東京駅近くのBMW JAPANの地下駐車場にたたずむ「M850i xDriveクーペ」に乗り込むと、レザーで覆われたインテリアに目を見張った。地下駐車場内は暗いので液晶メーターが輝いている。フラットな画面にメーターが並んでいる様は飛行機のコクピットみたいである。
LEDがドアの内側の一部をオレンジ色に輝かせている。これ、ひとりで乗っているからなんとも思わないけれど、ふたりで乗っていたらまさにアンビエントなライトになるのではあるまいか。ギア・レバーは透明で、“なんとなくクリスタル”である。
2つのキャラを持つ贅沢な「M」──BMW M4カブリオレ・コンペティション試乗記
全長4855×全幅1900×全高1345mmと、幅が広くて低いこともさることながら、ひと目見てでっかい。ホイールベースは2820mmある。最新の3シリーズは同2850mmで、全長4715mmだから、つまり3シリーズよりでっかいのにドアは2枚しかなく、定員4名ながら、リアシートは子ども用か荷物置き場と割り切った方がいい。こういう余白(というか余白のなさ?)を高級とか贅沢というのである。
エンジンは静かで、4.4リッターV型8気筒ツインターボはなりを潜めている。ドライビング・パフォーマンス・コントロール、いわゆるドライブ・モードはデフォルトでコンフォートになっていた。
走り出すと足がとってもしなやかである。ステアリングは軽い。装着するタイヤは20インチで、前は245/35、後ろは275/30というスーパーカー・サイズ。しかもランフラットである。であるのに、低速でさえ、まったくドシンバタンしない。電子制御サスペンションのできのよさもさることながら、ボディ剛性がものすごく高い。
2015年に登場した現行7シリーズ以来、後輪駆動系、ということはほとんどすべてのBMWに使われている「CLAR(Cluster Architecture)プラットフォーム」という呼称の車台は、7シリーズからZ4、トヨタ・スープラにまで採用されており、この8シリーズも同様だ。スチールとアルミとカーボン・ファイバーを使ったこのモデュラー式プラットフォームがいかに有用であることか。
例によって BMW Mのステアリングはぶっとい。なでると、太くて、ちょっと柔らかい。最初は違和感を抱くのだけれど、それがなんとまあすぐに慣れる。この太さがイイ。すべすべ感が気持ちイイと思えてくる。
530psの4.4リッターV型8気筒ツインターボを搭載する高性能クーペでありながら、サルーンのように安楽で快適な乗り心地を賞味しつつ都内の混雑を抜け出し、小田原厚木道路から箱根方面を目指す。もしもここがアウトバーンの速度無制限区間であったなら、筆者はアクセルを全開にしたときの高揚を喜んで報告するだろう。それはもう夢のような、一気呵成の加速と高速スタビリティであるはずだ。
フロントに潜んだV型8気筒ツインターボエンジンは、100km/h巡航で流している限り、1500rpm程度で静かにまわっている。グイッと右足に力を入れ、回転が3000rpmを超えると轟音を発し、ときにバラバラバラバラッというレーシングカーがアクセオフをしたときに発するような爆音を聞かせてくれる。ドライブ・モードがコンフォートのままでも、回転が積み上がれば、それはもうお祭り騒ぎである。ただし、そのお祭り騒ぎにはロードカーであることの自己抑制が感じられて、私はそれを好ましいと思ったのだった。
スポーツ、スポーツ・プラスに切り替えても、全面解放のどんちゃん騒ぎ、というようなことにはならない。乗り心地がやや硬くなり、ギアが落ちてエンジン回転が上がり、レスポンスはより俊敏になり、サウンドもより豪快になる。ちょっと残念なのは、ギアボックスが8速ATであることで、デュアル・クラッチ式ではないから、ダウンシフト時のキレに欠ける。とはいえ、そのかわり、いかなるときもショックとは無縁のスムーズネスを持っている。
スタビリティが高いのは「xDrive」、すなわち駆動方式が4WDなのと、インテグラル・アクティブ・ステアリング、いわゆる4WSのおかげだろう。後者は60km/h以下では前輪と逆方向に最大3°、それ以上の速度では前輪と同方向に後輪を操舵するシステムである。
昔はその連携がぎこちなかったのか、いかにも人工的に感じたものだけれど、M850iのそれはクルマを低速では超シャープに動かし、高速では超安定させてくれる。ホイールベースが自動的に長くなったり短くなったりする、みたいな感覚である。
車重は2トン近くある。スーパー・ヘビー級なのに、1800~4600rpmで紡ぎ出される750Nmもの大トルクのおかげで羽のように軽々と走る。前後重量配分はBMWの文法に倣って50:50とされる。車検証には、前荷重1080kg、後ろ荷重910kgとあるから、54:46ということになるけれど。
とはいえ、各種電子制御のおかげもあってだろう、フロント・ヘビーという印象はまったくない。曲がりたがらないということもない。あいにくの雪のため、滑り止めが必要で、箱根の山道はUターンせざるを得なかったけれど(行きたかったなぁ)、首都高のゆるやかなカーブでも、鼻先がスッと入っていくのが快感だった。
前後のトルク配分を電子制御するxDriveは通常は後輪を重視し、主にコーナー脱出時に最適なトラクションを与えてくれる。乗り心地がいいのはアクティブ・スタビライザーなる、これまた電子制御システムのおかげで、ロールの制御が別立てになっているからだろう。
それとブレーキである。19インチの巨大なブレーキ・システムがつくりだすスムーズな減速Gはまさしくスポーツカーのそれだ。
ちょっと前だったら、4ドア・セダンの派生モデルである2ドア・クーペはセダンの有用な居住空間をカットすることで生まれるオシャレ仕様、あるいは贅沢仕様であるに過ぎなかった。M850i xDriveクーペは過去のそれらとは一線を画している。ラグジュアリーでありながらスポーティで、しかも4WDで全天候。530ps、750Nmというモンスターなのに、実際、取材当日は一時雨だったけれど、きわめて安定していた。ハレの日だけではなくて、毎日乗れる実用性を持っている。
思えば、1990年から1999年まで生産されたリトラクタブル・ヘッドライトの平べったい初代から20年近くを経ての8シリーズの復活である。再び挑戦すること、それ自体がエライ、と筆者は思う。かく挑戦を繰り返すメーカーはBMW以外ないのではあるまいか。でもって、ライバルに比してアンダーステイトメント、地味である。真っ当な社会に生きる、常識をまとったエリート。出自家柄は無関係。働くひと、それも独力で道を切り開くひとのためのクルマである。私にも似合いそうである。車両価格1714 万円。ま、お金のことは別にして、ですね。
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