F1参戦を夢見たカウーゼンのために製作、生みの親によってその勇姿が披露された
鈴鹿サーキットで行われた「RICHARD MILLE SUZUKA Sound of ENGINE 2018(SSOE)」で対面した魅力的なクルマたち。第2弾は京都に本拠を構える老舗コンストラクター、コジマ・エンジニアリングが製作したF1マシンの『KE009』。1977年に富士スピードウェイで開催された日本GPに参戦したことは、ファンならご存知だと思うが、鈴鹿に登場した個体は、スリムなノーズの先端から生えたステーでウイングをマウントするなど、77年日本GP時とは仕様が異なっている。
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この個体について紹介する前に、まずはコジマ・エンジニアリングが製作した最初のF1マシン、先代の「KE007」について紹介しておこう。 1976年に富士で開催された国内初のF1GPにおいて、長谷見昌弘さんのドライブで速さの一端を見せつけた国産F1マシンがKE007だ。いわば処女作だが、ボスの小嶋松久が、デザイナーの小野昌朗やエンジニアの解良喜久雄、エアロ関連スペシャリストの由良拓也…など、当時の国内におけるトップブレーンに声をかけて集結。文字通り“チーム・ニッポン”による国際F1マシンだった。 その概略は、DFVと呼ばれるフォード・コスワース製の3リッターV8エンジンとヒューランド製のトランスミッション、そしてロッキード製のブレーキ。主要コンポーネントには外国製の市販パーツを購入して採用する一方で、ダンロップ製タイヤやカヤバ工業(現KYB)製のダンパーなど、可能な限り国産パーツを使用していた。
そのKE007の後継モデルとして、翌77年に富士で開催されたF1日本GPにデビューしたのがKE009。前作、007の正常進化モデルで、高原敬武さんと星野一義さん、当時の国内トップドライバーがドライブすることになった。前年の活躍もあり、上位でのバトルに期待が高まったが、結果的にはタイムが伸びず、惨憺たる結果に終わった。ただし、レース後に富士で行ったプライベートテストでは素晴らしいポテンシャルが確認されている。 そして、このテストに関わったドイツ人のチームオーナー、ウイリー・カウーゼン氏から、彼のチームでF1GPを戦うのでKE009を提供してほしい、との申し出があり、コジマ・エンジニアリングでKE009改を仕上げることになった。それが今回鈴鹿に登場したKE009というわけだ(以下、便宜上“カウーゼン仕様”と呼ぶ)。
レースとテストを終えた後、コジマ・エンジニアリングでコンバートの作業にあたったのは、レース仕様の、つまりはオリジナルのKE009製作にも携わっていた蓮池和元メカニック。オリジナルと“カウーゼン仕様”の、最大の違いはノーズだ。 オリジナルが、ストレート勝負が最大のテーマとなっている富士に向けたスペシャルで、フロントタイヤをカバーするスポーツカーノーズが必須と判断されたが、ヨーロッパで各地のサーキットを転戦するためには、より素早くセッティングできるウィングノーズの方が有利になると分析。75年にデビューし、フェラーリ最高傑作のひとつ”312Tシリーズ”にも似た1枚モノのフロントウイングを短めのノーズから生えた2枚のステーにマウント。ちょうどノーズにウイングが載せられた格好で採用していた。
SSOEでピットに佇むKE009“カウーゼン仕様”の写真。外観上ではノーズに載せられた1枚モノのフロントウイングが最大の特徴だ。スリークだが豊かな曲線を多用したデザインは、空力スペシャリストとして知られる由良さんならではの魅力に富んでいる。黒いKE007の方が人気が高いとされるが、個人的にはこれがベストだと思う。
ノーズ先端よりもさらに前進した位置にマウント。フェラーリ312Tに似た、と本文中では紹介したが、フロントウイングを支える2枚のステーの間に、ラジエターを挟み込むなど、こちらの方がより機能的なデザインに。
さて、この“カウーゼン仕様”。それ以外にもフロントのトレッドを拡幅するなど、細かな変更点も少なくなかったが、蓮池メカは京都で大半の作業を終えた後に渡欧。ドイツのガレージで最終組み立てまで行ってカウーゼン氏のチームに納車している。 ただし、ここからは思わぬ展開となった。情報が錯綜し、本当のところは藪の中だが、結果的にカウーゼン氏のチームが予算不足から活動休止。さらに同氏はKE009の“カウーゼン仕様”も含めた資産の売却を計り、カウーゼンさんの古くからのレース仲間で、日本国内でも“ハコ遣いの名手”として知られるハンス・ヘイヤーさんが買い取った、というのが真相のようだ。 その後も長い間、ヘイヤーさんの倉庫で埃を被っていたKE009の“カウーゼン仕様”だったが、生みの親でもある蓮池さんが雑誌の記事で消息を確認し、国内に持ち帰ったのは秋の声を聞いてから。そこから大急ぎで作業を続け、無事にSSOEでのピット展示にこぎ着けたというわけだ。
フロントサスペンションはロッキングアームを使ったインボード式のダブルウィッシュボーン。ロッキングアームを兼ねるアッパーアームは鋼板ファブリケートでワイドベースのIアーム形状。補強リブのR形状など、見ているだけで惚れ惚れする美しさがある。
リアサスペンションはアウトボード式ダブルウィッシュボーン。アッパーはIアーム、ロアはパラレルリンクで、それぞれラジアスロッドが組み合わされる。ブレーキはインボード式。本来、コイル&ダンパー・ユニットが装着される部分には、仮組のためのロッドがはめ込まれている。
コジマ・エンジニアリングからスピードスターレーシングに移籍してレーシングメカニックを続けた蓮池さんは、2013年にヒストリックカーのレストアとメンテナンスを手掛ける「蓮池レーシング・サービス(HRS)」を設立。仕事の傍らで自らのライフワークであるK“カウーゼン仕様”をメンテナンスする時のために資料を持ち続けていたという。
「今回はただ展示しただけやから(レストアの終わっていない)細かいところは写さんといて」と笑いながら話す蓮池さん。今後の展開について「多くの人が来年(のSSOE)には走りますか?」と聞いてくるけど、それは無理。ミッションケースはあったけど中身(ギア)は何もない。そんな状況だから、コツコツとパーツを手配して、たぶん(走らせるのは)再来年になるんかなぁ」と語ってくれた。 いつものように穏やかな笑顔だが、すでにサーキット再デビューへのシナリオは完成しているようだ。
のっぺりとした印象のあるベルハウジングは、オリジナルのまま。とても綺麗に映り、一品モノで作ったようにも見えたが「取りあえずさびを落として少しきれいにした程度」と蓮池さんは苦笑していた。また、エンジンの両横にマウントしたラジエターや、そのカバーにリアタイヤのフェアリンクを設けるなど、基本コンセプトはオリジナルのKE009や、さらにその先代モデルとなったKE007にも通じるところがあるが、こちらの方がよりコンペティティブに映る。
写真は、KE009“カウーゼン仕様”のコックピット。70年代半ば、まだカーボン素材が導入される前のF1GPマシンでは、平均的な眺めだ。
参考までに、オリジナルのKE009と、その先代モデルとなったKE007も写真で紹介しておこう。白地にピンク&ブラックのストライプと漢字のロゴが入った伊太利屋カラーは、77年のF1日本GPで高原敬武選手がドライブしたKE009の1号車。これが“カウーゼン仕様”のベースとなっている。77年F1GPの際に撮影したもので、写真は富士スピードウェイ 広報部提供。一方、漆黒のカウルに身を包んだNo.51号車はKE007。レストアを終えイギリスのフェスティバルofスピードなどにも遠征していたが、写真は17年3月に行われた富士スピードウェイの50周年記念イベントにて撮影。
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