モータースポーツ業界の起爆剤として期待
違和感を覚えたトムスのEVカート開発
お台場にクルマのテーマパークが復活……トムスが「メガウェブ」跡地にてEVカート場を運営[2023.08.18]
トヨタ車のカスタマイズ・チューニングパーツの開発販売と、国内屈指の強豪レーシングチームを運営するトムスが、ここまでEVカートに熱心だったとは恐れ入った。
遡ること2年前。突如トムスがEVカートの開発ならびに全日本カート選手権にEVクラスを新設すると発表した。それまでレーシングフィールドで培った技術を、市販乗用車向けパーツに還元する形でその開発・技術力を証明してきていたものの、それがレーシングカートとなると少々畑違いな気がした。
それが、2024年5月30日にシティーサーキット東京ベイで行われた全日本カート選手権EV部門の参戦ドライバー最終選考会議、およびチーム体制発表会を取材して、考えが180度変わった。この取り組みに対し、ひとりのモータースポーツファンとして大いに応援したい気持ちになった理由を報告したい。
トムスのEVカートは「TOM’S EVK22」と呼ばれ、出力24kW、最大トルク100Nm、最高速度125km、0-100km/h加速は4.0秒という性能を持つ。これがどのぐらいの性能なのかというと、新東京サーキットでのラップタイムは全日本カート選手権の最高峰クラス「OKクラス」のわずか2秒落ち、入門カテゴリーの「KTクラス」に比べると5秒ほど速く、レーシングカートとして必要十分な性能を持つ。
今回の発表会は、前半が大会の概要説明、後半が2024年度の全日本カート選手権EV部門の各チーム参戦体制発表、ならびに参戦ドライバーのドラフト会議といった構成で行われた。
本稿では、前半の大会概要説明の部分について触れていきたいが、重要なのは開催に至る背景と取り組み方で、それこそが180度考えが変わった点だ。なので、そこにフォーカスして以下お伝えしたいと思う。
カートを取り巻く現状
大会概要説明はトムス代表取締役社長の谷本勲氏から行われ、モータースポーツにおいてのカートの立ち位置から話が始まった。サーキット四輪レースを頂点とした場合、本来カートは身近な存在であり、だれもが気軽に体験できるモータースポーツの入口ではないかと谷本氏は説く。
事実、現在国内外で活躍するトップドライバーの多くは幼いころからレーシングカートで経験を積み、四輪レースへと昇格している。また、成人であっても趣味としてカートを楽しむ方は多く、スポーツとして見た場合の対象年齢は幅広い。野球で例えるなら、軒先でのキャッチボールに始まり、地域の少年野球団から高校野球を経てプロ野球に入団するステップアップの面もあれば、社会人になってから趣味で草野球に参加するのも、野球というスポーツを楽しむひとつの在り方で、カートもそうなっていなければならないということだ。それだけにカートはモータースポーツ業界全体にとって入口であり重要だ。
しかし、カート競技に出場するためのライセンス発給数は、1995年の9703人をピークに、2023年には4863人まで減少しているという。
この統計変化について谷本氏は、1980年代末から1990年代前半までの第1次F1ブームを例に挙げた。選手に憧れてカートを始めたり、F1ブームにあやかったテレビ番組やコンテンツに影響されて始めたりといった背景が大きく影響したのではないかと分析する。
かくいう私も、小学生の頃、お昼の人気番組にアイルトン・セナや片山右京がゲスト出演したのを見たし、他番組では星野一義、鈴木亜久里、近藤真彦といった国内のトップドライバーが芸能人とカート勝負をして番組を盛り上げ、カートの魅力に引き込まれた記憶がある。それが直接的なきっかけかは記憶が定かではないものの、同級生を誘っていまは無き多摩テックや自転車で行ける範囲にあったレンタルカート場に、なけなしの小遣いで通ったりもした。
しかし、いまはどうだろう。地上波テレビ番組はおろか、Youtubeをはじめとしたインフルエンサーマーケティング、動画コンテンツにおいては、有名人の自動車カスタムや経営者層が乗る高級スポーツカーの自慢大会こそあれども、自動車レースの原体験的なカートを取り上げたコンテンツは非常に少ない印象だ。
加えて全国に約80箇所あるカートコースは売上がピーク時の5分の1にまで減少し、ライセンス発給数以上にカートを体験する人数が減少し、市場がシュリンクしているではないかと谷本氏は現状を憂いている。それは競技会の開催数も同様で減少の一途だ。
この現状を打破し、モータースポーツ業界全体の活性化につなげたいということで、奮い立ったのがトムスでありEVカートなのだ。
業界活性化に向けた3つの課題
カートがEVである理由
では、なぜ「EV」である必要があるのかということだが、それにはカート競技を普及させるための課題と対策を見ていく必要がある。
トムスが力説するのはカート競技の裾野をいかに拡大していくのかという点だ。レンタルでも遊具としてでも構わない。カートをやってくれる人が増えれば増えるほど、そのなかの一部に競技に挑戦したいと思う人が現れ、業界活性化につながる流れができれば理想だと説明する。そのための課題は3点、「継続的なタッチポイントがほとんど無いこと」「郊外にしかサーキットがないこと」「競技への参画費用が高いこと」だ。
1点目については、昔ならデパートの屋上や遊戯施設にはゴーカートが必ずと言っていいほど設置され、幼少のころから誰でも気軽にクルマを操ることができた。齢を重ねるごとに実車に興味がわき、運転免許を取得すればクルマを買いデートに出かける。それが自然な流れであったが、近年はゴーカートの設置個所が減少し、原点的な体験機会が減少している。スマホコンテンツの充実をはじめとして、余暇の過ごし方が多様化し、コンテンツにあふれる現代においては致し方なしとみることもできるが、デジタル社会に則したやり方で活路を見出したいという。モータースポーツに関するデジタルコンテンツの提供やメディアの活用、さらには市街地レース開催などで潜在層とのタッチポイントを増やすことで、ひとりでも多くの方にモータースポーツに目を向けてもらえる環境づくりを目指すという。
2点目のサーキット問題だが、ここがEVカート誕生の最大の理由になる。騒音・排気問題や土地の問題から山奥や郊外に作らざるを得ないサーキット場は、そもそも子どもたちや気軽な感覚でやりに行こうとする大人にとってアクセスに難がある。しかし、排気ガスが出ないEVカートならば、屋内型施設でも運用が可能になるだけでなく、低騒音から都市部での施設運用が期待できる。よって駅から歩いて行ける、ショッピングモールに隣接しているなど、多くの一般客の目に留まり、体験しやすい環境を整えることができる。
事実、トムスが運営し今回の発表の場となったシティーカート東京ベイは、お台場から近いうえに、りんかい線とゆりかもめの駅から徒歩数分の距離に位置している。目の前には大規模な店舗施設が存在し、誰しもがアクセスしやすく目に留まりやすい環境だ。さらに、子ども向けのカートから成人向けまで屋内外に用意され、シミュレーターも備わる。いわばEVカートのメリットを最大限に活かしたショーケースであり、これに倣った施設が全国に展開されることが、競技人口の引き上げには望ましい。
3点目の競技に参加するための費用だが、現在アマチュア選手が全日本カート選手権を1年戦おうとすれば、年間1000万円はくだらないという高額な参戦費用が課題となっているという。これでは、近所のジョギングから始めた者がミニマラソンを経験し、魅力に取りつかれてフルマラソンでタイムを競うまでには到達しない。年間を戦い抜く前に金銭面で途中リタイアだ。
そこで考え出されたのが、1・2点目の課題を克服して、ひとりでも多くの方にモータースポーツ、カートに目を向けてもらうこと。そしてカート大会を興行として成立させキャッシュフローを発生させることで、参加者の経済的負担を軽減し、世界で活躍できる選手の発掘と育成につなげていきたいとトムスは考えているようだ
「頂点を光らせる」ことの重要性
これらの課題克服として形作られたのが、全日本カート選手権EV部門だ。これまでの2シーズンはテスト的なシーズンで、3シーズン目の今年が本格的なシリーズの開幕となる。現時点では参戦チームのオーナー、スポンサーに依存する形ではあるが、参加選手はエントリー費程度で競技に参加できるようになるのが理想だと、トムスの谷本氏は語る。
ただし、参加障壁を取り払うだけでは有力な選手の育成にはつながらず、「頂点を光らせる」ことが重要だという。参加しても上を目指せなければ意味がない。全日本カートを経て四輪レースでも活躍できることを証明し、憧れの存在になってもらう、つまりは目指すゴールの頂点が光っている必要があるということだ。
野球で言えばメジャーリーグで活躍する大谷選手が最たる例だろう。あのような活躍を見せるために、それまでどのような経験を積んできたのか誰もが知りたくなる。野球を始めてみようと思う人も出てくれば、試合を見に行こうと思う人も現れる。野球選手を目指す子どもたちだって増える。そういった好循環を生み出すためには光る存在が不可欠だ。
その好循環をモータースポーツ界で起こすためには、原点のカートがもっと身近でなければならない。長年モータースポーツの強豪に位置するトムスが、EVカートに取り組む趣旨はそこにあると筆者は理解し、ようやくモヤモヤとしたものが取れた気がした。
発表された趣旨に賛同し、2024年の全日本カート選手権EV部門に参戦するのは6チーム12台。6月の開幕を前に、発表会に続いて事前オーディションを勝ち抜いた参戦候補生の所属先を決めるドラフト会議が開催された。近藤真彦、鈴木亜久里といったビッグネームが揃う参戦チームや、選出されたドライバー、さらには関係者にEVカートの印象や今後の展望をインタビューしているので、それは次の機会に報告させていただこうと思う。
全日本カート選手権EV部門の開幕戦は宮城県・スポーツランドSUGOにて、6月15日(土)・16日(日)の両日決勝で開催される。
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