重心の低さや回転バランスなどが優れる!
低重心、高剛性、理想的な重量バランスや回転バランスのよさなど、水平対向エンジンは一般的な直列型やV型よりもエンジンとしての素性に優れるとされる。
昔からスバルがカタログなどでアピールしているこれらの優位性は、理論的には間違いのない事実であり、多くの有識者からも広く認められてきた。
水平対向エンジンの優位性がもっとも如実に現れるのはモータースポーツの場で、極限の状況下になればなるほど優位性を発揮する。
たとえば、グループA時代のWRCの映像を観ると、水平対向エンジンを積んだスバル車の低重心&重量バランスのよさがとてもわかりやすいので、動画サイトで検索してほしい。
ジャンピングスポットで宙を飛んでいる間の姿勢を、横置きFFベースのマシンと比べると、安定感がまるで違う。
セリカやランエボ、エスコートなどは飛びすぎると空中で姿勢を崩し、着地時に挙動を乱したりマシンが壊れるリスクが高くなるが、インプレッサは飛ばし屋のC.マクレーがオーバースピードでジャンプしても飛行機のようにほぼフラットな姿勢のまま着地する。
ドリフト状態で多少乱れた姿勢でジャンプしても、ドリフトアングルを保ったまま着地できるため、ジャンピングスポットでも速度を落とさずに自信を持ってアタックできたのだ。
市販車に限りなく近いグループNクラスのWRCで世界王者に輝いた新井敏弘選手も「遠慮なく飛べるおかげで、飛びすぎてコースアウトするリスクはある」と語っていた。
グループA時代のWRCマシンのなかで、インプレッサはジャンプシーンの写真が突出して多いが、その理由は、どのマシンよりも高く遠くへ飛んでいたからである。飛ぶ姿勢の美しさが別格なのだ。
現代のスーパーGTでもBRZ GT300の最大の武器は、低重心エンジンを活かしたコーナリングの速さにあることが実証されている。大排気量のV型エンジンを積むマシンに直線で離されてもコーナーで追いつくという場面は全戦で必ず何度も観られるので、ゼヒ確認してほしい。
では、そんなにも運動性能面で有利な水平対向エンジンなのに、なぜ今ではスバルとポルシェしか採用していないのだろう?
生産コストが高く搭載にエンジンルームの面積も必要
水平対向エンジンは前述した優位性を持つ一方で、部品点数が多く、排気の取り回しが複雑になるので生産コストが高くつくという致命的な問題がある。
また、薄っぺらくて低重心である反面、横幅が広くなるので、小型車ではエンジンルームに収めるのもひと苦労。5ナンバークラスのサイズだと、排気量を拡大したり、ロングストローク化することが難しくなる。横方向に空間的な余裕がなさすぎて整備性もよくない。
初代や2代目レオーネなどの古い世代のスバル車のエンジンルームを見ると、パワステやエアコンなどの補器類を収める場所の確保に難儀していることがわかる。ターボでもタービンの置き場に苦労していた。水平対向エンジンはボディにマウントするのも難しいといわれる。
スバルの場合は、初の乗用車スバル1000を開発する際に、元飛行機のエンジニアだった百瀬晋六氏という志の高い人が開発を取りまとめたので、コスト度外でよいものを徹底追及した結果、FFに最適なエンジンとして水平対向を採用。これがすべての始まりだった。
スバル1000は莫大な開発費がかかった割には期待したほど売れず、全然儲からなかったことを他の国産メーカーは横目で見ていたので、どこも水平対向エンジンを採用しなかった。
直列やV型でもバランスシャフトをつければ振動を抑えられるし、アンチシンメトリカルなエンジン横置きのFF車でも日本の道路を普通に走るぶんには何の問題もないので、国産の小型実用車は安くて作りやすく、汎用性も高い直4の搭載が主流となったのだ。
スバルも、過去には小型の実用車の開発時(インプレッサ)に直4の搭載を検討したことがあったが、独自性を重視した結果、創業当初の信念を貫いて水平対向エンジンの採用続行を決断している。
水平対向のアドバンテージはスバルの廉価グレードで味わえる
元々はFFレイアウトのために採用したものの、縦置きの水平対向エンジンは四駆化にも好都合だったことから、乗用車の四駆をウリとするスバルとしては格好のアイデンティティとなった。
自動車メーカーとしては小規模と言えるスバルは、独自性を発揮することでシェアを維持、拡大することにつながるため、今後も水平対向エンジンの採用をやめることはありえないだろう。
現在の技術で作られた直4やV型エンジンと比較すると、相対的に水平対向エンジンの優位性は薄まったと言わざるを得ないが、それでもまだアドバンテージは残されている。
たとえば街乗りで水平対向エンジンの優位性を実感するには、実はWRXのような高性能車よりも、出力が小さくタイヤのグリップ限界が低めの廉価な実用車の方がわかりやすいのをご存知だろうか?
インプレッサスポーツ/G4の最廉価グレード1.6iは、リヤのスタビライザーが省かれるなど、スペック的にはスポーツ性は皆無に等しい素朴な仕様となっているのに、この手の実用車としては存外な運転フィールの良さに驚かされる。
とくにMTでは、水平対向エンジンならではのスムーズな回転フィールが堪能できる。騙されたと思って一度試してみてほしい。スバルの関係者でさえ知る人の少ない事実である。(歴代スバル車の最廉価グレードのすべてで実感可能)
また、コストやボディの横幅をあまり気にしないで済む高級スポーツカーでは、ポルシェ以外のメーカーも採用してもよさそうなものだが、膨大な開発費を費やしてまで開発するほどのメリットは感じていないようだ。
2輪車で見られるような2気筒のような小さなエンジンなら、スバルとポルシェ以外からも水平対向エンジンが登場する可能性はある。
(文:マリオ高野/ラリー・レース写真:STI)
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