運営元:外車王SOKEN
著者 :守屋 健
メルセデス・ベンツのEクラスといえば、ドイツにおいてもあこがれのセダンです。あまりクルマに詳しくない人でも、Cクラスより大柄な車体とフロントに光るスリーポインテッドスターを見て「あ、これはいいクルマだ」と感じさせる存在感があります。
そんなEクラスですが、ドイツに旅行や仕事で来たことがある方なら誰もが気付くのではないでしょうか?「ドイツのタクシーって、こんなにEクラスだらけなの?」と。そう、ドイツにおいてメルセデス・ベンツは100年にわたってタクシー専用車を提供し続けている稀有な会社なのです。
それにしても、どうしてここまでタクシーとしてのEクラスが支持され続けているのでしょうか。今回のドイツ現地レポは、Eクラスがタクシーとして支持される理由と、それとは対照的に不透明な先行きについて紹介していきたいと思います。
■タクシーを呼ぶとメルセデスが来る?
ドイツにはこんな言葉があります。「メルセデスに乗りたくなったら、タクシーを呼びます」。つまり、家族や友人に乗せてもらう以外で、もっとも安価にメルセデスに乗る方法がメルセデスのタクシーに乗ること、というわけです。
この言葉は、ふたつの重要な意味を持っています。ひとつは、タクシー業界がそれだけ多くのメルセデスを運用していること。ふたつめは、顧客の側から見ても、メルセデスは利用したいと思わせるブランドだ、ということです。それはそのまま、Eクラスが支持される理由にもつながっています。
メルセデス・ベンツ、特にEクラスがタクシー業界から支持されてきた理由は、大きくわけて3つあります。ひとつめは「耐久性に優れ、乗り心地がいいなど、機械的に優れていること」。ふたつめは「メルセデス・ベンツがタクシー仕様車を乗用車仕様に比べて割引価格でタクシー会社に提供していること」。みっつめは「タクシーを利用する顧客から人気があるということ」。次の段落で詳しく解説していきましょう。
■Eクラスがタクシーとして支持される、3つの理由
1つめの「耐久性に優れ、乗り心地がいいなど、機械的に優れていること」は、想像できた方も多いのではないでしょうか。40万キロ・50万キロを超えて走行しているEクラスは当たり前で、それほどの走行距離を走破した個体でも中古車市場ではなお値段が付きます。居住性が高く乗り心地がよいという特徴は、タクシー運転手のみならず、利用する顧客にもメリットが多いため、ベテランドライバーほどEクラスを求める傾向が強いと言われています。
2つめの「メルセデス・ベンツがタクシー仕様車を乗用車仕様に比べて割引価格でタクシー会社に提供していること」については、実際の価格を見てもらったほうがはやいでしょう。
E200dのタクシー仕様車(ライトアイボリーの典型的な塗装、グローブコンパートメントの無線デバイスホルダー、タクシーメーター、ルーフ上のタクシーサイン、タクシー非常警報システム、無線ハンズフリーシステム、タクシーラバーマットを含む)は36,135 ユーロ(約491万円)から、となっています。
現在、まったく同じエンジンを搭載した乗用車仕様のEクラスは生産されていないため、単純な比較はできませんが、もっとも安価なドイツ本国仕様のE300eが71,287ユーロ(969万円)からとなっています。こうして比較すると、絶対的な価格が安いわけではありませんが、タクシー仕様車の「お買い得さ」が際立っているのではないでしょうか。
またタクシー業界は、メルセデスのアフターサービスを高く評価してきました。修理工場は数多くあり、交換部品は手に入りやすく、古いクルマの整備にも対応する。メルセデスはただ安価にタクシー仕様車を販売するだけでなく、アフターケアも万全だったのです。
■人々に「乗ってみたい」と思わせるタクシー
3つめの「タクシーを利用する顧客から人気があるということ」については、先にに紹介した「メルセデスに乗りたくなったら、タクシーを呼びます」の言葉にもあらわれています。人々は、メルセデスに乗りたいのです。
また、これはメルセデス・ベンツの巧妙なプロモーションでもあります。タクシーでメルセデスの快適さ・乗り心地の良さ・つくりの良さを知った人々は、次の自家用車にメルセデスを選んでくれるかもしれません。
さらに、ドイツはタクシー料金を支払う際に、チップを上乗せする習慣があります。スムーズで安全な運転や、清潔な車内、タクシー運転手の丁寧な態度に対しチップを払うのですが……統計があるわけではないので断言はできませんが、おそらく、Eクラスを運転するタクシー運転手の方が、多くのチップを手にしているのだろうと思います。事実、筆者もEクラスのタクシーに乗って、気分の良い接客となめらかな運転で目的地まで連れて行ってもらった際は「いつもより少し多めにチップを払おうかな」という気分にさせられるのですから。
■次期Eクラスに「タクシー仕様車」は存在しない?
ところが、2022年はじめに、タクシー業界を揺るがすニュースがドイツを駆け抜けました。2023年に予定されているEクラスのフルモデルチェンジの際、タクシー仕様車は今後用意されない、と発表されたのです。
当然、タクシー業界からは猛反発の声が上がりました。メルセデス側としては、直近4年間でEクラス・Bクラスのタクシー仕様車の売上が75%減少しているからと説明。比較的販売好調なバンタイプのVクラス・タクシー仕様車などは生産が継続される見込みです。
メルセデスとしても、タクシー業界からは完全に撤退するというつもりはないようで、Eクラスの後継を新規開発のEVなどで担う、などといった「様々な可能性を調査中」という表現をするに留まっています。
トヨタ・プリウスやカムリなど、ドイツ以外の国々で活躍しているタクシーが、これを機にドイツ国内でもシェアを伸ばしていくかもしれません。過去50年間「Eクラス天下」だったドイツのタクシー業界は今、歴史的な岐路に立たされています。
[ライター/守屋健]
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