車の最新技術 [2024.07.02 UP]
認証不正問題を理解するキーワード「WP29」【石井昌道の自動車テクノロジー最前線】
文●石井昌道 写真●トヨタ
「自動車の国際基準調和と認証の相互承認」と題した勉強会に参加し、国土交通省の担当者から自動車の型式認証制度についての説明を受けた。
いま話題の認証不正問題について、メーカーの記者会見に参加したりエンジニアから話を聞いたりして、情報を集めてはいるが、今一つ全貌がわからりにくい。認証制度が複雑すぎてメーカーに負担がかかっている、制度そのものを見直すべき、ルールよりも厳しい試験を行ったから安全性は確保されているのに罰則が与えられるのはやりすぎだ、などという声もあがっているが、そもそも認証制度はいったいどんなものなのだろうか。
自動車の安全基準等は、古くは各国が道路事情などに合わせてそれぞれで決定していたが、これを国際的に統一・調和しようという動きが欧州を中心に起こった。欧州ではドイツ、フランス、イタリアと国をまたいで走るからだ。日本で売られたクルマが海外を走ることはほとんどないので、ユーザーにとって国際調和のメリットはあまりないが、それでも1990年代から日本も国際調和に積極的に参加。グローバルに活動しているメーカーにとってメリットがあり、国際競争力が高まるからだ。国際調和した基準ならば、日本で型式認証したものが海外でそのまま販売可能、認証の開発の手間やコストの低減、部品の共通化などがメリットとなる。また、1990年代には貿易摩擦という問題もあったが国際調和すれば輸出入の障壁にもならない。
国連の中にある自動車基準調和世界フォーラム(WP29)は、自動車にまつわる基準の国際調和のための機関
自動車の国際的な基準と認証ルールを策定するのは国連の自動車基準調和世界フォーラム(WP29)という機関。国連はアメリカ・ニューヨークに本部があるが、WP29がスイス・ジュネーブにおかれているのは前述の通り、もともと欧州が国際調和の必要性があったからだ。
1958年には基準調和+相互承認のための協定ができた。たとえばドイツで認証されたものはそのままフランスで走れるし、逆もしかり、というのが相互承認となる。1998年には基準調和のみのための協定が別途できている。1958年協定は62カ国、1998年協定は39カ国が加盟しているが、例えばアメリカは後者だけに加盟。アメリカは欧州や日本のように政府が認証するのではなく、メーカーの自己認証制度だから相互認証というカタチはとれない。それでは1958年協定に入れないため、基準調和のみの1998年協定を後からつくったということだ。日本は1998年に両方の協定に加盟している。
1958年協定に加盟している国であれば、たとえば日本で認証された自動車はそのまま輸出できる。だが、もしもいい加減に認証してしまって、それがわかった場合には加盟国は輸入を拒否する権利があって輸出・販売ができなくなってしまう。国際調和および相互認証は大きなメリットがある一方で、とんでもないデメリットにもなりうる。だから不正があると困るのだ。ルールで定められた試験方法よりも厳しい条件でテストしたからユーザーにとってデメリットにならないと言ってもメーカー側のデメリットになりかねないのだ。
基準を作るにあたっては交通事故や環境問題についてデータを集めて分析し、リアルワールドになるべく近いカタチで試験方法を策定。試験で基準に適合すると認証される。安全で環境負荷の低い自動車を普及させていくのだ。ある新基準が普及して安全性等が高まったと確認されれば、その他に対策な必要な分野を議論して、また新しい基準をつくっていくということを繰り返している。以前に比べると基準は増加していて、さらにADASや自動運転、コネクテッドなどの新しい技術にも対応していかなくてはならない。
自動車(乗用車)の認証に適用される国連規則は、例えばステアリング機構、ブレーキ、オフセット前突時乗員保護、フルラップ前突時乗員保護、歩行者保護など43項目があって日本はすべてを認証基準として採用。ワイパー、寸法重量、内装、その他灯火の4項目については国際基準が存在しないので国内基準となっている。
WP29は本会議の下に「自動運転」「衝突安全」「排出ガス」「騒音・タイヤ」「灯火器」「安全一般」といった6つの分科会があり、さらにその下に設置される専門家会議がある。WP29の会議は各国の政府だけではなく、メーカーや研究者等の専門家も参加して純技術的に審議されるという。よく、スポーツなどでも、ルールは欧州が決めて日本はそれに従わざるをえないといったイメージがありWP29も以前はそういった傾向があったかもしれないが、現在の日本は本会議の副議長、自動運転など重要な専門家会議の議長を務めているそうだ。どうすればそういったポストにつけるかといえば、たとえば参加しているメーカーが有効なデータやエビデンスを多く提示して基準づくりの役に立つなど貢献すれば、そのメーカーの国が議長などになれるという。だから、国土交通省も日本のメーカーと協力して積極的にポストにつけるよう戦略的に動いているそうだ。
国土交通省の資料より作成
日本が主導した例としては自動運転、燃料電池車、歩行者保護などがあげられる。これらは日本のメーカーが得意とする分野であり、その意向も踏まえながら国連規則案を検討・提案して国際議論を主導していった。ホンダ・アコードの世界初の自動運転レベル3認証、トヨタMIRAIの世界初の燃料電池車認証は、そういった動きの結果でもある。
ただし、それも信用が第一であり、2015年にフォルクスワーゲンのディーゼルゲートが起こった当時、「排出ガス」の分科会はドイツが議長だったが、問題を受けて辞任。その後も5年間はドイツはポストをとれなかった。また、その後に排出ガスの規制および試験方法はより厳格にもなった。
認証のルールは詳細に規定されていて、例えばブレーキに関する認証の規定だけの書類は、英文で約100ページもあり、多岐にわたる試験条件が規定されている。たしかにメーカーの負担はあるが、それでも一度日本やその他の加盟国で認証を受ければ済というのが基準調和と相互認証のメリット。また、ルールよりも厳しい条件でテストしたのだからいいだろうということにも問題はある。衝突試験で使う台車がルールでは1100kg(±20kgまで容認)のところ1800kgで試験したというようなケースだ。より重い台車をぶつけても問題なかったら、そのほうが安全性は高いかもしれないが、台車の材質やぶつかる箇所の面積などがWP29で定めたものとまったく同じであるかどうかの確認がとれなければ安全とは言い切れない。それでもメーカーから申請があって国土交通省がチェックして、たしかに同等以上の安全性があると証明されれば認めることもあり得るのだという。
悪意がなく、ユーザーにデメリットがない不正であっても、グローバルに活動するメーカーにとって都合が悪くなる可能性があることが、認証制度や国際基準調和、相互承認の大まかな仕組みを知ると理解できる。今回の認証不正問題がどういった進展を見せるのか、注意深くウォッチしていきたい。
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新試験法は、3000ポンド(約1361kg)の台車を、70%オフセットの位置に、80km/hで衝突させるというもの。台車は軽くなったが、後ろ全面でなく横にずれた位置に、より高速度で衝突させるという、実際の事故により近づける改正だったもよう。
このように、認証試験の規則は、新しい技術や知見にメーカーの要望も反映させて、改正できるようになっている。不満があるなら率直に問題提起して、改正まではきちんとルールを守るのが正しい行いだよ、トヨタさん。