ロールス・ロイスが新型ゴーストの試乗会を日光で開催するという。JR宇都宮駅で降りた我々を待ち受けていたのは、同社のファントムやカリナン。うやうやしく後席へ誘われ、連れていかれたのは、奥日光の入り口に位置する中禅寺湖のほとりにオープンしたばかりのザ・リッツ・カールトン日光だった。もう贅沢じゃん……。心の中でツッコんだ。
日光は、軽井沢などと同様に外国人によって切り拓かれたリゾート地だ。1872年、英国の外交官として明治維新にも影響を与えたアーネスト・サトウ氏が初めて奥日光を訪れ、たいへん気に入ったという。彼が湖畔に建てた別荘は後に英国大使館別荘となり、2008年に栃木県に寄贈されるまで使われた。
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RR広報のローズマリー・ミッチェルさんによれば、奥日光は彼女の故郷に近い英国の湖水地方に似ているという。サトウ氏も奥日光に祖国を感じたのかもしれない。英国の伝統的ブランドであるRRが、奥日光を舞台に試乗会を開くのには十分なゆかりがあったのだ。
そして試乗。まずは後席へ案内される。観音開きのドア、仕立てのよいレザーシート、分厚いカーペット。スイッチを押すと前席シートバックから出現する、大型モニターとライティングテーブル。いつものRRの世界観だ。滑らかな発進、ドア側にあるアームレストまで温まるシートヒーター、耳をすませばかろうじて聞こえる12気筒の澄み切ったエンジン音。動くリビングルームとしての快適性はファントムやカリナンと同レベル、すなわち世界最高レベルといえる。
今度は実際に運転してみると、ゴーストは軽やかな身のこなしを見せてくれる。10年前に登場し、116年におよぶ同社史上で最も売れたRRとなった初代ゴーストと同じだ。ただし、ハンドリングと乗り心地の良さは初代を明確に上回る。路面からのショックを、これまで以上にマイルドにして控えめに伝えてくる。≪こんなこと、いちいちお伝えすることではないのかもしれませんが、安全のために一応、先ほど路面の継ぎ目があったことをお伝えしておきます≫といった感じといえばご理解いただけるだろうか。
新型ゴーストは常時カメラで前方の路面状態を把握し、ダンパー減衰力を最適化するほか(フラッグベアラー・システム)、GPSデータと地図ソフトを活用し、必要に応じてカーブの手前でギアを落とす(サテライト・エイデッド・トランスミッション)。
加えてサスペンションの一部のパーツを上下2個ずつのゴムパーツで挟むことで、油圧ダンパーだけでは抑えきれない微小な振動を抑え込む世界初の装置(アッパー・ウィッシュボーン・ダンパー)が採用された。これらにより垂直の振動だけでなく、水平の動きも抑え込む。乗り心地が良くなればなるほど、気になる細かい振動を封じ込めるためにRRのエンジニアが4年をかけて開発したという。
RRはこれら3つの仕組みを総合して「プラナー・サスペンション・システム」と呼ぶ。「プラナー」とは完全に水平な幾何学的平面を意味する。実際、どんな路面をどんなペースで走らせてもゴーストから不快な衝撃は伝わってこない。凹凸の存在を、不快な音や振動としてではなく、誰かに呼び止められる時にトントンと肩を優しく叩かれるような“お知らせ”として伝えてくるのみだ。ファントムもカリナンも十分に試乗し、RRがもたらす快適な乗り心地には免疫があると自負していたが、ゴーストの乗り心地にはあっさり感動した。
では、動力性能はどうだろうか。BMWグループのテクノロジーを駆使した6.75リッターV12ターボエンジンが搭載されている、ということ以上の答えはないはずだ。そのエンジンが発するパワーを四輪駆動で余すことなく路面に伝える。四輪操舵機構も備わるため、全長5545mmに達する巨体ながら、日光いろは坂を難なく駆け回ることができた。
運転席もいたってシンプルながらそこで操作できる機能は超最先端。パルテノングリルと呼ばれる“マッチョ”なフロントグリル。急な雨などで重宝するドアの内側の専用傘とカサホルダーは新型でも健在。シンプルながら高級感あふれるスイッチ類。
ちょっと待って! これのどこか“脱贅沢”なのだろう? どの角度から見ても、どの尺度で測っても贅沢でしょ⁉ 贅沢を脱してない、脱してない……。オンラインでインタビューを行った本国のデザイナーとエンジニアによると「post opulence」という言葉の真意は、贅沢の再解釈とか再定義といったところにあることがわかった。
彼らによれば、初代ゴーストを購入し、初めて顧客となった新世代のRRユーザーは、これまでの顧客とはやや様相が異なるという。ショーファードリブンにとどまらず、自ら積極的にステアリングを握り、購入時には“走り”(ドライビング・エクスペリエンス)について質問したという。
対してファントムの顧客は、走りについて質問しない。自分で運転しないからだ。またRRの顧客はもれなく経済的に成功しているが、ゴーストのユーザーはその成功を表現する態度にも違いがある。端的に言えば、ひけらかさないのだそうだ。
そうした統計を受け、初代ゴーストで加わった新世代の顧客に対し、RRが新型で出した答えが“これ見よがしではない贅沢と過剰からの脱却”だった。資料には「リダクション」「シンプリシティ」「ミニマリズム」といった言葉が並ぶ。言われてみれば思い当たるふしがある。
ゴーストの外観は大きいが、装飾的でなくシンプルだ。フロントマスクにはパルテノン神殿のようなグリルが鎮座しているものの、ファントムやレイスのそれよりも小さく、後傾しており、控えめ。テストカーのインテリアですらRRには珍しく、素材の感触が残る渋いオープンポアフィニッシュのウッドの仕様が施されたものもあったほどだ。
デザインチームは言う。脱贅沢とはファッション業界で言われる「プレミアム・ミディオクラシー」のアンチテーゼだと。普通のモノを大げさな手法で高級に見せるのではなく、装飾を抑え、高級な素材を厳選し、その価値を活かすことに専念したと。最も保守的で伝統的なRRが、ユーザーの嗜好の変化、価値観の多様化を敏感に感じ取って変化を遂げようとしている姿にハッとさせられたし、感心した。
あたかも変わらない(高級車ブランドとしての地位を盤石にする)ために変わっているかのようで面白いのだ。それでも、新型ゴーストは贅沢か否かと問われたら、間違いなく贅沢だと答えるほかない。3590万円~。ただしそれは新しい時代の新しい贅沢だった。
ロールス・ロイス ゴースト
全長×全幅×全高:5545×2000×1570mm
車重:2540kg
エンジン:6.75リッターV型12気筒ツインターボ
最高出力:571ps/5000rpm
最大トルク:850Nm/1600rpm
価格:3590万円(税込)~/ロールス・ロイス・モーター・カーズ東京(https://www.cornesmotors.com/rolls-royce)
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