直列6気筒の特質とその魅力についての2章を綴った。一世を風靡した自動車用多気筒エンジンの典型は、ベンツが主に生産合理化の目的で復活させたけれど、その存在自体は未だ風前の灯火のままである。戦前ブガッティの代名詞であった直列8気筒や、やはりキャデラックの名声を確固としたV型16気筒等々、消えていった気筒配列は多い。中でも星型エンジンはレシプロエンジンを搭載した航空機がジェット機に追いやられると同時にその命運を閉じた。一体星型エンジンとは何だったのか……。もはやその技術内容を知る人すら少なくなった過去の遺物を辿ることで、内燃機関の進歩の過程と、エンジンを実用に供することの労苦を、少しは知ることができるかもしれない。TEXT:三浦祥兒(MIURA Shoji)
世界初の多気筒レシプロエンジンは、1989年にゴットリープ・ダイムラーが設計したバンク角17度のVツインだった。V型とはいっても、現代的なそれとは大分構造が異なり、ひとつのクランクピンから大端部がひとつで二叉の「フォーク&ブレード」コンロッドが生える。
なぜ直列2気筒が先に登場しなかったかといえば、クランクシャフトの製造が難しかったからだ。直2ではボアピッチの分ふたつのピストン位置が離れるから、まさかピン共用とするわけにもいかず、ウェブとクランクピンがふたつ必要になる。鋳造にせよ鍛造にせよ凸凹の形状のクランクを回転バランスを保つよう高精度に仕上げるのは、当時の工業技術レベルでは至難の業だったに違いない。だったら単気筒と同じクランクで、コンロッドの構造を変える方が、2バンク分のシリンダーケースの製作コストを差し引いても容易だったのだろう。
最初の直列2気筒エンジンが作られるのは1894年であり、水平対向エンジンの登場と時期を同じくする。その後、多気筒化が進展するに連れ、V4や直4の発展型ともいえる直8・V8が登場するも、長いクランクシャフトの製作の難しさから直6の登場は遅れたと記した。
その間に、現在では廃れてしまった気筒配列が独自の発展を遂げる。星型エンジンである。
1901年にアメリカ人・C・マンリーによって最初の星型エンジンが製作されたとされている。マンリーは黎明期の航空機開発に携わった技術者で、この水冷5気筒星型エンジンも航空機用を前提に作られた。1903年に飛行に成功した動力航空機ライト・フライヤーは対照的に直列4気筒エンジンを搭載しており、その後航空機用エンジンはV型を含む列型と星型に分化してその優劣を競うことになる。
航空機のエンジンの搭載方法については紆余曲折がある。ライト・フライヤーを含む初期のプロペラ機の多くは、エンジンを操縦席後方に置いてプロペラを回す「推進式」を採用した。この方法だと、パイロットの前面視界は確保されるものの、単発の場合、胴体や尾翼に干渉しないようにエンジンを配置することが難しい。特に離陸時の揚力を確保するために主翼に予め迎え角を与えるよう、三点支持の車輪の従輪を後方配置する尾輪式とするのに障害となる。それでもしばらくの間、推進式が多用されたのは、航空機が登場してすぐに兵器として使われるようになると、エンジンとプロペラが前方配置の牽引式では機銃から発射される弾丸がプロペラに当たってしまい、戦闘機として運用しにくかったからだ。
機銃の発射タイミングとプロペラの角度を同調させる機構が開発されると、機体の中心より前方に重心を置くことで安定性を確保できる牽引式が主流に置き換わる。
こうなると列型エンジンは視界確保の面で不利になる。また横置きにしない限り水冷が必至となる列型は、ラジエーターの配置と重量の面でも欠点を露呈する。軍用機の場合、冷却水路に被弾すれば即ちエンジンが失陥することになって命運尽きるし、空力面で効率のよいラジエーター搭載位置を確保するのは至難の業だったようだ(第二次大戦最高の戦闘機と称されるP-51「マスタング」がさほど出力の高くないロールス・ロイス・マーリンエンジンで高速を出せたのは、ラジエーターの配置に秘密があるといわれる)。
星型エンジンならば比較的容易に多気筒化でき、その際にもエンジン長は長くならず、すべてのシリンダーが前面露出し、プロペラの気流が直に当たることから空冷とすることが可能になる。実利的な要因で星型エンジンは必然的に空冷になっていったのだが、当時の空冷方式はさらに念が入っていた。
星型エンジン航空機に限らず、エンジンというものは機体や車体に固定され、クランクから回転軸が伸びて動力とする、という形態が当たり前と思ったら大間違い。第一次大戦時の星型エンジンは、クランクシャフトが機体に固定され、シリンダーはプロペラと一緒に回転する「ロータリー式」を採っていた。おむすび型ローターを持つ我々にお馴染みのロータリーエンジンを、欧米人が頑なに「ヴァンケル・ロータリー」という名で固執するのは、「ロータリーエンジン」には先例があるからなのだ。
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