オーナーを転々とした4 1/4リッター
1941年2月、グレートブリテン島西部に位置するアングルシー島へ住む、リチャード・ダットン・フォーショー氏がベントレー4 1/4リッター・スポーツツアラーを中古で購入。彼はもう1台、有名なヴァンデンプラ・ボディのベントレーを所有していた。
【画像】ベントレー・スポーツツアラーと同年代のオープンモデル 最新のコンチネンタルGTも 全81枚
パイロットのヴィヴィアン・ヒューイット氏がオーナーだった、8リッター・レーサーだ。壮観な2台が、小さなアングルシー島に揃ったのだった。
ダットン・フォーショーは終戦までベントレーを維持し、1948年にデビッド・ブルーマー氏へ売却。さらに彼はベントレーのディーラー、ジャック・バークレイ社が所有していた、ジェームズ・ヤング・ボディの4 1/4リッターと交換した。
ジャック・バークレイ社はオープンツアラーの買い手に目星をつけていたようだ。その1人が、映画俳優のヒュー・シンクレア氏。夏の間だけオーナーとなったが、ウィリアム・ライリー氏を経て、百貨店オーナーのジョン・ウォルシュ氏の元へ渡った。
続いて2年後、劇作家で政治家のウィリアム・ダグラス・ホーム氏が購入。だがクリスマス前に長男が誕生すると、手放すことを決める。「妻は、赤ちゃんとスコットランド旅行するのに、オープンのベントレーは適さないと話したんです」
そこで、ベントレー愛好家のジョニー・グリーン氏が買い手として名乗り出る。彼は欧州を巡る旅行用のクルマを探していた。8リッターも考えたが、4m近いホイールベースは実用性に欠けると判断したようだ。
唯一の候補が、ダービー・ベントレー。友人との相談で、軽量なコーチワーク・ボディを載せた、オーバードライブ付きの4 1/4リッターに条件を絞っていた。
半年をかけた高水準なレストア
この仕様は6台しか作られていないことも知っていたが、ジャック・バークレイ社のつてで、偶然にも理想のオープンツアラーと巡り合うことができた。2人はランチをともにし、明るいゴールド、ハニーサックルに塗られたオープンツアラーが引き渡された。
かわりに、グリーンは所有していたベントレー3リッターをアメリカ人へ手放すが、新しい友人を作ることにつながった。北米大陸横断という冒険へ挑む、きっかけにもなった。
グリーンがハニーサックルのオープンツアラーを購入した時点で、走行距離は約11万2000km。真っ先に彼は半年をかけて、求める高い水準へ仕立て直すことにした。
シャシーのオーバーホールは、マッケンジー氏という専門家へ依頼。それ以外は、ロンドンの北、ハムステッドに拠点を置くサマートン・モーターズ社によって見事な修復が施された。
仕上がりは極めて高水準で、1967年にはベントレー・ドライバーズ・クラブ(BDC)のコンクールデレガンス・イベントで総合優勝。ダービー・ベントレーのベストとして、別のイベントでも選出されている。
1968年の英国グランプリでは、レース前のサーキットツアー・イベントへ招待を受けた。レーシングドライバーのピアス・カレッジ氏が4 1/4リッター・オープンツアラーの助手席に座り、シルバーストーン・サーキットで観衆の声援に応えた。
グリーン自身も、ベントレーの運転を楽しんだ。英国だけでなく欧州を巡る自動車旅行にも、しばしば出かけた。BDC主催のラリー・イベントにも参戦するほど。
1950年代後半に挑んだ北米横断
最大の冒険となったのが、1950年代後半に挑んだ北米横断ツアー。4 1/4リッター・オープンツアラーはニューヨークへ船で運ばれ、北米の自動車博物館やカーコレクターを巡る長旅を走破した。
ミシガン州ディアボーンにあるヘンリー・フォード・ミュージアムを目指すゴールドのベントレーは、地元ドライバーの視線を釘付けにしたことだろう。グリーンが道に迷うと、数kmも先導してくれたデトロイト市民もいたという。
ニュージャージー州で開かれた、コンクールデレガンスにも参加。多くの出展車両がトレーラーで運ばれるなかで、グリーンは自走でベントレーを持ち込んだ。最も遠方からの参加者として、賞も獲得している。
数年後にはカナダも巡っている。旅の途中で雷雨に見舞われ、排気系にダメージを負いながら、近場の整備工場まで爆音で走ったらしい。
整備士は手に負えずシカゴへの運搬を持ちかけたものの、グリーンは自身での修理を決め、のこぎりでドラム缶を切断。スチールバンドを巻いて補修し、そのまま冒険旅行を続けたそうだ。
グリーンはオーナーとして33年間も、4 1/4リッター・オープンツアラーを楽しんだ。その間にオドメーターを2周させている。
そんな70歳を過ぎたグリーンは、オリジナル状態のベントレー4 1/2リッター・ヴァンデンプラ・ツアラーに巡り合い、購入を決める。以前に所有していた3リッターの後継車といえ、ブランドの歴史でも傑作の1台に数えられるモデルだ。
心が奪われる金色のボディ
オープンツアラーはクラシックカー・ディーラーのチャールズ・ハワード氏が購入。10年ほど所有した後、カリフォルニアのイーグル・ネスト・プレイス博物館へ手放した。
さらに3年後、ダービー・ベントレーを愛するアンソニー・ムーディー氏が買い取り、英国へ戻ってきた。彼はパリのコンクールデレガンスへ招待されると、ロンドンからフランスのシェブレフィユまで、3人の友人を乗せ自ら運転している。
高速巡航用のオーバードライブを使えば、2500rpmで136km/hが出せる。その悠々たる姿に、多くのドライバーが驚いたことだろう。
土曜日の早朝にホテルの駐車場でベントレーを洗車すると、ムーディーはシャンゼリゼ通りを抜け凱旋門広場を一周。ブルゴーニュの森を目指した。イベント後はフランス各地を歴訪。8日間で約2100kmを走っている。
ムーディーが所有する2台のダービー・ベントレー・コレクションの1台として、壮観な佇まいは今も変わらない。2019年には、ペブルビーチで開かれた100周年を祝うベントレー・センテニアルにも参加している。
イベント前のツアーでは、太平洋沿岸の道を、明るく澄んだゴールドのボディが優雅に流れた。近い将来、次のオーナーへ渡ったとしても、彼やグリーンのように4 1/4リッター・オープンツアラーを走らせて欲しいものだ。
もちろん、停まっていてもダービー・ベントレーは見惚れるほどの存在感がある。だが、走っている姿には敵わない。晩秋の英国コッツウォルズの森を駆け抜ける金色に、心が奪われずにはいられなかった。
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