2008年、997型ポルシェ911カレラがフェイスリフトされて日本に上陸した。997型登場(2004年)からこんなに短期間のうちに、こんなに変わってしまっていいのかと思えるほど、その進化は大きいものだった。ここでは上陸間もなく行われた新しい911カレラと911カレラSの試乗テストの模様を振り返ってみよう。(以下の試乗記は、Motor Magazine 2008年12月号より)
最初に写真で見た時には違和感の方が強かったが
想像していたよりも早く、この日がやってきた。新型ポルシェ911シリーズを日本の路上で存分に試す、待ちに待った機会だ。
●【くるま問答】ガソリンの給油口は、なぜクルマによって右だったり左だったりするのか
この新型911シリーズ、正直に言えば、最初に写真で見た時には違和感の方が強かった。大いに支持されていた997型のスタイリングをこんなに短期間で、こんな風に変えてしまう必要があるのかと思ったのだが、半ば自分でも予想していた通り、7月のドイツで初めて対面した新しい911は、程なくしてこの目に馴染み、そしてすぐに、これこそが911だという意識がすり込まれてしまったのである。
登場3年を経てのマイナーチェンジということで、モノコックには手は入れられておらず、外観の変更は前後の意匠程度に留まる。993型、あるいはナローを想起させたフロントのウインカーユニットは、その下のエアインテークとまとめられ、そこには流行りのLEDを使ったデイドライビングライトがアクセントとして与えられた。
テールランプも輪郭が変更され、やはりLEDに。最初の印象でとくに違和感を覚えたのは、実はこのリアのデザインなのだが、ドイツで初めて対面した時、このテールランプを点灯させた姿のキマり具合に、あっという間に改心させられてしまったのだった。
大型化されたドアミラーは、しかしすんなりとボディに溶け込んでいる。また、新デザインのアルミホイールは、たとえば19インチはリムに鋳造素材を圧延して軽量・高強度を実現するフローフォーミング製法を採用するなど、見た目だけでなく機能面でも進化を果たしているのである。
高められた圧縮比により燃費とパワーを両立する
改めて繰り返すまでもなく、今回の新型911シリーズの最大のトピックは、PDK(ポルシェ・ドッペル・クップルング)と呼ばれる7速デュアルクラッチトランスミッションの搭載だ。しかし、話題は決してそれだけではない。その外観デザインも含めて、他にも注目すべき部分は多い。
その一例を挙げれば、エンジンがそれだ。乗り込む前に、その進化の意味をもう一度確認しておくのは悪くないはずである。
従来通り3.6Lのカレラと3.8LのカレラSを用意する新型911シリーズだが、そのエンジンは、いずれも新開発のものへと置き換えられている。噂の通り、新たにDFI(ダイレクト・フューエル・インジェクション)と呼ばれるガソリン直噴システムを採用しただけでなく、完全に新しい設計となる新世代の水平対向6気筒ユニットが搭載されているのだ。
直噴のメリットは言うまでもなく、燃費とパワーをともに向上できることである。燃料の霧化の際の筒内冷却効果によって、圧縮比は何と12.5:1まで高めることが可能に。これによって、大幅なパワーアップと燃費向上をともに実現している。さらに、3.6L、3.8Lともにショートストローク化され、ボアもストロークも別となるブロックはクローズドデッキ化。シリンダーヘッドも一体成形化されるなどした結果、構成コンポーネント数は実に40%も削減されている。エンジン剛性は22%高まり、エンジン全高も低下。重量も5kg軽くなり、さらには必要な時だけ作動するオンデマンド制御式オイルポンプが採用され、インテークシステムも一新されるなど、とにかくすべてが新しい。
当然、これらは燃費を含めた性能アップに作用しており、軽量化にも繋がり、部品点数を減らすことで、パーツそして生産コストを引き下げてもいる。あるいは、コストを激減できたからこそ、カレラSとカレラでまったくボア×ストロークの違う2種類のエンジンを用意できたのかもしれない。
注目のデュアルクラッチギアボックスPDKは、従来のティプトロニックSに置き換わる形となる。つまり新型911シリーズには、3ペダルの6速MTと、2ペダルのPDKの2つが用意されるわけだ。ギア段数は7速。その7速はかなりのハイギアードとされ、燃費向上に繋げている。
縦置きギアボックス対応で、しかも7速と来れば、アウディのSトロニックと共用かと思うところだが、その最大許容トルクはアウディの550Nmに対して440Nmと小さく、その代わりPDKの方が軽量コンパクトに仕上がっている。トルクコンバータ式ATベースのティプトロニックに較べても、10kgほど軽いという。
▶︎▶︎▶︎次ページ:ティプトロニックのようにスムーズなPDK
ティプトロニックのようにスムーズに変速するPDK
チェックすべきポイントを再確認したところで、そろそろステアリングを握ってみたい。今回用意されていたのは、まず1台が911カレラ。ギアボックスはPDKで、オプションリストにはスポーツクロノパッケージが含まれている。そして、もう1台は911カレラS。こちらも同じくスポーツクロノパッケージと、さらにPASMスポーツサスペンション&LSDのセットが装着されていた。
スポーツクロノパッケージは、997前期型ではダッシュ上のストップウォッチだけでなく、スロットル特性やティプトロニックの変速ロジック、ABSやPSMの設定を変更する「SPORT」モードが用意されていたが、新型のそれはさらにバージョンアップ。PDKの変速スピードを極限まで高めたサーキット用のシフトプログラムに切り替わり、ローンチコントロールの使用が可能になる「SPORT PLUS」モードが設定されている。
また、スポーツサスペンション&LSDがPASMと組み合わされ、またMTだけでなくPDKでも選べるようになったのも朗報と言える。これなら乗り心地をそれほど妥協せずに走りを突き詰めることができるはずだ。
最初にキーを掴んだのは911カレラ。ドアを開けてドライバーズシートへ身体を滑り込ませる。インテリアの景色には大きな違いはない。センターコンソールの空調パネルや、その下に並ぶPASMやスポーツクロノパッケージなどのスイッチ類の意匠が一新され、HDDナビゲーションシステムが標準装備となった程度。そして忘れてはならないのが、PDK用のステアリングホイールの採用である。
このステアリングホイール、操作性については後で触れるとして、デザインも疑問符をつけたくなる。まず気になるのはスポークがリムまで回り込んでいること。かつては手触りの変化を嫌って縫い目の位置にまでこだわっていたポルシェの仕事として、これはどうだろうか? 繊細な操作感を削ぐリム自体の太さも残念。マーケティングからの要望だというが、仮にそういう声があったとしても、それはポルシェが耳を傾けるべきものだとは思えないのだが・・・。
エンジンを始動すると、おやっと思い、フロア側にも+/−ゲートが復活したセレクターをDレンジに入れて走り出すとハッキリとわかるのは、エンジンがとりわけ低回転域で振動が少なく、非常に静かなことだ。街中では、背後からフラット6サウンドはあまり耳には届かず、正直ちょっと寂しい。
その一方で感心させられるのがPDKのマナーの良さで、そのクリープ感も含めて、まるでティプトロニックSのようなスムーズさだ。その後のシフトアップも微塵のショックも感じさせることはなく、気付けば80km/hに達する前には7速に入っている。100km/hでのエンジン回転数は、7速でわずか1750rpmでしかない。
そのままDレンジでアクセルを踏み込んでいくと、それに応じて最大3段飛ばしのシフトダウンが行われ、欲しいだけの加速を得ることができる。ティプトロニックSもこの辺りのコントロール性は抜群だったが、PDKはレスポンスが速いだけに、なおのこと意思とクルマがシンクロして感じられる。また、やはりこれまでと同様、Dレンジのままでもステアリングスイッチは有効で、その場合には最大8秒後にはDレンジに復帰する。
とは言え、左右ともに手前側がアップ、奥側がダウンのスイッチ配列はやはり違和感があり、結局最後まで馴染むことができなかった。またアップ側のスイッチの位置もリムに近過ぎて、コーナリング中に不意に触れてしまうことも。苦言ばかりとなってしまうが、なまじ期待値が高いだけに、もの申したくなってしまうのだ。
ではと今度はフロアセレクターでのマニュアル変速を試してみる。こちらも+/−の配置は逆の方がいいが、レバーのタッチは良い。しかし感心させられるのは、フロアセレクターで変速する場合には、それまでと制御が切り替わることだ。たとえばキックダウンは、奥深くまで全開に踏み込んだ時に7速からでも3速まで一気に下がる以外は基本的に行われないし、自動シフトアップもしないといった具合に、明らかにスポーティな走りに寄ったモードが起動するのである。
この辺りまで楽しんだところで、911カレラSへと乗り換える。こちらもエンジンをかけ走り出したところまでの印象はカレラと同様。随分静かな印象だ。それでも、カレラSの場合は3000rpm台中盤からカレラより1枚上手のトルクが盛り上がり、車体を力強く前に進めてくれる。しかも、その快感はトップエンドまで持続する。スペック上、カレラを40psも凌ぐパワー感を保ったまま、7400rpm過ぎのリミットまでしっかり回り切るのだ。
嬉しいことに、中速域以上では911カレラも911カレラSもフラット6サウンドがしっかり耳に届く。とは言え、カレラSのそれも、前期型のような演出めいたものではない。個人的には、この方がポルシェらしくて好きだが、人によってはカレラSを選ぶ意味がないと思ってしまう可能性はありそうだ。
しかし、ワインディングロードで「SPORT PLUS」モードを試せば、誰も刺激がないなんて口にはできないはずである。変速時間はアップもダウンも俄然速く、しかもDレンジのままでも、まさにジャストなタイミングで絶妙なシフトダウンを決めてくれ、ステアリングスイッチやセレクターレバーに触れようという気にすらならない。まさにPDKの真の実力が発揮されるのだ。19.4万円と決して安くはないが、911を時にはスポーツカーらしく走らせたいと思っているならば、スポーツクロノパッケージプラスは間違いなく必須だ。公道では優秀なローンチコントロールの出番はないだろうが、それでも価値は十分ある。
もっと乗りたいと思わせる新型911カレラの完成度
一方、今回の試乗だけで断言はできないが、PASMスポーツサスペンションは、日本の公道では不要かもしれない。何しろノーマルモードでも、PASMなしの911カレラの方が快適と思えたほど硬いのだ。スポーツ走行派はLSD単品の装着でいいかもしれない。ちなみにカレラ4系はリアLSDが標準。これだけでニュルブルクリンクのラップタイムは2秒縮まるという。
今回はDFIエンジンとPDKを中心に、最新型911カレラ/カレラSの日本でのファーストインプレッションをお届けした。振り返って言えるのは、まずは少なくともパフォーマンスの面では、確実に997前期型を凌駕しているということである。
しかし一方で、エンジンについては刺激が薄まったという声は上がるかもしれない。そしてPDKに関しては、取り敢えず、よりホットなドライビングフィールを求めていたティプトロニックユーザーにとっては100%満足行く選択になるはず。
一方、快適性を重視したいという人にも、パフォーマンスと燃費という大きなメリットがある。しかしマニュアルミッション派の人にとっては、まだ選択肢としては微妙かもしれない。操作ロジックはスポーツ走行向きではないし、すべてを自分でこなすマニュアルミッションには、依然として確かな歓びがあるからだ。
個人的には、エンジンはこのご時勢、小さい方がクールだということで3.6Lの911カレラを。旬モノとしてPDKを選ぶにしても、スポーツクロノパッケージとLSDは必須だが、スポーツ性で選ぶなら6速MTでカレラ4もいい。PDKなら、いっそカブリオレをと、思わずつらつら綴ってしまったが、こんな風に買える人も買えない人も、思わず頭を悩ませてしまうのが911というクルマの常である。
走行距離にして、往復ざっと400km。しかし渋滞の都市部や攻め甲斐のあるワインディングロードなどでは試すことができなかっただけに、まだ新型911カレラ/カレラSの魅力の真髄に触れることができたなどとは、とても思えない。しかし、もっと乗りたいと感じるのは、すでに魅せられているということだろう。
見た目にしろ走りにしろ、仮に最初は違和感があっても、結局いつもこうやって、惹かれて悩んでもっと乗りたくなるのがポルシェ911というクルマである。今回も、また然りだ。(文:島下泰久/写真:井上雅行)
ポルシェ911 カレラ 主要諸元
●全長×全幅×全高:4435×1810×1310mm
●ホイールベース:2350mm
●車両重量:1490kg
●エンジン:対6DOHC
●排気量:3614cc
●最高出力:254kW(345ps)/6500rpm
●最大トルク:390Nm/4400rpm
●トランスミッション:7速DCT(PDK)
●駆動方式:RR
●燃料・タンク容量:プレミアム・64L
●10・15モード燃費:-km/L
●タイヤサイズ:前235/40ZR18、後265/40ZR18
●車両価格(税込):1237万円(2008年当時)
ポルシェ911 カレラS 主要諸元
●全長×全幅×全高:4435×1810×1310mm
●ホイールベース:2350mm
●車両重量:1500kg
●エンジン:対6DOHC
●排気量:3800cc
●最高出力:283kW(385ps)/6500rpm
●最大トルク:420Nm/4400rpm
●トランスミッション:7速DCT(PDK)
●駆動方式:RR
●燃料・タンク容量:プレミアム・64L
●10・15モード燃費:-km/L
●タイヤサイズ:前235/35ZR19、後265/30ZR19
●車両価格(税込):1451万円(2008年当時)
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