2011年/全長4445mm×全幅1725mm×全高1490mm)
事故車両は2008年製のプリウス。ご存じのとおりプリウスはハイブリッド車。
ハイブリッドは、「回生協調」といって、ブレーキを踏んだ時にメカニカルなブレーキだけで制動するのではなく、発電機を回してエネルギーを回収してバッテリーに蓄電する。その発電がクルマを減速させるのだ。
もちろん、急制動など状況に応じてメカニカルブレーキを作動させるようにもなっている。この制御はコンピューターによって使いわけられるのだが、万が一故障した時には、ブレーキペダルを踏み込んだ油圧がメカニカルブレーキを作動させるよう“フェールセーフ”がかけられている。
つまり弁護側の「電気系統のトラブルでブレーキが効かなった」とは考えにくい。
まず、検察側は、事故車に破損個所の復元応急処置をして走らせたところ、正常にブレーキが効いた。よってブレーキは故障していない。としている。
また、複数の目撃者証言からブレーキランプが点灯していなかった。この点においても試走でブレーキランプの点灯を確認し、ブレーキランプの故障もないとしている。後者のブレーキランプ目撃証言についてはあくまで証言である。ブレーキに故障がなかったとすれば、核心はブレーキペダルを踏んでいたのか? となる。
検察側の「アクセルとブレーキの踏み間違い」という結論からは、ブレーキは踏んでいなかったがアクセルは踏んでいた、あるいは何も踏んでいなかった。ということになる。
しかし、クルマは97km/hまで加速している。一般道でこの速度は加速しない限り記録されるものではない、異常である。
ここに弁護側の「経年劣化による電気系統のトラブル」とあるが、もしかするとその時だけ異常が発生してブレーキが効かなかった、という主張が通るものだろうか? その時だけの突発的異常があったとすれば、それをどのように証明すればよいのか?
あらゆる車の異常を解明できる事故記録装置「EDR」
EDRとは事故の詳細を記録するUSBメモリのような記録装置のこと。EDRは事故発生直前、事故発生時の車両の状態を記録しており、事故の状況再現に活用されている
これらのことをすべて解明できるのがEDR(イベント・データ・レコーダー)だ。EDRはACM(エアバッグ・コントロール・モジュール)内に装着された記録媒体のこと。要するにメモリーだ。
筆者はこのEDRのデータを読み取りレポート化できるCDR(クラッシュ・データ・リトリーバル)アナリスト(ボッシュ認定資格)である。
CDRアナリストのCDRとは、EDRに記録されたデータを吸い出しグラフを含む詳細データを表示できるECU(コンピューター)のこと。ボッシュ社が製造及び解析を行っている。
そのCDRアナリストの見地から解説しよう。
EDRは、ACMが正常に作動してエアバッグを展開させたかを記録している。エアバッグは人身事故に関わる非常に重要なシステムであるため、事故後作動状況を綿密に検証する必要性からEDRが生まれている。つまり、非常に確実性の高い重要なシステムなのだ。
では、どのようにして事故車両からEDRデータを取り出すのか? 事故車両のバッテリーが通電しているレベルの事故であれば、事故車のOBD2コネクターにCDRを接続し、さらにコンピューター(Windows)に接続してデータを読み出す。
しかし、今回のように事故車両の破損が激しくバッテリーを含めた電源が喪失している場合は、ACMを取り出し机などにしっかりと固定し、直接CDRとコンピューターを接続してデータを取り出す。
したがって今回のような事故では、簡単にデータを取り出さず時間をかけて慎重に作業をおこなったと考えられる。
もし何らかの原因で電源が生きていたら、ACMを取り出す際の振動まで記録されてしまうからだ。したがって電源が入っていないことを確認しなくてはならない。
EDRによってアクセルとブレーキを「踏んだかどうか」はきっちり記録される
アクセルを踏み込み量をコンピューターが処理し、エンジン側のスロットル開度がEDRに記録される。EDRに記録されたものをデータ化(CDR)することで事故の状況を把握することが出来る(※イメージ画像)
さて、ここから真相について考えてみよう。よくEDRはアクセル開度までわかる、といわれている。確かにそのとおりだが、実際に踏んでいたアクセルペダルの開度ではない。
現在のクルマのアクセルは電子制御スロットルなのである。つまりドライバーが踏み込んだアクセル開度がそのままエンジン側のスロットル開度とは限らない。
アクセルペダルの踏み込み量によって、ドライバーの要求トルクをコンピューターが判断して「スロットル開度」を決めるのだ。EDRはこのスロットル開度を記録する。
言ってみればドライバーのアクセルペダル開度はどうでもよく、実際にエンジンに加速を促すスロットル開度が重要なのだ。したがってアクセルペダルが全開になっていなくてもスロットルが100%全開を示す場合もある。
ただし、アクセルペダルを少しでも踏み込まない限りスロットルが開くことはない。
検察側はEDRデータのスロットル開度を読み取りアクセルペダルを踏んでいたと判断したはず。逆にブレーキペダルを踏んだデータもしっかり記録されるので、まったく踏み込まれてはいなかったことを確認したはずである。
以上のことから「(事故の)原因は、アクセルとブレーキの踏み間違い」と結論付けているのだ。
EDRの誤動作や誤データが記録されることはあり得ない
このEDRのデータだが、走行中必要なすべてのデータが記録され続けている。EDRのメモリー容量には限りがあるので、常に上書きされている。
そして、事故が起き「デルタV」と呼ばれる衝突による衝撃が記録された瞬間を基準に、事故前何秒~事故後何秒というデータごとに決められた時間のデータが記録(ロック)される。例えばエンジンスロットルやブレーキは、マイナス5.0~0秒のデータを記録している。
EDRに記録されるデータは、ACMで事故データが正しいかどうか?セルフチェックされた後にEDRに記録される。したがって誤ったデータが記録されることはないのだ。
また、連続して起きた事故も記録される。このような記録方式であるためにEDRの誤動作や誤データが記録されることはあり得ない。非常に高い信頼性があるのだ。
EDRにはデータが記録された日時もなければ音声も映像も記録されない。これはドライバーのプライバシーに配慮しているからだ。
では、いつの事故であるかをどうやって確認するかというと、「イグニッションサイクル」が記録されている。このイグニッションサイクルとデータが紐づけされているため、いつの事故であるかが特定できるのだ。
以上のことから、今回の事故の重要な証拠となりうるEDRのデータは確固たるものなのである。
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