運営元:旧車王
著者 :野鶴 美和
“伝説の軽トラ”ホンダ T360(AK250)復活記【後編】
2023年9月、晴天の備北ハイランドサーキット。
この日は「D1ウエストディビジョナルシリーズ(地方戦)」第3戦が開催されていた。
コースインした白いボディの日産シルビア(S14)が加速していく。
鋭い振り出しでドリフトの姿勢に入ったかと思うと、スピードを落とすことなく姿勢を保ったまま旋回。
1コーナーをアグレッシブに駆け抜けた。
ピットに戻ってきたS14シルビアのドライバー・丸山やん選手は、ヘルメットを脱いで滴る汗を拭う。
「走る瞬間はまだ緊張してしまいますね。『俺を見てくれ!』というメンタルに早くならないと」
この日、D1グランプリ直下のカテゴリ「D1ライツ」シリーズへの出場ポイントを満たし、悲願だったライセンスを獲得した。
来年、丸山選手の新たなチャレンジが始まる。
■ドリフトドライバー・丸山やん岡山県在住の32歳。
幼い頃からの愛称「やん」が競技ネーム(以下、やんさん)。
決まれば恐ろしい破壊力を発揮するという、「爆発的な走り」を持ち味としている。
所属は「ASK motorsports」。
株式会社オートショップカンダ代表・菅田政宏さんがオーナーを務め、さまざまなモータースポーツに参戦するチームだ。
菅田さんはD1、D1SLドライバーの経歴を持ち、現在はロードスターカップ、ロードスターパーティーレースに参戦中。
メカニック助手の「しゅん」さんと3人で2024年、まずはD1ライツシリーズに挑戦する。
▲代表の菅田政宏さん(左)、丸山やんさん(中央)、メカニック助手のしゅんさん(右):レーシングシミュレータースペース「SimGoya(シムゴヤ)」にて
平日は会社員、週末はドライバーという生活を送るやんさん。
週末は練習や競技。
普通の人なら「きつい」と感じる生活を継続する原動力はどこからくるのだろうか。
今回は新たな一歩を踏み出そうとしているドリフトドライバー「丸山やん」さんをカーライフとともに紹介する。
■ドリフトの原点、師匠との出会いドリフトに憧れ、18歳で運転免許を取得してすぐRX-7(FC3S)を購入したというやんさん。
憧れるきっかけとなったのは、助手席で体験したドリフトだったという。
やんさん:
「サーキットで助手席に乗せてもらったんです。当時の自分にとって、ドリフトするクルマの動きや感覚は異次元のものでした。この走りを思い通りにコントロールする技術に魅力を感じて、自分もやってみたいと思いました」
しかし、RX-7はサーキットでクラッシュして廃車に。
それでもドリフトがしたくて、知人に紹介してもらった菅田さんのショップを訪れたのが最初の出会いだった。
やんさん:
「親に内緒でシルビアを売ってほしいと菅田さんに頼み込んだんですが、『20歳になって、自分の名義で買えるようになってからにしなさい』と、そのときは断られてしまいました。諦めきれない気持ちでいっぱいでしたが、20歳までグッとこらえてドリフトDVD漬けの日々に(笑)」
▲好物はオクラ、音楽はRed Hot Chili Peppersを好む
それから2年後、機は熟した。
「20歳になったので来ました」と、やんさんは再び菅田さんの店を訪れ、弟子入りを志願したのだ。
やんさん:
「当時D1、D1SLドライバーとして活動していた菅田さんを知ったことで、自分の中で『競技としてやってみたい』という気持ちが芽生えました。
自分のドリフトが評価され、何が足りないのかが結果で明確になる場所であり、活躍できる場所。そこで自分がどこまで通用するのか、競技の世界に身を置いてみたいと思ったんですね」
いっぽうで、菅田さんはこう振り返る。
菅田さん:
「初めて来たときは、まだ18歳。どの道あきらめるだろうと思っていたので、正直驚きました。良くも悪くもストイックで一本気な性格。自分が“これだ”と思ったらずっと追いかけるのは、13年経っても変わりません。一言でいえば頑固で面倒くさい男です(笑)」
▲菅田さんの試合にスタッフとして帯同しながら整備を学び、自分の積載車も購入した
■成長に気づき、自信に変える力13年という競技生活のなかで、結果の出ない時期に焦りを感じたことは一度や二度ではないはずだ。
時に苦しい中でもドリフトを続けられた理由を尋ねてみた。
やんさん:
「どんな小さなことでも“楽しい”と感じられたときが、自分が成長した瞬間だと考えています。
色んな場面で『自分の成長を確認する』という積み重ねが、モチベーションにつながってきたのかもしれません。
良い走りができたときはもちろん、順位が上がってくると声を掛けられる機会が増えるので、会話も楽しくなります。そこから『認めてもらえている』という自信につながっています。
何よりドリフトが楽しいです。未経験からスタートして、今はさまざまなドライバーと一緒に走れるようになったことがうれしいですね」
「日々の積み重ね」は漠然と語られることが多いが、それは「自分の成長に気づけること」でもあるのかもしれない。
サーキットでの練習だけでなく、基礎的なトレーニングも欠かさない。
やんさん:
「クルマの前輪をジャッキアップして少しだけ浮かせて乗り込み、ハンドルを左右最大限に切ることを繰り返すロック・トゥ・ロックの練習をしています。
また、普段の運転にもトレーニングを取り入れています。先端に重りがついた振り子のようなものをルームミラーに付け、荷重の掛かっている場所を可視化することで、どこにGが掛かっているのかを意識して走る練習をしています。
このような練習方法は、師匠の菅田さんからアドバイスしてもらっていますが、ほかにもレースに出るなどの経験を積ませてもらっています」
■師匠のパーツを受け継ぐ愛機・S14シルビアともに戦うS14シルビアは、ドリフトを始めてから2代目のマシン。
初代マシンは、師匠の菅田さんが選手時代に乗っていたS14を受け継いでいた。
しかし廃車になってしまったことで2018年からこのマシンに乗っている。
ちなみに、初代マシンからはボンネットを受け継いでいる。
ボンネットを開けたとき、その名残に気づかされる。
▲菅田さんの代から施された4回の塗装が歴史となってボンネットに刻まれている
実は今年の5月、練習中に全損レベルのクラッシュに見舞われていたそうだ。
今シーズンは絶望的かと思われたが、菅田さんと古くから交友のある岡山市の板金会社「FAIR HAIRED」にフレーム修正や板金を、現役時代のチームメイトだった福山市の「星光自動車」から足回りなどのパーツ供給を受け、S14は復活を果たした。
競技を続けるなかで、やんさんはクラッシュの恐怖心とどう向き合っているのだろうか?
やんさん:
「恐怖心は、正直克服できないです(笑)
ですが、つねに『確実な操作』を意識しています。ドリフトはやはり『アンバランスをコントロールして走らせている』ので、操作に迷いがあるとそれがクルマの挙動としてそのまま現れてしまい、最悪クラッシュ!ということになりますよね」
マシンはホームでもある備北ハイランドサーキットで有利な仕様だが、各サーキットによってギア比などを変更。
エンジンはフルオーバーホールしているがハイカム、鍛造ピストンなど、至ってオーソドックスな内容だ。
この先、D1ライツへ出場するための大幅な仕様変更が予定されている。
例えば、タービンはTD06L2-20Gでかなりのローパワー、ミッションは5速ドグミッションに換装されているが、いずれも変更予定だという。
やんさん:
「良いパーツを装着しても、トラブルが多発しては元も子もないので、トラブルの原因を潰す作業や壊れにくい工夫をその都度考えています。菅田さんの整備が行き届いていて、これまで本当にトラブルが少なかったです。ありがたいですね」
■愛車のE36は「癒しの存在」プライベートでは、2年前からBMW 3シリーズ E36クーペを所有。
競技のことだけ考えていても行き詰まるので、時間ができるとE36でドライブすることが気分転換になっているという。
やんさん:
「左ハンドルで乗ることも運転技術の向上につながりますし、楽しく乗っています。エンジンの軽快さが気持ち良く、メリハリのある動きをしますね。ボディ剛性も高いと思います。モータースポーツで評価されているのがよくわかります」
▲シルバーを希望していたが、今はこの黒いボディにして良かったと思っているそうだ
気分転換とはいえ、つねにトレーニングの意識は欠かさない。
そんなやんさんに愛車との出会いを伺ってみた。
やんさん:
「DVDでE36のチューニングカーがドリフトしている映像を見たのがきっかけですね。
もともとスクエアなデザインの旧車が好きだったので、好みにバッチリはまる感じでした。自分がここまで好きになったクルマは初めてかもしれません。ちょっとやんちゃな顔も良いですよね。
とくに真横からのフォルムが気に入っています。それから、純正テールの形状もきれいですよ」
▲前後のバランスのとれた控えめなローダウンで引き締まった印象に。(左)好きなポイントのひとつだという純正テール(右)
納車当時はかなりくたびれた状態だったが、師匠の菅田さんからの手助けやアドバイスを受けつつ、多くがやんさんの手でリフレッシュされた。
中でも天井の張り替えは苦労したそうだ。
▲BBSの純正ホイールがしっくりくる
リフレッシュしながらモディファイも数多く施されている。
スタイルのテーマは「純正パーツを基本とし、保安基準内でいかにカッコいいスタイルを作るか」。
ラグシュアリーさと硬派さが同居した“大人の佇まい”を持つこのE36には、どんなこだわりがちりばめられているのだろうか。
やんさんに詳しく教えていただいた。
▲グリルのモールも二段になった前期型のものを
やんさん:
「このE36は1998年式の後期型です。
本当は前期型のスタイルが好きなのですが、程度の良い個体は後期型のほうが多かったんです。そこで、純正パーツを前期型のものと交換している部分が結構あります。
例えば、後期型ではクリアタイプのウインカーを前期型のオレンジタイプに。キドニーグリルも、細かいんですけど前期型のモールの部分が二段になっているタイプが好きで交換しました。
カーオーディオは社外品ですが、パネル照明が最小限で内装になじむデザインにこだわりたかったんです。コンチネンタルのオーディオがぴったりでした。
今後もリフレッシュしながら永く乗っていきたいです」
前期型ならではのデザインを取り入れた後期型のE36は、S14と同じくやんさんの大切なパートナーだ。
▲ドライバーコンシャスな運転席(左)。オーディオはこだわりのコンチネンタル製(右)
▲エンジンカバーを開けて点検、整備したときの1枚。2年間トラブルもなく快調だという[写真提供 / 丸山やんさん]
■シミュレーターでさらなるレベルアップをやんさんは、2022年からレーシングシミュレーターでのトレーニングもメニューに追加。
菅田さんが自社の敷地内にオープンさせたレーシングシミュレータースペース「SimGoya(シムゴヤ)」で練習に取り組んでいる。
同スペースにはVERSUS製のシミュレーター筐体(きょうたい ・以下、シム)を導入。
ボディ強度、ステアリング、ペダルの抵抗まで実車に限りなく近いフィーリング。
路面温度やタイヤの摩擦係数まで再現するという。
菅田さんによると「サーキットで感じる目と手の記憶を呼び起こし、脳内で変換する必要がある」とのこと。
菅田さん:
「サーキットから帰ってすぐシムに乗ると、体がGを覚えているので超リアルです。しかも真後ろから運転の様子が丸見えなので、ドライバーのクセもよくわかるんです。
最近では、レース未経験者がシムで練習してリアルなレースで優勝するケースも多々あります。モータースポーツにおいて、シムは無視できない存在になっていますね」
▲ステアリングとともにフォーミュラマシンの右シフト、パドルシフトにも対応(左)。オンラインレースの順位からペダルの踏力、タイヤの温度、内圧などもタブレットに表示される(右)
このシステムを、やんさんは自分のドライビングにどう生かしているのだろうか。
やんさん:
「走行ラインを変える、ギア比を変えるといったシミュレーションにすごく役立っています。実車で走った後の復習はもちろん、サーキットで練習する内容を予習できるのも良いですね。
それから、平常心を保つメンタルトレーニングにも役立っています。今のテーマでもあるんですが、どれだけ冷静に操作して実力を発揮するかを課題としています。
普段できていることも、冷静さを欠くと失敗します。シムでの練習は、実車で走る緊張感とほぼ変わらないので、メンタルを鍛えるには最適なんです。
オンラインでのレースにも参加しています。マシンが接触したら謝罪しますし、マシンも壊れるので、本当に実車と変わらないですね」
そう話したあと、シムの車輌データからE30をセレクトしてドリフトを披露してくれた。
■エピローグやんさんは今、来年のD1ライツへの出場するための準備に追われている。
会社員として勤務しつつマシンの仕様変更や関係者への挨拶まわりをこなしながら、これから駆け抜けていく未来へと視線を向ける。
やんさん:
「今よりも進化したいなと思います。現状維持ではなく、プラスに持っていきたい。視野を広くもって自分がやるべきことをし、確実に結果を出していきたいです」
最後に、D1ライツ参戦への意気込みを伺った。
やんさん:
「D1ライツという表舞台で上位を、もちろん優勝を目指して努力していきたいです。
やはり、自分1人ではここまで来ることはできなかったですし、これからも自分だけでドリフトを続けていくことはありえません。チームの皆、スポンサー様、応援してくれている皆さまへの感謝を結果で返していきたい気持ちです!」
2024年は、やんさんのさらなる飛躍の年になる予感だ。
●取材協力株式会社オートショップカンダ
SimGoya
https://www.instagram.com/simgoya_racing_sim/
備北ハイランドサーキット
https://bihoku-circuit.com/
トータルガレージダイ
VERSUS Racing Simulator Pro Shop
https://vs-versus.jp/
[ライター・撮影 / 野鶴美和]
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