サンマリノGPの決勝レースは、雨が展開をかき乱した。フラッグtoフラッグによって戦略が分かれたが、結果的に優勝したマルク・マルケス(グレシーニ・レーシングMotoGP)などのように、ピットインを行わずに走り通したのが適当だった。まずはその戦略の分かれ目と判断について確認していくことにしよう。
日曜日の朝からうっすらと空を覆っていた雲は、MotoGPクラスの決勝レースのスタート時間が近づくにつれてどんどん重たくなっていき、ついにぽつりと雨粒が落ちてきた。
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国際中継のカメラのレンズや、グリッドに並ぶMotoGPマシンのスクリーンに雨粒がつく。ウオームアップ・ラップがスタートすると、ピットインをしてコンディションに適したタイヤを装着したバイクに乗り換えることを許可する「ホワイトフラッグ」が提示されたと告げられた。いわゆる「フラッグtoフラッグ」である。
走り出して7周目、先陣を切ってピットインしたのが、このとき2番手を走っていたホルヘ・マルティン(プリマ・プラマック・レーシング)である。マルティンに続いて、アレイシ・エスパルガロ(アプリリア・レーシング)、ラウル・フェルナンデス(トラックハウス・レーシング)、マーベリック・ビニャーレス(アプリリア・レーシング)、アレックス・リンス(モンスターエナジー・ヤマハMotoGPチーム)がピットインをして、レインタイヤを履いたバイクに乗り換えた。
この7周目あたりが、このレースでは最も難しいコンディションだったと見られる。6周目の時点で多くのライダーが1分32秒台、33秒台のラップタイムだったが、このときトップを走っていたフランセスコ・バニャイア(ドゥカティ・レノボ・チーム)を含めて大きくタイムを落としている。例えばバニャイアは1分43秒260、エネア・バスティアニーニ(ドゥカティ・レノボ・チーム)は1分40秒504、マルケスは1分39秒953だった。
決勝レースで表彰台を獲得したライダーは、この状況をどう考えていたのだろうか。
優勝したマルケスの作戦は、シンプルだった。マルケスは9番グリッドからスタートして、6周目終了時点で6番手を走っていた。このときトップはバニャイア、3番手がフランコ・モルビデリ(プリマ・プラマック・レーシング)、4番手がエネア・バスティアニーニ(ドゥカティ・レノボ・チーム)だった。
「僕は地元のライダーの後ろを走っていて、地元ライダーがステイアウトしていたから(ステイアウトした)。彼らは僕より詳しいでしょ(笑)! それに倣ったんだよ」
その「地元のライダー」のひとりである2位のバニャイアは、「雨が降り始めてすぐにホルヘがピットインしたのがわかった。僕は『余計なリスクは冒さない』と思った」ということだ。ピットインは賭けだと考えていたわけだ。
レース前半の路面コンディションについてはライダーによって見解がわかれている。マルティなどがピットイン、マシンを乗り換えた7周目以降、9周目には、上位陣のラップタイムが1分34秒、35秒台まで回復しており、そのままタイムが上がっていることから、路面コンディションは7周目をポイントとして再び回復の方向に向かったと見られる。
そして実際のところ、7周を終えてマシンを乗り換えたライダーは、その2周後の9周目を終えたときに再びピットインをして、今度はスリックタイヤを履いたマシンに乗り換えた。
一方、10番手付近を走っていてステイアウトしたファビオ・クアルタラロ(モンスターエナジー・ヤマハMotoGPチーム)は「雨が降っていた最後の1周がとても危険だったと思う。縁石からわかったのは、リーンアングルで少しでも(縁石に)乗っていると、バイクが完全にスピンしてしまうということだった。だから、もう1周そういう状況だったら、バイクを乗り換えるタイミングになっていたかもしれない」と述べている。
同じくステイアウトして14位だった中上貴晶(イデミツ・ホンダLCR)は6周目時点で19番手を走っていたが、そのコンディションでマルティンたちがピットインしたことに驚いたという。
「スタート後数周後に、明らかにペースダウンしないといけないくらい雨の量が増え、路面が湿ったんです。ただ、(クルーチーフの)クラウス(・ノーレス)やルーチョ(・チェッキネロ)さんから事前に情報は聞いていて、『もしかしたらレース序盤に雨が通り過ぎるかもしれない。でも、通り過ぎるから、できればステイアウトしてほしい』と言われていました」
「でも、この雨量、この路面の感覚だったらピットには入らないな、という感覚だったので、ピットに入ったライダーがいたことにびっくりしましたね」
では、マシンを乗り換えたライダーの見解はどうだろうか。
マルティンは「雨が降っていたから(ピットインを決めた)」と説明した。ただ、マルティン自身もそれが間違った判断だったと認めている。例えば後方からのスタートだったならばこうした賭けに出ることも作戦のひとつではあるが、2番手を走行していたマルティンの場合は、ポジション(そして、チャンピオンシップ)を争っているライダー、今回はバニャイアの様子を窺うのがベターだっただろう──もちろん、結果論ではあるが。
「(あと1、2周様子を見ることは)可能だったし、それが正しい選択だった。僕は間違った作戦を採ってしまった。レースについて考えていて、チャンピオンシップを考えていなかったんだ。優勝するにはピットインするのがいいと思った。次はペコ(バニャイア)の後ろで様子を見ることにするよ」
マルティンの「ミス」のひとつは、チームとのコミュニケーションが足りなかったことだ。レース前にしっかりと話しておらず、雨がどうなるのかよくわかっていなかった。このため、マルティンのピットインは、彼の判断だったのだ。
「チームとのコミュニケーションはとても重要だけど、今回はお互いを理解することが少し欠けていたのかもしれない。今回は100パーセント、僕のミスだよ。いつもはレース前に、フィードバックや情報があるんだ」
アプリリア勢はアレイシ・エスパルガロ、ビニャーレス、ラウル・フェルナンデスがマシンを乗り換えている。アレイシ・エスパルガロもビニャーレスも、「グリップが全くなかった」と語っており、その状況がピットインを決断させたのだろうということが窺える。
「正直、雨が降り始めたとき、バイクを走らせるのが複雑な状況だったんだ。だからピットインした。バイクのフィーリングがゼロだった。チームメイト(アレイシ・エスパルガロやラウル・フェルナンデス)も同じように感じていたんだと思う。彼もピットインしていたからね」
「ピットアウトして、まだかなりドライコンディションだった。それでまたピットインをした。セクター4では雨がかなり降っていたよ」(ビニャーレス)
ライダーの見解が分かれていることからわかるように、複雑なコンディションだったのだろう。レースの展開を複雑にした雨だった。
■雨を見たマルケスは「アタックする」と決めた
こうしたレースで、コンディションを味方につけるのがうまいのが、マルク・マルケス(グレシーニ・レーシングMotoGP)である。サンマリノGPで、アラゴンGPに続く優勝を飾った。
ぽつぽつと雨が落ちてきたとき、マルケスはこう考えた。
「何粒かの水滴がスクリーンや路面に落ちてきて、僕はアタックすると、そしてリスクを冒すことを決めたんだ」
前戦アラゴンGPで優勝という復活を遂げたマルケスは、今大会のサンマリノGPでも好調で、上位のライダーと戦えるペースがある、と考えていた。誤算だったのは、予選だろう。マルケスはQ2で転倒を喫して9番グリッドスタートだったのだ。
「予選のミスのあと、チャンスがあるとすればこういうコンディションだけだと思っていた。1周目、僕とエネアは(ブラッド・)ビンダーの後ろからスタートした。そして、たった3、4周の間に、ペコとマルティンは差を広げ始めていた。そのときに、『今がリスクを冒すときだ。失うものはない』と思ったんだ。これがうまくいった。こういうコンディションではリスクを冒すとクラッシュがつきものだけど、今回は走り続けられたんだ」
ここで思い出されるのは、2023年の日本GPだろう。ホンダで苦しいシーズンを送っていたマルケスは、このときもグリッド上でスクリーンに落ちた雨粒を見て「よし、いってみよう」と心を決めたという。レースは赤旗終了という形で終わったが、3位を獲得したレースだった。
マルケスは複雑だったり、難しかったりする状況に、勝機を見出すことができる。もちろんそのような状況で戦えるという確信があってこそのことだ。そうした決断と、迷いなく決断したところに向かうことができるのもまた、マルケスの強みだろう。
レースはフラッグtoフラッグのコンディションではあったが、マルケスには「通常のコンディション」で「通常のグリップの通常のサーキット」だったサンマリノGPの週末で、速さがあった。マルケスはそうした週末が「今後のレースにとって、すごく重要なこと」だと語り、自信を深めている。アラゴンGPと、サンマリノGPの決勝レースではコンディションを味方につけた形となったが、「通常の」コンディションの決勝レースで優勝する日も、そう遠くはなさそうだ。
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みんなのコメント
こういうところが、チャンピオンの器じゃない。