まさか日産がおつまみを作るとは!と、世のクルマ好きがどよめいた、歴代日産車をかたどった米菓「新型カキノタネ」。なぜ日産が? その疑問を晴らすため開発メンバーを直撃した。
まずは「新型カキノタネ」開発の経緯を探ります。
業界激震!? “新型”って、一体どういうことなのよ?2020年6月、自動車ギョーカイに衝撃が走った。
日産自動車は国内で10年ぶりとなる新ブランド車、キックスを24日に発表したばかり。にもかかわらず翌25日、立て続けに新商品についてのアナウンスがあったのだ。
「新型カキノタネを伊勢原市および地元企業と共同で企画・製作」
新型車ではなく、おやつ、おつまみでおなじみ、あの柿の種。「新型カキノタネ」が正式な商品名だ。
時あたかも、日産が6712億円赤字の2019年度決算を報告したばかり。SNSには「日産もついに柿の種を作ることになったか」という口の悪い輩の書き込みもあったようだ。
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冗談はともかく、ナゼ自動車メーカー(それも外資系の)がおよそ縁のなさそうな米菓(しかも何とも庶民的な)の企画・製作に参画したのか!?
そのナゾを探るべく日産自動車グローバルコミュニケーション本部グローバルエクスターナル広報部(早口言葉かっ)に取材を申し込むと、待ち合わせに指定されたのは追浜の総合研究所(総研)。将来に向けて新しいアイデアや技術を探索・研究する、日産R&Dにおける最上流の部署だ。近年では、可変圧縮比を実現した「VCターボ」エンジン、大幅な軽量化を可能にする遮音材「音響メタマテリアル」などの革新技術を生み出している。
この総研がユニークなのは、研究から生まれたアイデアを具現化する試作まで一貫して行うこと。それを可能にしているのが実験試作部。日産の伝統を今に受け継ぐ、ものづくりのプロフェッショナル集団だ。
先行技術開発の中枢で“こと”は起こった今回の言わば“柿の種プロジェクト”は、試作技術課リーダーの松永智昭さんに、日産テクニカルセンター(NTC)の中にあるグローバルデザインセンターの知り合いからあった、一つの相談から始まった。
NTCの一部が所在する伊勢原市では、食を通じて地元をPRする地域ブランド「日本遺産のまち 伊勢原うまいものセレクト」を2018年に立ち上げた。新たな“うまいもの”を選定するのは、伊勢原うまいもの遺産創造委員会。知り合いは地域共生活動(CSR活動)の一環で参加しており、“クルマの形をした柿の種”というアイデアが出たという。
伊勢原には名産の大豆を使って醤油や味噌を作ってきた歴史がある。一方、柿の種の味つけは醤油ベース。その醤油つながりという着想で、柿の種に白羽の矢が立ったというわけ。
柿の種を工場で製造するには、金型がいる。その製作について松永さんは知り合いから相談を受けたのだ。
一点ものの金型製作。総研の“ものづくり力”に白羽の矢が
以前、日産のデザインからの依頼で、鉄板のボディシェルをたたき出したデザインどおりにクルマを造るというデザインセンターのコンセプトに見事応えたのが、総研のものづくり力だった。
「板金のメンバーを集めて、叩き出しでボディを造りました。デザインセンターとそういったつながりがあったので、こういう加工となったらまずウチのことが頭に浮かんだと思います。話を最初に聞いた時、楽しそうだなと(笑)。これみんなでやったら、絶対楽しいだろうなと」(松永さん)
依頼の間接的背景には、さまざまな業種で巷間伝えられる日本全体の問題もある。
新型カキノタネを製造することになったのは、伊勢原の龍屋物産に以前から米菓を卸している新潟の竹内製菓。そこで稼働しているオリジナルの金型は昔の職人が手で削り出して造ったもので、以来半世紀にわたって大切に使われている。
しかし、そうした職人は時代とともに姿を消し、現在では日本に一人か二人というレベルとか。もし金型を頼もうとしても、今や頼める職人がいない。仮に頼めたとしても、新型カキノタネの型はずっと複雑な形状で、果たしてできるかどうかも、何年かかるかもわからない。
一方、試作技術課を束ねるチーフの中村章一さんは、管理職の立場からこの話を絶好のチャンスと直感した。
「技術の継承」のまたとないチャンス「人材育成にとてもいいと。職人が造ったものを果たして我々が造れるかという挑戦みたいなものがあって。それをまだ若くて経験がないメンバーにやらせてみたらおもしろい。指導でベテランにも関わってもらって、技能伝承をしっかりまとめられたら今後の仕事にとても生きるんじゃないかと思いました。我々が日々やっている研究で必要とされる部品などは、部分的に見ればクルマとは程遠いような、でも非常に複雑だったり難しかったりするものが多いんです。柿の種の型だって我々の職場からすると、いわゆるど真ん中(笑)」(中村さん)
地域活性化への貢献としても、社内の若手育成の生きた教材としても、柿の種は総研にとってまさに1粒で2度おいしい…はチョコレートか、まさに一石二鳥、一挙両得の依頼だったのだ。
〈文=戸田治宏 写真=山内潤也〉
本企画は3部構成です。次回は「その2 こだわりすぎの基礎開発」をお届けします
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