2008年2月、BMW1シリーズの2ドアクーぺモデルが日本に上陸した。5ドアハッチバックとして登場した1シリーズは、後に本国ドイツでは3ドアモデルを追加、2007年のフランクフルトモーターショーでこのクーぺモデルをワールドプレミアしていた。まず日本にやってきたのは高性能バージョンの135iクーぺ Mスポーツ(6速MTと6速AT)。Motor Magazine誌では上陸まもなく試乗テストを行っているのでその模様を振り返ってみよう。(以下の試乗記は、Motor Magazine 2008年5月号より)
どこかで見たような懐かしさ、マルニと共通する雰囲気
昨年2007年のフランクフルトショーでベールを脱いだ、1シリーズクーペ。僕の第一印象は、ちょっと複雑だった。Cセグメントに存在するライバルと同じ土俵に上がるため、FRというクラス内では特異なパッケージを持ちながら5ドアハッチバック(欧州仕様には3ドアハッチバックもある)としたこれまでの1シリーズは、ロングノーズ&ショートキャビンのユニークな佇まいが大きな持ち味となっていた。
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これに比べると、2ドアノッチバックとなった1シリーズクーペはそのプロポーションが実に自然。もっと激しいスポーツ性の演出なども期待していたので、そのケレン味のない佇まいに、逆に肩透かしを感じたのである。
とは言っても、初対面から試乗を終えた現在まで、僕の1シリーズクーペに対する印象は決してネガティブではない。何はともあれ、ノッチバックの落ち着いた雰囲気が良い。その均整の取れたプロポーションのせいか、前後異サイズの18インチタイヤを履き、エアロパーツを纏うMスポーツでも、さほど派手に感じさせないのも好みだ。
それにもうひとつ。1シリーズクーペには、以前どこかで見たような懐かしさを感じさせる部分がある。この既視感は何だろうとここしばらく考えていたのだけど、それがつい先日、愛犬の散歩中に解決した。
春めいた日差しに誘われて迷い込んだ住宅街の片隅に、懐かしいマルニ(BMW2002)を発見した時だった。1シリーズでは初の北米進出モデルとなるクーペが、その昔アメリカ人の心をつかんだ2002をデザイン的なモチーフとしていることはすでに聞いていた。しかし60年代にデビューしたマルニは呆れるほどの直線基調で、グリーンエリアを大きく取るために各ピラーも細く華奢な印象。しかもノーズは、当時のBMWの流儀に倣った逆スラント。1シリーズクーペとは、当然ながらまったく違うテイストだ。にもかかわらず、住宅街で再会したマルニと1シリーズクーペには、共通する雰囲気が強く感じられたのだ。
とくにドアを心持ち短く、リアクオーターパネルの面積を大きく取った2ドアセダン的なプロポーションが軽快感をよりいっそう際立たせている点や、5ドアではリアピラーでフェードアウトしてしまうショルダーラインをトランクリッドまで回し込んでいるあたりは、まぎれもなくマルニのDNAを感じさせる部分だ。
実用性も高いところが新しい時代のクーペモデル
歴史的なデザインのセルフカバーは、ややもすると後ろ向きな感覚がつきまとうことがある。だが、1シリーズクーペはそのサジ加減が絶妙と言える。マルニやE21型の初代3シリーズあたりを憧れの目で見ていた世代には、かなり刺さるものがあると思うし、そんなことを知らない若い人にも、軽快なクーペとして抵抗なく受け入れられる可能性を感じる。
ハッチバックに比べればドアは長めなものの、駐車場で隣にクルマがいても乗降でとくに不便さは感じない。全幅1750mmはもはやCセグメントとしてはスリムな部類である上に、ドアサイズを適度に抑えているからだ。サッシュレスドアだが、ボディ側のウエザーストリップにガラスが密着したあとのしっかりとした密閉感は、上位モデルとまったく同質。この辺の造りの良さもさすがである。
コクピットは見慣れた1シリーズと基本的に同じ。135iクーペはMスポーツのみの設定で、インパネやコンソールにアルミパネルが多用され、10時10分の握りが太いMスポーツレザーステアリングが採用されている。既存の120iなどと比べればそれなりにスポーティな雰囲気にはなっているが、ドライビングポジションを取った時の乗車感はほとんど変わらない。
クーペのヘッドルームは5ドアに対して前席で15mm、後席では50mmほども小さくなっている。そのせいか、Cセグメントの中ではややタイトだった乗車感がさらに強調された印象はあるものの、実用上はまったく問題ない。
とくに驚かされたのは、意外なほど居心地の良い後席だ。2ドアのため、乗降の際のアクションが大きくなるのは仕方ないが、バックレストを前倒しするレバーがフロントシート肩部にあるので操作性は良いし、後席に収まってしまうとヘッドルームを含めスペース的な余裕も十分。足下空間は5ドアと同様でさほど広くはないものの、クーペ化に伴い着座位置を下げるようなことはしておらず、フロアと座面の高さ関係は適切なまま保たれている。
さらにクーペは乗車定員を4名としたおかげで、リアシートの形状が5ドア用よりも立体的で身体にしっくりと馴染む。居心地ではむしろクーペの方が優れるという印象を持ったほどだ。
野暮を承知でもう少し実用性に触れると、クーペは積載性も優れる。5ドアのラゲッジルーム容量が330Lなのに対して、40Lも大きい370Lを確保しているのだ。これはもちろんノッチバック化により全長が130mm延長されたのが最大の要因。高さ方向の余裕はハッチバックの方が大きいが、クーペは奥行きで容量を稼いでいるというわけだ。さらにこれでも足りない場合は左右60:40の分割スルー機能でリアシート空間も荷室に転用できる。
6速MTで知らされたエンジンの魅力的な側面
今回のモデルは、まず最初に導入された6速MT仕様。オプションでアクティブステアリングを選ぶことも可能となっているが、取材車はロックトゥロックが3回転の標準仕様であった。
インパネの中央寄り、メーターナセル横のスロットにキーユニットを挿し入れ、その上のスタートボタンをプッシュ。トーボードの向こうで3Lパラレルツインターボがわずかな身震いとともに始動する。
同じパワースペックの335iに乗っても感じるのだが、リッター当たり100psを超えるハイチューンユニットであるにもかかわらず、このエンジンの所作は、何というか、あまりにも普通だ。とくに扇情的なエキゾーストノイズを響かせるわけでもないし、トルク特性もどこかにピークがあるようタイプではなく徹頭徹尾フラット。
1000rpmちょっとから最大トルクの400Nmを発生させるあたりは、より少ない気筒数と排気量に高効率の仕事をさせるダウンサイジングターボのトレンドに沿ったものと言える。だからなのか、自然吸気のストレート6エンジンと比較した場合、どこか一本調子でエンジンとの対話感が希薄ということも言える。もちろんアクセルを踏めば呆れるほどにパワフルではあるのだが。
しかし、今回はひとつだけ条件が異なる点がある。それは6速MTと組み合わされているということだ。これまで、日本に導入されてきた335iシリーズはすべて6速ATだった。つまり135iクーペは、パラレルツインターボを6速MTで楽しめる日本で最初のモデルなのである。
しかも、135iクーペは335iセダンに対して車両重量が90kg軽い。これがエンジンとの対話感にどんな変化をもたらすのか、試乗前から強い興味を覚えていた。
車重の軽いことが効いているのだろう、335iでわずかに感じた極低回転域のトルク変動は、この135iクーペではまったく体感できない。アイドリング領域でクラッチをつなぎ、そこから徐々にアクセルペダルへ力を込めていっても、まったくスムーズかつ柔軟に速度を乗せていく。335iがターボであることを忘れさせる味わいだとしたら、135iクーペは過給されていること自体が信じられない、それほど自然なレスポンスだ。
そしてもちろん、抜群に速い。ありあまるトルクが軽いボディをまるで抵抗がないかのような感覚でグイグイと前へ押し出す。高速道路を5速100km/hで巡航しているときのエンジン回転数は2150rpmで、完全に力強いトルクバンドの中にある。つまり日本の高速では6速に放り込んでおけば、ほぼすべて事足りてしまうのだ。
鷹揚な扱いに対しても柔軟で、しかもどこから踏んでも必要以上のトルクを吐き出してくれるので、これまで6速ATで味わってきたこのN54B30Aエンジンには、対話感という点ではどうしても薄いという印象があった。
しかし今回、6速MTとの組み合わせを味わえたことで、そこに若干の変化が感じられた。確かに低~中回転域においては、あまりに従順かつパワフルで、表情の変化を楽しむ余地は少ない。だが中~高回転域、具体的には4000rpmから上で得られる伸び感や精緻な回転フィールは、紛うことなくBMWストレート6の「それ」だ。
パワーのオンオフをダイレクトに味わえる6速MTではその味わいが濃密で、これはもう掛け値なしに心地よい。
驚くほどにしなやかで呆れるほどにスムーズ
軽量ボディに大トルクということで、じゃじゃ馬的な動きを見せるのではないかという懸念と期待?もあったが、これも見事に裏切られた。低いギアでフルスロットルの最中に路面の荒れたところを通過すれば、確かに後輪は一瞬のブレを起こすが、その刹那、DSCランプが点滅して、ドライブの楽しみを削ぐことなく、駆動輪の暴れを穏やかに収束させてしまう。
しかしこうした安定感は優れたスタビリティ制御機能だけに頼ったものではない。何よりも、135iクーペ自身が備える足回りの懐の深さ、ここに起因する要素の方が大きいようだ。Mスポーツサスペンションにフロント215/40R18、リア245/35R18のポテンザRE050A(ランフラット)を履いていることから、相応にハードな乗り味を想定してたが、実際に走らせると135iクーペの乗り心地は非常にマイルドだ。少なくとも、3シリーズ以下のMスポーツの中では最も平穏と言って差し支えない。
けれどもそこはMスポーツ、単に甘口なわけではない。しなやかにストロークさせて各タイヤを路面から容易に離さない、そんなセッティングである。したがって、荒れた路面でタイヤが路面を捉えきれなくなるのも、粘りに粘った末の一瞬の出来ごと。端的に言えば、クルマが跳ねないのである。そうしたスタビリティの高さを背景として、DTCモードでワインディングを走り抜ければ、ステアリングとアクセルの駆け引きで姿勢を自由にコントロールできる楽しさも存分に味わえる。
引き換えに失ったものがあるとするなら、それはハードに攻め込んだときのフラット感だろう。操舵した瞬間のゲインは高いが、同時にロール方向のアクションも大きめ。つまり、ピキピキとノーズが反応するタイプではなく、ロールを始めてからヨーが立ち上がるタイプのどっしりとしたコーナリング性能を基本としている。ソリッド一辺倒でなく、ややマイルドなステアフィールも、そんな味わいを強調する一因となっている。
そして、その際のボディの抑え方、とくにリバウンド側の落ち着きぶりは、他の「硬め」のMスポーツよりも緩い。ハードなコーナリングの最後の部分でやや爪先立った挙動を見せるこの部分は、135iクーペで感じた唯一の不満であった。
もっとも、これはクルマのディメンジョンの関係も大きいと思う。
135iクーペのトレッドはフロント1470mm、リア1495mm。5ドアの130i Mスポーツよりは拡幅されているものの、両方1500mmを超える335iと比べれば狭い。もし同じトレッドが許されるなら、つまり3シリーズにこのフットワークのコンセプトが盛り込まれたら、BMWの小型プラットフォームはまた一段上の高みへと到達するのではないか。それくらい、135iクーペのフットワークは乗り心地などの快適性能と運動性能を高次元でバランスさせている。
これは、いままでの1シリーズはもちろん、3シリーズさえをも一部凌駕するほど素晴らしい仕上がりである。で、ここで50歳を目の前に控える僕は、ふと我に帰るのである。
ノッチバッククーペの流麗かつ落ち着いた佇まいと、マルニを彷彿とさせるどこかクラシカルなイメージ。そしてコンフォートを中心にFRスポーツらしさを存分に楽しませるハンドリング。もしやこれは、僕らの世代にフォーカスして作られたBMWのミニマムスポーティカーではないか、と。
惜しむらくは、モデルレンジがまだ135iクーペだけなことだ。性能面でも価格面でも、もう少し手軽に楽しめるモデルが加われば、その魅力はさらに大きく花開くことになると思う。(文:石川芳雄/Motor Magazine 2008年5月号より)
BMW 135iクーペ Mスポーツ 主要諸元
●全長×全幅×全高:4370×1750×1410mm
●ホイールベース:2660mm
●車両重量:1530kg
●エンジン:直6DOHCツインターボ
●排気量:2979cc
●最高出力:306ps/5800rpm
●最大トルク:400Nm/1300-5000rpm
●駆動方式:FR
●トランスミッション:6速MT
●車両価格:538万円(2008年)
BMW 335iセダン 主要諸元
●全長×全幅×全高:4525×1815×1440mm
●ホイールベース:2760mm
●車両重量1620kg
●エンジン:直6DOHCツインターボ
●排気量:2979cc
●最高出力:306ps/5800rpm
●最大トルク:400Nm/1300-5000rpm
●トランスミッション:6速AT
●駆動方式:FR
●車両価格:673万円(2008年)
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