メルセデス・ベンツの新型Aクラスが発表され、「走る、曲がる、止まる」に加え「話す」ことに注目が集まっている。そう、MBUX(メルセデス・ベンツ ユーザー エクスペリエンス)の搭載である。開発者インタビューの後編は、ドイツ本国から来日したMBUXユーザーインタラクションコンセプト担当、ダイムラー社・研究開発部門のトビアス・キーファー氏を直撃した!!
「『めっちゃ、暑いねんけど』と言っても反応する」
「先代モデルのスポーティな走りを守り、視認性を大幅に改善」 メルセデス・ベンツの新型Aクラス開発責任者に直撃!! 【前編】
──MBUXをAクラスから導入したのはなぜですか?
「世界的に見ても、このような最新テクノロジーは若い人たちが親しんで使いこなしているので、まずは若いオーナーが多いAクラスに初搭載することにしました」
──各言語へのローカライズを進めるにあたり、苦労した点などはありますか?
「MBUXのサービスには、音声によるコントロールと、ディスプレイに表示するものがあります。音声は13の言語をサポートしており、ディスプレイは13以上の言語に対応しています。音声とディスプレイ表示とでは、それぞれ課題が異なります。音声については、日常で話す“自然言語”を理解させるために多くのデータを収集し、色々な表現に対応できるようにしました。このデータを収集する部分に多くの時間を費やしました。ディスプレイの表示については、それぞれの言語で表示する長さが異なってきますので、表現の仕方に工夫する必要がありました」
──MBUXのサービスについてお尋ねします。車載データで完結するものと、クラウド経由でインターネットの情報を使うものがありますが、その処理はどのようにしているのでしょうか。また、AI機能の進化について教えてください。
「MBUXはハイブリッドのシステムで、もっとも適切な答えを、いかに早く出すか、ということを重要視しています。ユーザーから指令があると、MBUXはオンラインに行くべきかを考えます。もし、オンラインに行くべきと判断した場合、クラウドからサーバーに行ってベストな回答を持ってきます。もしも、クラウドにつながっていない場合は、車載のソフトウェアから回答を持ってきます。質問の内容によっては、オンラインの情報でないと答えられないことがあります。例えば、“明日の天気は?”という未来の質問の場合は、即座にオンラインにつながって情報を集めます。AI機能については、お客様がMBUXをどのように使っているかを見ていきますが、パーソナライズしていくレベルのものではありません」
──日本人はシャイな人が多いので、『ハイ! メルセデス』と声をかけるのをためらう人がいるかも知れませんが、その点についてはいかがですか?
「安心してください、ステアリングにあるボタンを押せばMBUXが起動します(笑)。MBUXの開発にあたり、どれだけ簡単に呼びかけられるかということを意識して開発しました。近くのレストランを探したり、エアコン温度の変更やアンビエンスライトの色彩を変えるコミュニケーションをとっていくと、嬉しくなったり、笑顔になって自然に接することができるようになると思います」
──日本には、他国にはないカタカナ英語が多いですが、日本語へのローカライズにあたり、苦労したエピソードはありますか?
「サプライヤーのニュアンス・コミュニケーション社に協力してもらい、日本向けの音声認識システムを構成しました。開発にあたり、日本国内を走ってテストを重ね、トンネル内でクラウドにつながらないときのMBUXの対応なども入念にチェックしました。日本では『ハイ! メルセデス』とカタカナ読みをしないと反応しません(笑)。ネイティブの発音では起動しないのです。つまり、日本仕様は、日本人が普段使っている自然な言葉に対応します。ちなみに、スペインでは『オラ! メルセデス』、中国では『ニイハオ! メルセデス』で起動します。イギリス英語とアメリカ英語では発音が異なるので、こつらも同じような考え方で開発しました」
──方言については、どうですか?
「たとえば、関西の方が『めっちゃ、暑いねんけど』と言った場合は反応しますが、すべての方言をカバーしているわけではありません」
「将来的には、クルマと家をつなぐことも可能」
──学習能力についてお尋ねします。クラウド上のソフトウェアモデルによって新しい流行語を覚えたりするとありますが、それを覚える仕組みはどのような方法なのでしょうか?
「新しい表現や言葉が出てきた場合、質問を投げかけてもシステム側が理解できないことがあります。それを色々な人が同じ表現や言葉を使っていると我々が新たな表現や言葉であると判断し、MBUXの頭脳であるサーバーのアルゴリズムトレーニングを施してシステムが学習するようになるのです。つまり、MBUXは言葉を覚えて進化していくのです」
──その更新は毎日行われているのでしょうか?
「クラウドを使うことでデータをすぐにアップデートすることができます。ソフトウェアのモジュールを使っているので、新たな表現が出てきた場合、クラウドにつながっていればすぐに対応することができます。トンネル内などでクラウドにつながっていないときは古い表現のままとなりますが、その対応スピードを早くするようにセッティングしています」
──音声認識を担当したニュアンス・コミュニケーション社やグラフィックスを担当したエヌビディア社のほかに、MBUXの開発パートナーがありましたら教えてください。
「ソフトウェアのベースの部分としてはハーマン社が挙げられます。また、ハードウェアの開発についても、数社のサプライヤーがパートナーとなって協力してもらいました。しかし、ユーザーインターフェイスを含め、大半のソフトウェアについてはメルセデス・ベンツ社内のプログラマーが手掛けました。その開発拠点は米シリコンバレーや独シュトゥットガルトで、AIのアルゴリズムについても同じように社内で開発しました」
──自動車の音声入力については、グーグルやアマゾンなど他の多くのIT企業が手掛けています。そうした企業が持つ音声入力に対して、メルセデス・ベンツが独自に開発したシステムの強みや優れている点を教えてください。
「一番大切なことは『我々はクルマのことが良く分かっている』ということです。走行時に発生する風切り音などのノイズに対し、システムがきちんと動作するように音声のアルゴリズムを調整しています。その結果、とても優れた音声認識が可能となりました。もうひとつは、メルセデス・ベンツのシステムを使うことによってクルマの中の機能をコントロールすることができる点です。これはスマートフォン単体ではできないことです。つまり、MBUXはユーザーに包括的な体験(エクスペリエンス)といったものを提供することができるので、ユーザーはクルマとスマートフォンの間を行き来する必要がなくなりました。さらに、将来的にはクラウドを経由して、グーグルホームやアマゾンエコーとの連携が実現すれば、クルマと家をつなぐことも可能だと思います」
──ナビゲーションの進化ポイントを教えてください。
「一言で言うと、単なるナビゲーションシステムではない、ということです。音声で制御できる点やクラウドへの接続性も加え、多くの能力を備えました。従来モデルにはないシステムで、全面的に進化したナビゲーションとなっています」
──例えば、目的地に着いてクルマから離れるとき、スマートフォンと連携したサービスなどは考えていますか?
「もちろん。メルセデス ミー コネクトのアプリを使用することで、すでに実現しています。MBUXの開発にあたり、我々が重要視したのは、まず直感的であるべきということでした。さらに包括的な体験を提供できるシステムでなければならない、ということです。そして、それを実現させるために、ユーザーを中心に考えて開発するということでした。通常、クルマで出かけるときは、クルマからスタートするのではなく、家から移動が始まります。メルセデス ミー コネクトのアプリを使用すれば、自宅のリビングで目的地を設定してそのデータをクルマに転送し、目的地に到着したあともスマートフォンで案内を続けることができます」
──ACCの操作などクルマの運転に関する操作はできないのですか?
「安全に関する特定の機能については操作ができないようにしています。例えば、スタビリティコントロールやブレーキコントロールシステムの操作はできません。ナビゲーションの目的地については、音声コントロールによって走行中でも設定できるようになりました」
「ビッグデータを収集し、改善や開発に役立てる」
──クラウドに集めたビッグデータを活用することがありますか? もし活用した場合、どのようなことができますか?
「もちろんビッグデータは活用しています。ただし、個人情報を保護するため、ユーザーがMBUXを最初に起動して使うときに、その旨を確認する仕様となっています。また、我々は収集したデータを永久的に使っていくのではなく、あらかじめ使える期間を決めて運用しています。活用方法としては、ユーザーが既存のクルマの機能をどのように使っているか、それがどんなタイミングなのか……といった情報を集めています。この情報を基に、どのような機能が必要なのか? こうしたフィードバックを繰り返すことよって、改善や開発に役立てています。これは、お客様に対して、より良い機能や商品を提供していくことにつながっているのです」
──そもそもMBUXを自社開発した理由を教えてください。
「メルセデス・ベンツの考え方のなかに、ラグジュアリーなもの、スペシャルなもの、そして、とてもユニークな体験をユーザーに提供することを大切に考えています。つまり、MBUXの開発は、操作するスクリーンだけを開発できれば良い、という単純なものではありません。ドライバーが運転席に座り、人間工学的に見ると、どの場所になにがあれば良いか、操作感はどうなのか、素材をどうするか、ということを考えます。つまりそれぞれのパーツがあれば良いというのではありません。我々はクルマと、それを体験するユーザーのことを知り尽くしていますので、自社で開発することを重視したのです。将来的に考えれば、こうした点が大きな差別化につながると考えています」
──音声コントロールの戦略性について教えてください。
「音声コントロールは、将来的にとても重要なテクノロジーになると考えています。例えば、車内の設定を変更する場合、音声コントロールで指示・操作できるのは、本当に簡単で便利です。音声コントロールは、多くの家電で一般化が進みユーザーも慣れているので、期待されているシステムだと思います。音声コントロールと指で触れるボタンを組み合わせることが、使い勝手の点でとても大切だと考えています」
──MBUXは、複数の乗員が会話をするような車内環境でも的確に対応するということですが、どの程度まで認識できるのでしょうか?
「運転席と助手席からの音声をそれぞれ認識します。例えば、助手席の人が寒いのでシートを温めて欲しいと言えば、助手席のシートヒーターのみを作動します。つまり、MBUXは誰のリクエストであるかを理解するシステムとなっています。そして、クロストークにも対応しています」
──MBUXは、どういったニーズを想定して開発したものですか?
「我々は、お客様にベストなユーザー・エクスペリエンスを提供したいと考えています。より直感的なものを提供するために、まったく別の新しいサービスを考えました。現代人は、スマートフォンや飛躍的に進化した家電を使いこなしており、クルマに対する期待も大きく変化しています。つまり、従来のやり方、従来の考え方でクルマを開発するのでは本当に良いものは提供できません。MBUXの役割は、とても大きなものです」
──ありがとうございました。
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