日本の美意識で凜とした美しさと高級感を追求
海外で販売される新型ハイエースと一部の構造を共有しつつも、乗用ユースに対応するため専用設計された新型グランエース。そのデザイン過程も、いわゆる「派生モデル」とはいくぶん違ったプロセスが採用されている。PCD(プロジェクトチーフデザイナー)を務めた芳形伸也さんは、次のように語る。
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「多くの方は派生モデルと聞くと、外装品をあとから追加したり、いずれかの装備を変えたりなど、元の車型を改良して作るというプロセスを思い浮かべると思います。ですが新型グランエースでは、海外版新型ハイエースと同時にデザイン開発を行っています。つまり、元の車型に変更を加えてよくするという考え方ではなく、ゼロの状態からそれぞれの理想を描いて熟成させていったんです。ですから、元の車型がこうだから、その制約でここはやりたくてもできないぞといったことがありません。元の形の制約にとらわれず、純粋に理想形を追求できるプロセスで開発したんです」
新型グランエースのデザインキーワードは、「グランドラグジュアリー」。エクステリアデザインで目指したのは、圧倒的な存在感と高級感の表現によって、富裕層のパーソナルユースにも対応するプレミアムでモダンな上級送迎車だ。
高級感と言っても、じつはさまざまな方向性がある。たとえば押し出しの強いゴージャス感もそのひとつ。近年の高級ミニバンでは、この方向性を採用しているものが多い。だが、新型グランエースが目指したのは、決してやりすぎることのない、凜とした美しさを感じさせる高級感だ。方向性を決定する過程では、さまざまな議論や取り組みが行われた。そのひとつは、デザイナー自身が実際にVIPの気持ちや使用環境を実体験することだ。
「まずは国内外の高級ホテルの視察です。送迎されるVIPの気持ちに立つだけでなく、送迎するドライバー側もどんなことに気を使っているのか。そのほか、人を運ぶという意味で公共交通機関にもヒントがあるのではないかと考え、新幹線から飛行機、岡山の路面電車など、2泊3日で全国の交通機関を体験する弾丸ツアーみたいなことまでやりました」(芳形さん)
この体験は数多くの知見をもたらした。たとえばビジネスに追われるVIPが、一瞬の時間さえもムダにしたくないと考えていること。新型グランエースの後席には、ワンアクションでシートを倒せる手動レバーが備わっているが、これも、3列目に行くためのわずかな時間もムダにしたくないというVIPの心理に応えようと設けたものだ。
「高級感の方向性を模索するうえで、いつも頭の片隅にあったのが日本人の美意識です。西洋の豪華さとは違うある種の豊かさ。シンプルだけれど、単純なだけではない深みのある潔さ。かつて、トヨタのなかでデザインの方向性を考察する際に、日本のよさ、日本のエッセンスを研究していたことがありました。そうした価値観が、結果的にグランエースの高級感に反映されたのではないかなと思います」(芳形さん)
すべてのディテールを磨き上げ全体の調和感も徹底的に追求
シンプルで凜とした美しさをたたえる高級感。その最適解にたどりつくまでには気の遠くなるような試行錯誤が行われた。それは初期と最終案のフロントマスクの違いにも見て取れる。エクステリアデザインを担当した幸脇一誠さんにうかがった。
「新型グランエースの特徴のひとつは、とにかくボディの胴体部分が大きいこと。ならば顔付きも大きくなければだめだろうと考えてデザインをスタートしたんです。すると、やりすぎ感やしまりのなさの印象がどうしても強くなってしまう。とりわけ重要な要素となるグリルについては、大きさや幅など、何度も何度もやり直してバランスを探りました。ここは冷却性能にも関係する部分です」
「このクルマはオセアニア市場ではグランビアの名で販売されるなど、数多くの国と地域で販売されます。国によっては、フル乗車のうえに大量の荷物を積載し、さらには荷物を積んだ軽車両を牽引しながら、ゆっくりとしたスピードで坂道を登るという場面もあったりします。冷却性能に非常に厳しい使用環境ですよね。デザインでは、そうした性能要件を両立させることも必要でした」
エクステリアのクレイモデラーを務めた岩坪正之さんにもうかがった。
「当初のグリルは細かい意匠だったんですが、最終的にはシンプルで面の大きなデザインになっています。この大きさの平面になると、ちょっとした断面の違いで映り込みの感じが大きく変わります。デジタルツールによるシミュレーションも活用しながら、非常に細かい修正を重ねて追い込みました。その一方で、ボディ全体が大きいため、全体の印象を変えようとすると、修正範囲が5mmや10mmでは済みません。ライン一本の位置を変えるにも、それこそ30mmも動かさなければならなかったりします。一般的な車型よりもはるかに大きな労力が必要でした」
シンプルだが、深みのある美しさをたたえたスタイリング。その実現のためには、すべてのディテールが調和していることが必要だ。フロントマスクを磨き上げれば上げるほど、リヤエンドも研ぎ澄ませなければ、前後のバランスが悪くなる。そのためリヤエンドは、当初想定していたハイエースとの差別化範囲をさらに拡大してデザインし直すなど、妥協なき模索が行われた。
「ボディサイドも苦労した部分ですね。後席にお乗りになるVIPが最優先のクルマですから、寸法は極力室内空間のために使いたい。つまり、デザインに使える寸法が非常に少ないんです。そこでいかに抑揚を出すか。間延びした平面に見せないようにするか。ここもクレイモデラーにがんばってもらった部分ですね」(芳形さん)
ボディサイドで注目したいのは、これだけ大きな面でありながら、間延びすることなく、かといってビジーにも見えないバランスのよさ。それが実現できたのは、グラデーションが美しく映える面質や断面の調整をはじめ、ほかとは微妙に異なるキャラクターラインのRの調整など、見た瞬間には気付かないような細部についても膨大なトライ&エラーを行ったからこそだ。
目指したのは本物以上の本物感
インテリアデザインについても見てみよう。目指したのは、富裕層のパーソナルユースにも対応する「上質さ」と「華やかさ」を備えた室内空間。インテリアデザイン担当の前田光照さんにうかがった。
「とくに意識したのは『おもてなし』の精神です。スライドドアを開けたときの佇まいや見え方も、VIPをお迎えするときのおもてなしのひとつと考えてデザインしました。目指したのは、誰が見てもわかるけれど、決して華美ではない高級感。とても落ち着けるけれど、背筋が気持ちよく伸びるような、そんな凜とした美しさを感じさせる高級感です」
「そのために必要なのは、各ディテールの配置や比率といった素性のよさをとことんまで引き上げ、それぞれの要素を徹底的に磨き上げること。たとえば木目の配置や金属加飾との組み合わせ、大きさ、バランス、それぞれの断面など、あらゆる要素を磨き上げて、工芸品のように見える仕立てのよさを目指しました」
インテリアのクレイモデラーである岡田 渡さんも次のように語る。
「加飾の本物感にも徹底的にこだわりました。たとえば金属調加飾。デザイン検証の際には、本物の無垢のアルミをヤスリの手作業で研ぎ出して作ったものをクレイモデルに組み込んだりしたんです。ふつうはクレイ(工業用粘土)で作るんですが、それだとどうしてもクレイの質感に引っ張られてしまう。最近はデジタルの技術も発達していて、それこそ本来ならアルミではありえないような曲がり方をしたアルミ調の加飾を作り出すこともできます」
「けれどグランエースでは本物感の徹底的な追求を行ったんです。金属ならではのエッジの立ち方、エッジが立っているのに伝わってくるしっとり感。そんな本物だからこその質感を、実際に本物の金属と作業で作り出し、その手触りで得た実感を製品に落とし込んだんです」
金属調加飾と組み合わされる木目調加飾にもこだわりは貫かれている。語ってくれたのは、カラーデザイン担当の河本俊治さん。
「今回の加飾では、木目の柄のフィルムの裏側に光輝のシルバーを塗装して、その上に柄を乗せるという手間をかけています。光の当たる角度で見え方が変わるという手法で、これにより本物以上の木目の質感を目指しました」
木目と金属調加飾のコンビネーションは、室内イルミネーションとともに、乗員が座った際に腰のあたりとなる高さで、囲うようにまわされている。あえて室内を天井から明るく照らさず、影の深みをしっかり演出することで、加飾のコンビネーションはまるで伝統的な日本家屋で見る蒔絵にも似た美しさを見せる。「VIPのなかには、天井から顔を照らされるのを好ましくないと考える方もいらっしゃいます。そうしたことにも配慮したデザインなんです」(前田さん)
日本の「おもてなし」が世界で類をみない独特の文化となっている理由。それは日本人ならではの「察しと思いやり」「つつしみ」といった美意識が根底にあるからこそだ。作り手の苦労を気付かせず、心ゆくまで快適な気分を味わってもらう。そんな開発チームの意識を感じさせる新型グランエースのデザインは、まさに日本の「おもてなし」の精神をカタチで表わしたクルマと言えそうだ。
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