またしても日本の自動車メーカーで不正問題が起きてしまった。今度はトラックメーカーの日野自動車。排出ガスおよび燃費についての不正なデータを国に提出していた。
中型エンジン「A05C」は排出ガス性能の劣化耐久試験において、大型エンジンの「A09C」と「E13C」は認証試験の燃費測定についての不正が発覚し、各々の搭載車両の出荷が停止された。
日野自動車の不正で国交省は型式指定取り消しへ! 問題の背景となったのはいったい何か?
この問題を重く見た国土交通省は、対象エンジンの型式指定を取り消すという異例の重い行政処分を下した。そして日野自動車は4月18日、今年6月開催予定の株主総会で、同社会長の下義生氏が退任すると発表した。ただし、同社によれば下会長の辞任は任期満了だというのだが……。
いつまでたってもなくならない自動車メーカーの不正問題。いったい何が原因で、どうしてなくならないのか? ほかの自動車メーカーの事例も踏まえて考えてみる。
文/井元康一郎、写真/日野自動車、スバル
■異例となる厳しい国交省からの処分が下った
「また自動車の不正か!?」――このニュースに触れてそう思った人は少なくないことだろう。リコール情報の隠ぺい、欠陥のヤミ改修、排出ガスや燃費の偽装、完成検査不正、ディーラー車検不正などなど、世界的にさまざまなスキャンダルを起こした自動車業界で、またもや不正が起こってしまったのだ。
今回の不正の主は、中大型トラックで国内トップシェアを持つトヨタ自動車の子会社、日野自動車。排出ガス、燃費に関して長年偽装を行ってきたという。その不正に対して国土交通省から下された処分は日本の自動車産業史上初となる型式指定の取り消しだった。
型式指定とは、メーカーが社内で完成検査を行うことができるお墨付きである。普通に売られている市販車の車検証を見ると、その中に型式という項目がある。
型式指定を受けているクルマの場合、そこに英字や数字を組み合わせた固有の型式が書かれている。公道走行が認められた改造車の場合は末尾に「改」という文字が加えられている。
■型式指定の取り消し処分とはどういうことなのか?
一見、クルマの識別記号程度にしか見えない型式だが、その指定を受けるのは簡単なことではない。設計段階できちんと試験を行い、安全や環境などの基準をクリアする車両を安定して生産する能力を持つメーカーであると認定されることが大前提。
その信用ある企業がちゃんとルールを守って作っているからいちいちクルマを陸運事務所に持ち込んで新規車検を受ける必要はありませんよという特例措置のようなものなのだ。
写真左の日野プロフィアは「A09C」エンジンを搭載、写真右の日野レンジャーは「A05C」エンジンを搭載している
その型式指定が取り消されたのは、日野にとっては大打撃である。もちろん日野という自動車メーカーが解体されるわけではないのできちんと作って型式指定を取り直せばいいのだが、問題はその「きちんと作って」ができるメーカーであると再度国交省から認めてもらわなければならないという点だ。
■今回の問題は業界再編のきっかけになるやもしれない
国交省としてもトヨタ自動車の子会社である日野を潰す気はさらさらない。が、三菱自動車の排出ガス不正や日産自動車、スバルなどの完成検査不正で全メーカーに体制の点検を求め、問題なしという報告を受けたにもかかわらず、こんな問題が出たというのは監督官庁のメンツ丸潰れ。
「ふたたびお墨付きを与えるうえでの審査は相当厳しいものになるだろう。これを機にいすゞ自動車と日野の経営統合などの業界再編が起こってもおかしくない」という見方が業界内でも支配的である。
日野の不正は相当前から行われていたということだが、2018年には北米で社内から不正を指摘する声が上がり、調査が行われていたという。それから4年もの間放置されたということになる。
■今回の不正が明るみになったきっかけは
この不正の公表に踏み切ったのは小木曽聡社長。元トヨタのエンジニアで第1世代「アクア」の開発責任者を務め、トヨタ専務役員、トヨタグループの部品メーカーであるアドヴィックスの社長などを歴任した人物だ。
2021年6月に日野自動車の社長に就任した小木曽聡社長。トヨタ生え抜き人物のこの人事は業界の膿出しと再編のためかもしれない
日野の社長に就任したのは昨年だが、今になってみると、この不正の膿出し、ひいては業界再編の仕掛けを託されての人事であったとも考え得る。
小木曽社長は今年3月、オンライン会見で不正が起こった背景を説明した。大型車用ディーゼルエンジンの排出ガス、燃費規制は世界的に厳しくなる一方、自動車メーカーはどこもその規制をコスト競争力を維持しながらクリアするのに苦心惨憺している。
そのようななか、日野の開発陣は新型車の発売までに要求をクリアすることができなかった。そのことが従業員を不正に走らせたというのだ。
■不正を起こした原因は現場に対する「プレッシャー」?
が、ここで疑問が起こる。間に合わなかったことは企業としては大打撃だが、起こってしまったことはしかたがない。新商品の発売を潔く延期すればこのような問題は起こらなかったはずだ。
なぜそうしなかったのか。それを解き明かすキーワードが、会見で小木曽社長が幾度も口にした「プレッシャー」だ。
「やっぱりそれかと思いました。クルマは数万点の部品を寄せ集め、間違いなく製造しなければならない製品。一糸乱れぬ統率が求められるということで、商用車主体、乗用車主体を問わず基本的にどのメーカーも前時代的な体育会系の体質を持ち合わせています」
乗用車メーカーの幹部は語る。
「体育会系という体質は統率という点では非常に有利なのですが、一歩間違えるとパワハラに直結します。間に合いませんと言っても『ふざけるな。期日までに何とかしろ。コストをかけることは許さん』と上司に突っぱねられたら部下は対処法がなくなり、どうしたらできたことにできるかということを考えはじめます。いや、もしかするとパワハラが常態化していて、開発途中の段階で難航を報告できなかったのかも」
■開発責任者さえ隠ぺいを見抜くのは難しい
実はこのような事例は自動車業界ではさほど珍しいことではない。過去に起こった不祥事の多くは「上に言えなかった」ことに起因している。
前述のように自動車は数万点の部品を組み合わせて作る複雑な商品であるうえ、最近はハイテク化でエンジン、変速機、車体、シャシー、電装品など分野ごとの専門性がきわめて高くなっている。ある分野で隠ぺいが行われても、開発責任者ですらそれを見抜くのは難しいという。
海外では2015年にVWのディーゼルエンジンの排出ガス不正が世界的に話題になったが、それも末端の情報隠ぺいを上が見抜けなかった典型例のひとつである。
■未だはびこる自動車メーカーの古い悪しき体質
別の乗用車メーカーのベテランエンジニアも、社内ではパワハラで上司、あるいは力を持っている部署に言うべきことを言えないといったことは日常茶飯事だと語る。にもかかわらず、そのメーカーは現時点では法令に触れるような不正は起こしていない。
「日野さんはプレッシャーが不正の原因としていますが、自動車メーカーならどこでもパワハラがある。なぜウチが今のところ不正を起こさずにいられるかは、パワハラの有無ではなく、組織の形態によるところが大きいと思います。エンジンひとつ取っても設計と測定は権限を持っているところが別だったり、ひとつの部署で業務が完結するということがない。法令にかかわるような部分では不正どころか過失が露見しても他部署が出世競争で優位に立つための格好の攻撃材料にしてきますから、みんな真剣ですよ。絶対に揚げ足を取られないようにしています。法令に関係ないところについてはユルユルで、いくらでもごまかしがありますから」
これらの証言に鑑みて、日野の不正は自動車業界にはびこるパワハラと、会社の規模が小さくてひとつの部署の権限が大きくなりがち、というふたつの条件が重なったことによって起こったと考えることができる。
■どうすれば不正の起きない組織を作れるか
再発防止策として手っ取り早く実行可能なのは、ひとつの業務をひとつの組織で完結させないことだ。スバルは日野と同じく小規模メーカーであることが裏目に出て完成検査不正を起こしたのをきっかけに、モノづくりと品質管理を別組織に分けた。
2018年にスバルの社長に就任した中村知美社長。スバルは2017年に完成検査不正問題を起こし大きな代償を払ったことは記憶に新しい
スバルの中村知美社長は「仲間がやったことを仲間がチェックすると、どうしても甘くなる」と、組織改正の意図を説明していた。相互監視がしっかり機能するようにすれば、社長が「不正があってもいい」とでも言わないかぎり、日野のような問題は起こらないだろう。
が、そういうやり方に頼り続けるのは、それはそれでリスキーだ。権限の細分化は組織の縦割りを助長し、硬直化を招いてしまう。21世紀もあと少しで四半世紀が過ぎようとしている今、日野にかぎらず自動車業界全体がこれまで是としてきた上意下達の体育会系気質を変えていくことにいい加減取り組んでもいい時期が来ている。
仕事をサボってトラブルが生じたというならサボった従業員の責任だが、従業員がベストを尽くしてなお思うような結果が得られなかったのなら、それは会社の実力が足りないためであり、その実力を無視した夢想的な経営計画を立てた経営者が悪いのだ。さらには部品メーカーと完成車メーカー、子会社と親会社といった企業間でも無茶な要求を出すことがあってはならない。
とどのつまり、自動車業界に求められているのは経営の近代化なのだ。日野の型式指定取り消しを一社の問題として片づけず、すべての自動車メーカーや部品メーカーが我がことと思って改革に取り組むべきだ。
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