日本車はターゲットに向けて物凄い集中力を発揮し、一気に性能がアップするという傾向が強い。これは日本車の大きな魅力でもある。
最近では燃費性能がまさにその典型で、マイチェン、フルモデルチェンジだけでなく一部改良で頻繁に燃費性能をアップさせていた。ある意味異常なまでの燃費狂騒曲、といってもいいレベルだった。
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壮絶だった燃費合戦が展開されていた当時、1km/L燃費が違ったら大騒ぎだったが、燃料費に換算すると驚くほどその差は小さい。
仮に15km/Lのクルマと16km/Lのクルマがあったとして、年間のガソリン代は(1万km走って150円/Lだとすると)約6200円しか変わらない。
月だと516円差。車両価格が5万円値上がりしてたら元を取るのに8年かかるし、それだったら好きなクルマ、デザインや走行性能が気に入ったクルマを買って乗ってたほうがよっぽどお得だろう。
メーカーも燃費がユーザーの購入動機の重要なポイントとなれば、ライバルに負けるのは死活問題だった。
なんであんなに大騒ぎしてたんだ(と、まあ『ベストカー』も一緒に大騒ぎしていたので大きなことは言えないのですが…)。
しかし、現在は燃費性能の向上、進化を大々的にアピールすることもないし、ライバルに負けじと0.1km/Lのカタログ燃費を競うようなこともない。
壮絶だった燃費狂騒曲とは何だったのかを鈴木直也氏が考察する。
文:鈴木直也/写真:TOYOTA、HONDA、SUZUKI、DAIHATSU、MAZDA
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プリウスが与えた衝撃
燃費は昔からクルマにとって重要な性能指標ではあるが、日本のユーザーが本当に燃費のことを真剣に意識しだしたのは、たぶんプリウスの登場以降ではないかと思う。
もちろん、プリウス以前にも燃費の良し悪しに注目するユーザーは少なくなかったかもしれないが、ひと昔前は燃費がいいといってもせいぜいリッター15km程度、それが1、2割良くなったとしても、実際上たいした違いは実感できなかった。
現行モデルの国産車で最もカタログ燃費が悪いのがランドクルーザーでJC08モード燃費は6.7~6.9km/L。1980年代には燃費ひと桁は珍しくなかった
むしろ、昔はリッターひと桁キロのクルマがゴロゴロ存在していたから、「ああいうクルマに比べたらウチのは燃費いいよね」という程度の認識。リッター30km超なんていう燃費は、非現実的な数字と思われていたのだ。
しかし、プリウス(とりわけ20プリウス以降)はその常識を大きく変えた。10・15モード35.5kmというダントツのモード燃費はもちろん、実用燃費でも当時の同クラス車の軽く2倍を超える数字をマークし、しかも誰が運転していても平均して大差なく優れた燃費性能を発揮する。
さすがに、リアルに「ガソリン代が半分になる」となれば、誰もが関心を抱き、多くのユーザーが購入を真剣に考える。初代プリウスはまだ“実験車”だったが、実用性と優れた燃費が両立した20プリウスによって、日本のユーザーは燃費の魅力に目覚めた、そういっても過言ではないだろう。
2代目プリウスが燃費狂騒時代に与えた影響は大きかった。本格的ハイブリッドカー時代の突入契機になったのもこのクルマがデビューしてから
初代プリウスに対抗し、ホンダが世界一の燃費性能を実現させるために商品化した初代インサイトはまさに燃費スペシャルと呼ぶにふさわしい1台
来るべきして訪れた燃費合戦
日本に燃費革命を起こした20プリウスの登場は2003年のことだが、その大成功を見たライバルメーカーも燃費の重要性を強く意識するようになる。
政府も環境政策として燃費のいいエコカーの普及を目指す制度を発案。2009年から取得税や重量税減税のインセンティブを与える「エコカー減税」がスタートする。
この制度、最初は平成22年燃費基準をベースに、+25%、+20%、+15%の達成を条件として減税の特典が与えられるというもので、金銭的なメリットはそんなに大きなものではなかったのだが、こういうわかりやすいハードルが設定されると、自動車メーカーの技術者は燃える。
非ハイブリッドカーとして初めてJC08モード燃費で2011年のマイチェンで13-SKYACTIVを搭載したマツダデミオだった
こういう条件が整ったことで、空前の燃費競争が始まったというわけだ。
当初の目標はノンハイブリッドでリッター30kmに誰が一番乗りをするかという競争だったが、普通車では2011年にマイチェンした最初期型スカイアクティブGのデミオ、軽では2011年発売のミラ・イースがあっさりこのハードルをクリア。すでにリッター38.0kmを達成していた三代目プリウスを追いかける競争が活況を呈してくる。
優遇税制のためにあの手この手を駆使
この当時、普通のクルマの燃費がどんどん向上していった印象があるが、それは技術的に未開拓の分野がたくさん残されていたから。このころの燃費計測モードは10・15モードからJC08モードへの移行期だったが、いずれにせよ最近のWLTCなどと比べるとだいぶ「ゆるい」設定。そのぶん燃費を向上させるためのネタも豊富に残されていたのだ。
しかし、こういうイージーな“鉱脈”はすぐ掘り尽くされてしまい、次にはじまったのはチート探し。実用燃費にはあまり効果がないようなことでも、あの手この手のモード燃費チューンが行われるという弊害が出はじめる。
アクアは誰も買わない最廉価グレードのみ車重を1080kg以下に抑え、10・15モード燃費が40km/Lであることを大々的にアピール。通常モデルは37.0km/L
よく使われたのは、燃料タンク容量を小さくしてカタログ上の車重を軽くし、燃費試験の際の等価慣性重量をひとクラス下に潜り込ませるという手法。ライト級のボクサーが計量時だけフライ級まで体重を絞るようなもので、これはけっこう効果があった。
また、逆に車重を増やしてひとクラス上の等価慣性重量に移行する手もあった。基準燃費は車重クラスによって変わるため、燃費が同じなら「体重の重いクラス」にはいった方が「基準燃費+何%」では有利。税制上の優遇措置が受けやすいわけだ。
また、アイドル停止機能も大いに効果のある装備だった。JC08モードは停止時間が約30%もあるから、アイドル停止があるとモード燃費の数字は劇的に向上する。軽にいたるまで短期間にアイドル停止が普及したのはそのためだ。
燃費狂騒終焉への引き金
2011年9月にデビューしたミライースは、30.0km/LのJC08モード燃費でデビュー。軽量化、高効率化などにこだわり燃費を追求し、35.2km/Lまで進化させた
この過程で、いちばん激しい燃費競争が戦われたのが軽自動車業界だった。
ダイハツがこう出れば、スズキがこう返す。この両社の抜きつ抜かれつの燃費競争は、もはやユーザーを置き去りにしてメーカーの意地の張り合いとった様相を呈していた。
その戦いに巻き込まれて大失敗したのが、三菱eK/日産デイズの燃費偽装事件だった。
三菱の燃費偽装事件は2016年のことだったが、このあたりから「単に燃費の数字だけを狙っても意味がない」といった認識が一般化してきたように思う。三菱と同じ2016年にはスズキ、2018年にはスバルの燃費データの改ざんが発覚。
2013年2月にスズキはアルトの燃費スペシャル、アルトエコを追加。JC08モード燃費は33.0km/Lで、ダイハツの闘志に火をつけた
これはぼくの個人的な感触だが、この頃すでにユーザーは燃費競争に醒めていて、おそらく「業界平均の燃費性能が出ていれば、別にクラストップにはこだわらない」という認識が多数派だった。
にもかかわらず、誰よりも数字を追いかけていたのは、じつは経営者、営業部隊、エンジニア幹部などメーカーの当事者。ユーザーをそっちのけにした業界中の争いが、この残念な不祥事の原因だったように思えてならない。
この事件の後、軽の燃費競争に火をつけたダイハツがまず燃費競争から離脱。2017年発売の二代目ミラ・イースでは、実用性能を重視したパワートレーン造りに専念。これをきっかけに、クラストップにこだわる無理な燃費競争は終息してゆく。
2017年5月にフルモデルチェンジした2代目イースは、燃費スペシャルではなく、低燃費は当然ながら、質感、使い勝手の向上、安全装備の充実などでキャラチェンジ
どのクルマを買っても燃費性能は優秀な時代
その結果として、最近はユーザーも燃費の細かい数字にはこだわらなくなったといわれているが、その背景として世の中に出ているクルマの平均燃費がおしなべて優秀になり、どのクルマを買っても実用上の燃費性能はおおむね優秀という状況がある。
冒頭に、実走行燃費がリッター10~15kmの時代に、その倍も走るプリウスが出たことで燃費競争に火がついたと述べたが、いまはその数字がリッター20km台なかばまで向上して安定したという状況。
2015年12月にデビューした現行プリウスはJC08モード燃費40.8km/Lを実現。驚異的な燃費性能ながら初代、2代目のようなインパクトは正直ない。それは日本車全体の燃費性能が底上げされているからだろう
もちろん、燃費性能トップのハイブリッド車でエコランを心がければ実走行でリッター30km以上も可能だが、それはあくまで特殊ケース。誰が運転しても安定してリッター30km以上走るようなクルマ(モード燃費でリッター40~50km?)が登場しないと、かつてのプリウス並みのインパクトはない。
つまり、内燃機関車両の燃費競争は、そろそろ理論上の限界に近づきつつあるということ。次の燃費戦争は、たぶん電動化車両が出揃って本格的に“電費”の比較が始まるようになってからじゃないかな?
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