一定方向での回転ではなく、進んだり戻ったりを繰り返す“揺動”部分に使用されるベアリングには、フレッチングと呼ばれる摩耗が生じる。日本精工は特殊なグリースでこのフレッチング摩耗を抑えることに成功、商品化も近いことを発表した。TEXT & PHOTO:松井亜希彦(MFi)FIGURE:NSK
フレッチング摩耗を低減し耐久性の向上に大きく貢献
パワーよりハンドリングなら4気筒、さらに完全フロントミッドシップのトヨタ・スープラを目指すならこんな手法もあるはず
ベアリングといえば、ハブベアリングのように基本的に同一方向へ回転するものをまず思い浮かべる人が多いだろう。だが、現在の自動車にはエンジンの排ガス再循環(EGR)バルブ制御用モーター、電動パワーステアリング、回生協調制御を行なうボールねじによるブレーキブースターなど、ベアリング内のボールが前後に細かく動く、いわゆる「揺動」環境で使用される玉軸受が格段に増えた。そして、さらなる低燃費化への要求や電動化などにより、揺動環境での使用はより増加すると予想されている。
こうした揺動環境では軸受内部にも、一定回転環境とは異なる状況が生まれる。一定回転環境ではベアリング内のボールの回転でグリースが巻き込まれ、常に油膜が形成されていくのだが、揺動環境ではそうはいかない。前後に変化するボールの進行方向によりグリースが偏り、一部で油切れとなる事態が発生。ボールと外輪/内輪との間で金属接触が繰り返されると徐々に面が摩耗していく。これがフレッチング摩耗と呼ばれるものだ。
フレッチング摩耗が軸受内部で発生すると、滑らかなボールの回転が阻害され、ノイズや振動が発生する。電動化の拡大により、パワートレーンの騒音は減少傾向にあり、相対的に目立つことになるノイズ低減への要求は高い。
こうした状況を受けて日本精工では、特殊なグリースによってフレッチング摩耗を抑える手法を研究。成分の配合の最適化により、耐熱性を確保しつつ耐摩耗性を大幅に向上させた、揺動環境下での耐フレッチンググリースを開発したことを発表した。
この特殊なグリースの働きは、増ちょう剤と呼称される成分によるもの。増ちょう剤とは、グリースのベースとなる液体のオイルに混ぜられるものの総称で、微細な固体となってオイルと混じり合い、半個体であるゲル状のグリースへと変化させるために不可欠な成分だ。対フレッチンググリースでは、この増ちょう剤の成分を工夫し、金属と付着しやすいものを選定。さらにベースオイルの粘度を下げることで、増ちょう剤とベースオイルを分離しやすくしている。そのため増ちょう剤が軸受内部の軌道面にある種の層を形成し、これがフレッチング摩耗を抑制するのだ。
しかし、ベースオイルの粘度を下げるということは、高温時の耐熱性低下という背反要素が出てきてしまう。そこで日本精工では、耐熱性を向上させる添加剤を研究しこれを配合。従来品と同等レベルの耐熱性を、この対フレッチンググリースに持たせることに成功した。
増ちょう剤が摩耗防止に使えるという基本的なアイデア自体は数年前に発見されたが、粘度のバランスや添加剤の成分などの研究に時間がかかったという。日本精工では、対フレッチンググリースを使う軸受の商品化を既に視野に入れており、2022年には自動車用部品として10億円の売上を目指すということだ。
フレッチング摩耗が発生する過程
対フレッチンググリースの開発コンセプト
グリースの構成要素
含有率で70%~95%程度を占める基油が、潤滑機能を生み出している。そして増ちょう剤は、非常に細かい繊維状となってスポンジのように基油を保持する役目を持つ。添加剤は基油の性能低下防止といった機能を備える。写真の左のボトルは基油、右は増ちょう剤だ。
摩耗が進んだ表面の状態
写真左の傷のない状態の軸受に、揺動環境での動きを繰り返していくと、従来型のグリースではフレッチング摩耗が進む。写真右は特に摩耗が進んだ状態のもの。鏡面状だった金属表面は変形し、ノイズを生み出す原因となる。
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