ホンダのベストセラー軽カー、「N-BOX」とプラットフォームを共有するN-WGN(エヌワゴン)の新型は、「ベーシック・カーとはどうあるべきか?」という問いを投げかけてくる問題作だった。いや、大げさではなく。
カタチはじつにラブリーで、全長3.4m以下、全幅1.48m以下、高さ2.0m以下という軽自動車の枠を、例によって目一杯使いつつ、十分個性的でもある。フロントの丸型ヘッドライトと、そのすぐ上の四角い方向指示灯の組み合わせも、奈良美智の絵の少女とか、永遠の5歳児の「チコちゃん」の目などを思わせ、つまり顔に表情があって、「ボーっと生きてんじゃねーよ!」と、叱られるとか、たぶんそれは見るひとのそのときの気分によっても違って見えたりもするのではあるまいか。
でもって、オバQのボディのようにつるリンとしたボディ・サイドの表現も新しい感じがして、往年のステップワゴンを知るひとにも、そうでないひとにも親しみやすさを感じさせて、好ましいと筆者は思う次第である。
【主要諸元(カスタム L・ターボ ホンダ センシング)】全長×全幅×全高:3395mm×1475mm×1705mm、ホイールベース:2520mm、車両重量:870kg、乗車定員:4名、エンジン:658cc直列3気筒DOHCターボ(64ps/6000rpm、104Nm/2600rpm)、トランスミッション:CVT、駆動方式:FF、タイヤサイズ:165/55R15、価格:169万5600円(OP含まず)。これに対し、グッとモダンで硬質な表情の「N-WGNカスタム」は高級エアロ仕様とでもいうべき内容で、お値段が20万円ほどお高くなる分、アルミホイールとリアのスポイラーが標準で装備されていたりする。同じターボ・モデルでも、15インチで、リアにスタビライザーが付くのはカスタムのFFのみ、というのは注意事項かもしれない。
モデル・ラインナップはN-WGNとN-WGNカスタムにそれぞれNA(自然吸気)とターボがあり、NAには装備によって2種類のグレードが設けられている。駆動方式にはFWD(前輪駆動)と4WDがあるけれど、2019年8月下旬に神奈川県・川崎市の多摩川河口付近にあるホテルをベースに開かれた試乗会で用意されたのはFFのみだった。GQ WEBが試乗したのは、一番高いN-WGNカスタムの「L・ターボ」と、N-WGNのNAの高いほうの「L」である。
ボディは全長×全幅×全高:3395mm×1475mm×1705mm。N-WGN カスタムのエクステリアは、専用エアロパーツが多数備わる。一般道をトコトコ走るのが快適往路はカスタムのターボで川崎側のホテルを出て、アクアライン経由で木更津に渡り、一般道を少々走って木更津のホテルでクルマを交換、復路はノン・ターボで川崎に戻るという、片道40km弱、しかも自動車専用道路がほとんど、という軽の使い方としては“グランド・ツーリング”なルートだった。
N-WGNは全グレード、先進安全装備群「ホンダ センシング」が標準。衝突軽減ブレーキやACC(アダプティブ・クルーズ・コントロール)、操舵支援機能などを含む。筆者にとってより好印象だったのは復路のNAで、というのもカスタムのターボは15インチのタイヤ&アルミホイールのせいか、乗り心地が硬いというよりはバネ下が重いせいか、妙にフワフワしてボディの上下動が大きいように感じたからだ。ま、路面も悪かったのかも知れない。
NAモデルが搭載するエンジンは658cc直列3気筒DOHC(58ps/7300rpm、65Nm/4800rpm)。アクアラインのトンネルを抜けて、海上に出ると横風が強くて、直進安定性がイマイチのようにも思われた。全高が1675mmもあるのにトレッドは1300mmしかないのだから、これまた致し方ないともいえる。
CVTには今回、“D”のほかに“Sモード”が設けられていて、こちらを選ぶと660ccの直列3気筒エンジンが高周波音を発して活発に走る。ただし、木更津側に渡って一般道のうねった路面で元気に走らせると、クルマの姿勢が大きく変化したりする。そういうことをしてはイケナイという注意信号をクルマが発しているわけである。
搭載するトランスミッションは全グレードCVTのみ。メーターパネルはタコメーターおよび各種車両情報を表示する液晶パネル付き。復路のNAは14インチの155/65サイズのタイヤを履いている。カスタムのターボは165/55R15だったから、扁平率の高い分、乗り心地がやさしく感じられる。ただし、ステアリングの中立付近がブラブラで、エンジンは7000rpmまでキイイイインとまわるものの、全体の印象としてはボテっとしている。その一方、アクアラインでは横風がますます強くなっていたこともあって、往路にもましてフラフラするため、速度を落とさざるを得ない。ようするに高速スタビリティは得意分野ではないということだ。
NAもターボも一般道をトコトコ走っているときが一番快適で、大多数のユーザーにとってはなんの不満もないことが推測される。多くのユーザーにとっての関心事は、衝突軽減ブレーキだったり、車線維持支援システムなどの各種安全運転支援システムの装備だったりするわけで、N-WGNでは全タイプに用意される先進安全装備群「Honda SENSING」がこれに当たる。
WLTCモード燃費は、NAが23.2km/L(FWD)、ターボが21.2km/L(FWD)。ターボモデルが搭載するエンジンは658cc直列3気筒DOHCターボ(64ps/6000rpm、104Nm/2600rpm)。ベーシック・カーの理想と現実筆者のような疑問というか願望をN-WGNに抱くひとは皆無だろうけれど、あえて申しあげますと、それは「どうしてホンダは現代のシトロエン『2CV』とか初代フィアット『パンダ』のようなベーシック・カーをつくってくれないのか?」というものである。独善的ですいません。
現代において2CVやパンダが適当でないとしたら、1960年代のホンダ「N360」の現代版はどうだろう。N360はそれまでの軽の常識を超えた高性能と低価格を実現して若者の人気を集め、ホンダの4輪市場進出を成功に導いた。オートバイの「CB450」ゆずりの空冷2気筒エンジンを搭載していたというのだ。
カスタムのインテリアはブラック基調。オートエアコンをはじめ、快適装備は豊富。上級グレードのステアリング・ホイールは革巻き。また、テレスコピック&チルト機構付き。上級グレードのシート表皮は、合成皮革のような肌触りが特徴の素材「プライムスムース」を一部使う。じつのところ、筆者はN360に乗ったこともないのですけれど、エンジンはさておき、もうちょっと動的性能、ステアリング・フィールとかスタビリティとかハンドリングとかに意を払ったベーシック・カーこそ、かつてヨーロッパ車志向のクルマづくりをしていたホンダらしいのではあるまいか、と筆者なんぞは思ってしまう。
なので、ご迷惑だったでしょうけれど、試乗後、そのような質問を開発者のかたがたに投げかけた。彼らの答えは次のようなものだった。「ホンダといっても、ひとによってイメージはさまざまですから、そういうご意見もあるでしょう」「地方で、高校を卒業し、就職した娘に両親が買ってあげるとか、子育てが終わった高齢者向けのクルマですから」。
標準モデルのインテリア。明るいインテリア・カラーも選べる。シートカラーは、ベージュも選べる。なおフロントシートは、大型センターアームレスト付き。冷静になってみよう。N-WGNはホイールベースが2520mmもあってリアシートも驚くほど広い。初代フィット以来、お得意としているセンタータンクレイアウトのおかげで、荷室もちゃんと確保されていて、その荷室の使い勝手もあれこれ考えられている。
小物入れも多いし、インパネにはUSBポートが3つも設けてある。ホンダの軽としては初めてステアリングにテレスコピック&チルト機構が備わり、ドライビング・ポジションも違和感がなく、視界も良好。
“New Simple! 毎日の「大切」に、こだわりました。”というキャッチフレーズが示すごとくの親切設計が施されている。「毎日」を時速60kmまでと見切っちゃえば、よくできている。仮にウチの奥さんが「これカワイイね」と言ったら買い替えてもいいかも、と私も思う。
インパネには充電用USB端子が3口もある。リアシートは、スライド&リクライニング機構付き。リアシートのバックレストは50:50の分割可倒式。ラゲッジ・ルームには、上下で2分割する備え付けのボードもある。てことは、私自身、「ベーシック・カー、かくあるべし」という理想と、「かくあるんだから、これでいい」という現実とで分裂しているわけである。一般に理想と現実、ふたつがあるとすれば、理想を選ぶのが大バカ者で、現実を選ぶのが賢いひとである。
NAのN-WGN L・Honda SENSINGで、139万8600円。N-WNG Custom L・ターボ Honda SENSINGで、169万5600円である。個人的には丸目でアース・カラーのボディ色が好ましい。もし18歳の娘がいたら、買ってあげたい。
もっとも、理想は「パパ、2CVがほしいの」という娘なのですけれど、クルマに無関心な息子しかいないのが現実である。
文・今尾直樹 写真・安井宏充(Weekend.)
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