音楽界のレジェンドの元愛車「ポルシェ356Aスピードスター」
国際オークションでは、かつて有名なセレブレティが愛用したクルマたちが取り引きされる事例がけっこうある。2023年11月4日、RMサザビーズ欧州本社がその本拠地であるロンドンの古城「マールボロ・ハウス」で行ったオークション、その名も「LONDON 2023」では、音楽界のレジェンドが愛用したポルシェ356Aスピードスターが出展され、大きな話題となった。
ポルシェ最初期の「356プリA」で夫婦仲よくドライブ! 優れたスポーツカーは人に優しいGTカーでした
ウッドストック創始者が半世紀も愛したポルシェとは?
ポルシェの記念すべき第一作、356が正式リリースされてから約6年後にあたる 1954年には、1100ccエンジンを搭載した分割式ウィンドシールドの最初期モデルから、よりパワフルな 1300ccユニット、あるいは組み立て式クランクを持つ1500ccユニットを搭載し、中央で折れたデザインの一体型ウィンドシールドを持つ進化形へと移行していた。
それと同じころ、当時アメリカにおける唯一のポルシェ輸入代理店を経営していたマックス・ホフマンは、温暖な気候に恵まれたアメリカで、ポルシェ356 は大成功を収めると確信した。さらに、モータースポーツも楽しむことのできる低価格かつスポーツ性の高いオープントップ・バージョンを製造するようポルシェに勧めた。
そこで誕生したのが「356スピードスター」。その特徴は、低く傾斜した取り外し可能なウィンドスクリーンと簡素なバケットシート、そして、かつては「ハンカチのような」と形容された、2座席のキャビンを辛うじて覆う小さなソフトトップである。
果たして、356スピードスターのスパルタンな魅力は、スティーヴ・マックイーンやジェームズ・ディーンなど、往年のハリウッドスターを夢中にさせただけにとどまらず、当時の一流ミュージシャンたちにも絶大な人気を得ることになる。
今回「LONDON」オークションに出品されたのは、356の改良型である「356A」のスピードスター。音楽プロデューサーであり、今や伝説となった「ウッドストック・ミュージック&アート・フェスティバル」仕掛人のひとりでもあったマイケル・ラングが、じつに半世紀にわたって愛用してきた個体である。
当時のラングは、サンフランシスコ湾に仕事で出かける機会が多く、そこで貸与されたポルシェ912に乗っていた。ある日、マリン郡ミル・バレーにあるディーラーの前を通りかかった際、前庭にこの356Aスピードスターが置かれているのに気づいたという。あとは歴史が語るとおりである。
それから約半世紀ののち、売却するまでに彼の356Aスピードスターは黒いビニールの内装にグリーンの塗装が施され、走行距離は3万マイルほど。3500ドルで購入したと明かしている。ラングは「世界で一番運転が楽しいクルマだった。山道のドライブには最適で、トラブルは一度もなかった。常に一発で始動し、よく走ってくれた」。
入手から1万5000マイルほど走ったのち、ラングは長年の相棒スピードスターをレストアすると決めたものの、ボディがまだ下塗りされている間にプロジェクトは行き詰まってしまう。ラングはレストアの進捗ペースに不満があったようで、結局完成の前に愛車を取り戻し、2014年まで保有していた。しかし、最終的には音楽プロデューサー仲間である長年の友人に売却されることになった。
極上コンディションのスピードスターは、約5600万円で落札
マイケル・ラングのもとを離れたのち、2014年にベルギーに輸送されたこの356Aスピードスターは、ポルシェ本社発行の鑑定書に記載された仕様と一致するように、3年もの歳月をかけてレストアされた。
現在のボディカラーは、元色のレッド。ベージュのレザレット(ビニールレザー)インテリアもオリジナルに戻され、黒いラバー製フロアマットの下にはタンのカーペットが敷かれている。
この356Aには、1.6L・60psのタイプ616/1エンジンが搭載されているが、クランクケースは古い時期に交換され、改印されたと考えられている。またUS仕様では純正指定だった、クロームメッキされた追加バンパー+オーバーライダーのフルセットに加え、同じく北米仕様では純正のシールドビームヘッドライトを特徴とする。
そして、2016年から2018年にかけて費用を惜しまないレストアが施されたのち、現在も美しく保たれている。エンジンは以前のレストアの一環として組み直され、そののちエンジンの圧縮と走行を正しくするために、さらに2500ポンドを投じてエンジンを降ろして整備が行われている。この作業は2019年11月、英国バークシャーにある「ノウル・ヒル・パフォーマンス&ラグジュアリー」社が担当した。
今回のオークション出品者である現オーナーの管理のもと、この356は最新の12Vシステムへのアップグレード、電子式ディストリビューター、ディスクブレーキへの変更、LEDライトへの改造、始動性を向上させるためのソリッドステート電気燃料ポンプ、キャビンを保護するための非純正トノカバーの装着など、現在の路上での使いやすさを追求した数々のモディファイが施されている。
さらに現オーナーの指示により、大規模な整備と修正作業が行われ、「エクスポート56 リミテッド」社発行の請求書には、2021年から2022年にかけて総額1万6500ポンドを超える素晴らしい支出が記載されている。
くわえて、ポルシェ本社発行の真正証明書のコピー、マイケル・ラング名義の登録書類、ベルギーのポルシェ・スペシャリスト「テクニーク・ヒストリーク」による広範囲におよぶリビルドの詳細を記した請求書、2019年のエンジン再構築の請求書、そしてエクスポート56リミテッドのポルシェ・スペシャリスト、ミック・ペイシーによるメンテナンス作業の記録なども添付されている。
この極上コンディションの356Aスピードスターに対して、RMサザビーズ欧州本社は現オーナーとの協議の結果、27万5000ポンド~32万5000ポンドのエスティメート(推定落札価格)を設定。
11月4日の競売では、エスティメートのほぼ中央値にあたる30万875 ポンド。日本円に換算すれば約5600万円で落札されることになった。
ひと頃は50万ドル前後で取り引きされることもあった356スピードスターだが、ここ1~2年は若干市場が沈静化した傾向もあるようで、30万ドルは妥当なハンマープライスといえなくもない。
いっぽう、この個体は現在の使用に備えた複数のモディファイが施されているのだが、オリジナリティが優先されがちなマーケットにおいては、減点材料にもなり得る。それでも一定の支持が得られたのは、やはり音楽界のレジェンドと紡いだヒストリーがあってのことと思われるのだ。
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