1969年式フィアット・アバルト595SS
現代版アバルトの基幹モデルである「595」シリーズと、高性能な限定バージョンたることを示す「695」シリーズ。この2つの車名の、いささか切りの良くない数字に違和感を覚えた人も多いことだろう。しかし595と695は、アバルトにとっては重要な意味のある数字。かつて、アバルトに栄光をもたらした名作へのオマージュだった。
「イタリアの通関業者の倉庫に入って船積み待ちです」「だいじょうぶか……?」 メールでわかったフィアット500の歴史に感激【週刊チンクエチェントVol.04】
フィアット500の2気筒479ccエンジンを594ccに強化
1957年11月のトリノ・ショーにて、アバルトは4カ月前にデビューしたばかりのフィアット「ヌォーヴァ500」をベースとするチューンドカー、「フィアット500デリヴァツィオーネ・アバルト」を発表する。排気量は標準型フィアット500と同じ479ccながら13.5psから21.5psにアップ。最高速についても、標準型の85km/hから「大台」に乗る100km/hに向上していた。
ところがこの時期のアバルトは、意外にもフィアット500のチューニング版を積極的に販売することはなかった。というのも、1958年にフィアット本社が、アバルトとのコラボによるヌォーヴァ500のスポーティ版「フィアット500スポルト」を発売していたからである。しかし1962年には500スポルトの生産も満了したことから、アバルトには自社ブランドでフィアット500ベースの新しいチューンドカーを、自由に製作する余地が与えられることになった。そして1963年9月に正式デビューした新型車こそ「フィアット・アバルト595」。つまり現行型アバルト「F595」の起源となったモデルなのだ。
メカニズム面におけるフィアット・アバルト595の新機軸としては、一体鋳造の専用シリンダーが挙げられる。またピストンやカムシャフトも新設計されたほか、大径のキャブレターを選択。アバルトが得意とするオイルパンやエキゾーストシステムも専用品が用意された。さらに排気量も594ccにアップされ、パワーは27psまで増強。最高速度も、当時整備の進んでいた「アウトストラーダ」にぎりぎり対応できる120km/hに到達した。
一方、初期の595では外観の変更は最小限に留められたが、同時期にデビューした大ヒット作「850TC」用とよく似たエンブレムや、内外装の随所に取り付けられたサソリの紋章など、一目でアバルトと判るようなコスメティック上のモディファイが効果的に施されていた。
そして、これら小さなドレスアップと、テールエンド下からのぞくアルミ製オイルパン、2本出しの「マルミッタ・アバルト(アバルト・マフラー)」から、当時のエンスージアストたちはノーマル500とアバルト製の「小さな爆弾」とを見分けられたという。かくして、このシリーズ最小のアバルトは大ヒットを博するに至ったのである。
さらなるチューニング仕様のSS(エッセエッセ)が追加
しかし、セールス上のヒットのみがアバルトの成功ではない。サソリの紋章を掲げて生を受けた以上、不可避的な運命として小さな595にも「コンペティツィオーネ」としての資質が追求されてゆくことになった。
まずは1964年2月。当時のモータースポーツの排気量区分が細分化していたことに伴って、700ccクラス用として689ccの2気筒エンジンを搭載した「695」、そして、595にさらなるチューニングを施した「595SS(エッセエッセ)」が追加される。
キャブレターをさらに大径化したほか、軽合金製の専用吸気マニフォールドなどによって、「SS」用ユニットは32psをマーク。最高速は130km/hに達した。エクステリア上のスタンダード595との相違は、ゴム製のフックで固定されるエンジンフードや、そのフードの中央に貼り付けられたアバルトのエンブレムなどが挙げられる。
さらに595SSおよび695SSでは、「アマドーリ&カンパニョーロ」社が製造するアルミニウム・マグネシウム合金製ホイールや、「イエーガー・アバルト」製の4つの専用メーター(速度、回転、油圧、油温)をひとつのクラスターに集合させたダッシュパネル、いわゆる「ストゥルメント・コンビナート・アバルト(アバルト・コンビネーションメーター)」などもチョイス可能とされていた。
60年代後半から595/695のサソリ軍団が大増殖
フィアット・アバルト595/695SSは、当時イタリア本国や欧州大陸で人気を集めていた700cc以下の超小型ツーリングカー/GTレースでも活躍。とくに当時695SSだけに選択可能とされた純粋なレーシングオプション仕様車、10インチ径ワイドホイールとカルダンジョイントでワイドトレッド化を果たした「アセット・コルサ」バージョンは、「BMW 700」や、同じフィアット500ボディを流用するオーストリア車「シュタイア・プフ650TR」ら強力なライバルとともに、ツーリングカーレースで三つ巴の熱戦を繰り広げたという。
その後は1965年にフィアット500系が、前ヒンジのドアを持つ「500F」シリーズに進化したのに伴って、アバルトも同年3月から新ボディへと移行。その後もレースレギュレーションや市場の嗜好に対応して、暫時改良を施されることになった。
そして1960年代後半からの595/695ファミリーはまさに増殖を極め、1970年当時のアバルト&C.社の製品カタログには、じつに12車種ものフィアット・アバルト595/695系モデルが掲載されていた。
そのうえ、この当時のアバルト本社から発行されていたオフィシャルカタログや自動車専門誌のプライスリストには、アセット・コルサ仕様まで記されていたものの、翌1971年12月をもって、その幸福に満ちたキャリアに自らピリオドを打つことになったのだ。
若きオーナーは新旧「595」の2台持ち
さて、このページで主役を飾るのは若きアバルト愛好家、小池雄之さんが所有する1969年型フィアット・アバルト595SS。「Tipo 105」というアバルト独自の形式名が付けられ、ソレックス34PBICキャブレターを新たに採用したほか、軽合金製の専用吸気マニフォールドなどによって32psをマーク。最高速は130km/hに達したモデルである。
また4連メーターや、当時のレース用純正オプションだったFRP製ハードトップなども装備された個体である。
小池さんは20歳代のころから現代版のアバルト595を愛用していたうえに、2020年にこのフィアット・アバルト595SSを増車。「595」の2台持ちという、なんとも羨ましい状況にあるのだが、いつかは4気筒のクラシケ・アバルトも手に入れたいとのことであった。
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