ランチアの新型「Pu+Ra HPE」について、イタリア車に造詣の深い松本葉が解説する。現地での反応はいかに?
過去との繋がりを重視
4月半ば、出展者、来場者共に世界最大規模を誇る家具の見本市、「サローネ・デル・モービレ・ミラノ」(ミラノ・デザインウィーク)で、ランチアのコンセプトカーが発表された。
長らく“半休眠状態”にあった同ブランドの目覚めは、すでに昨年11月、アナウンスされている。「Pu+Ra ZERO」という名のデザインスタディで今後の方向性を示したが、今回お披露目されたのは、ゼロからスタート地点であるイチに進めたもの。スチール、プラスチック、ライト、ガラス、ホイール、デジタルスクリーン、すべて本物である。タイヤすら見当たらなかったオブジェに骨と肉を与え、魂を吹きこんだ感じだ。
実際のところ、当初は、ピュアのPuとラディカルのRaの後にはエモーションとつくと言われたが、蓋を開けてみればネーミングは(エモーションより)ぐっと具体的。コンテンツに沿ってつけられたというそれは「Pu+Ra HPE」だった。HPEは1975年に生まれた「ベータ」のモデルネームに由来するそうで、HPの意味するハイパフォーマンスは共通ながら、ベータのEはエステート、今回のそれはエレクトリック、エコ、エクサイティング、エヴォリューションと盛りだくさんだ。
長い歴史と伝統、誇りを持つブランドだけに、創業者のクルマ作りの哲学からディテールまで、デザイン、ネーミング、あらゆるところで過去との繋がり、いわば線が重要視された。加えて線は新解釈を経て未来に向かって伸びることが強調されている。ボディにペイントされた「プログレッシブ・グリーン」と呼ばれる青みがかったグリーンは、かつて「フラミニアGTツーリング」に用いられたアズーロ・ヴァンセンヌをベースに、青(アズーロ)にエコをイメージする緑を加えたリキッドメタル効果の最新顔料が用いられたそうだ。一方、プログレッシブは将来に向かって徐々に変化してゆく姿勢にひっかけたもの。最初に目に飛び込んでくる車名とカラーで、この意気込み。期待がつのる。
フル電動クーペ、Pu+Ra HPEのポイントは、今後10年のデザイン・マニフェストである点。投入が予定されている3種のモデルのベースとなる。最初に登場するのはマイルドハイブリッドも選択可能の「イプシロン」、デビューは来年1月。イプシロンはHPEに搭載された「S.A.L.A.」バーチャルインターフェイスが導入される初のステランティス・モデルとなる模様。EVに統一される2026年にはフラッグシップモデルとしてクロスオーバーが登場。さらに2年後に「デルタ」がデビュー。ちなみにクロスオーバーは全長4.6mほど(HPEは4.45m)のサイズ感、名前は「ガンマ(GAMMA)」とか。
メイド・イン・イタリーを前面に押し出す3モデルにデザイン・インスピレーションを与えるHPEのあちらこちらに、ランチアの遺産が見てとれる。いずれもモダナイズされているものの、出自は明らかだ。
たとえばフロント。ランチアのグリルは伝統的に本国でカリチェ(カクテルグラス/低めのシャンペイングラス)と呼ぶ形状、このY字が今回は正面、ライトバー、さらにホイールにも生かされた。
顔となる正面のYは充電量をLEDで示すインジケーターの役割も果たす。フロント下にはスポイラーを装着、これをもう少し控え目にしたものがイプシロンにも装着されるようだ。
サイドには緩やかな起伏が与えられていて、とてもクリーン。車名通り、ピュアである。なだらかな膨らみと凹み、光と影を上手に使ってダイナミズムを表現する。ドアミラーの位置に装着された実にスタイリッシュなカメラはドア開閉時に上がり下がりすることでドアとの接触を避ける仕組みだ。
リヤで目につくのはストラトスを彷彿する丸型テールライトと間に配置された新ロゴ。見慣れぬ今はまだ違和感をかんじるけれど、立体感があっていまふうだ。テールライトは中空構造の円で、奥にはウィンカーライトがおさめられている。もちろん形状はカリチェ!
全体的に見ると、(伝統のブラインドふうストライプの入った)ガラス面の多さが目につく。ルーフ中央は円形。半分が回転して開き、殘り半分に重なるらしい。一説によるとランチアでは生産型にも採用する方針で、生産システムもすでにできているそうだ。
家での寛ぎをテーマに、カッシーナとのコラボレーションで製作された室内でも真っ先に目につくのは円。たとえばダッシュボードには弦のような丸みが与えられ、細いセンターコンソールの始まりと終わりにはふたつの丸型テーブルが配置されている。
カーペット、コーヒーテーブル、ソファのようなシート、まさにリビングルームながら、奇を衒ったようには感じられない。素材とカラーの組み合わせによるものなのか、極めて自然である。さすがカッシーナ。
サステナブルに配慮した点も特徴で、たとえばドアパネルの内張には廃材となった大理石の粉を用いた生地が用いられた。全体の3分の2はリサイクル素材もしくはリサイクル可能素材という。いずれもイタリアのメーカー、スタートアップとの協力で完成したそうで、このあたりもランチアの伝統、メイド・イン・イタリーを前面に押し出す所以となっている。
イタリア人の反応はいかにでは、このピュアなイタリアンをイタリアのみなさんはどう受け止めたか。
標本抽出と呼べるほどのものではないが、知りうる限りのランチア・ファンと一般人に尋ねる限り、非常に好意的という印象を持った。ネットのフォーラムに目を通してもおなじだ。通常、イタリア人は愛国心は強いけれど自国のことになると自虐的。「悪く言っていれば間違いない」、こんな教えもある。
とかく自国の自動車についてはこの傾向が強いけれど、今回は珍しく褒める人が多かった。
決め手となったのは、前回のレポートでも話を聞いたランチア・フリークが見せてくれたアンケート結果。愛好家クラブがおこなったそうで、お題はストレートに「Pu+Ra HPEをどう思うか?」。結果は25%が「言葉を失うほどよろしい」。46%が「とてもよろしい」。17%が「よろしい」。参加人数は不明ながら、それでもこれほど肯定的な結果は珍しいはず。回答を寄せたのが、新しいものに拒否反応の強い根っからのファンという点から見ても驚きだ。
アンケートの回答はコメント付き。デザインウィークはミラノの街と一体化した展示も特徴でフリーエントリー。それもあってか実物を見るために駆けつけた人がほとんどで、コメントはリアル感に満ちていた。全体的にはスタイリングの清潔感、練り上げた感じを見せず、シンプルに仕上げた点が高評価。室内も好評。デザインテーマの円形と三角の用い方については、クルマ作りに建築の考え方を持ち込んだ創業者の思想に沿ったという意見が多かった。
なかでひとつ、印象的なコメントを見つけた。
「自動車ショーで、コンセプトカーに人が群がる時代は遠い昔の話になった。こんな重要なアンヴェールがデザインウィークでなされることに感慨を覚える。でも考えてみれば、ランチアというのはこのイベントに相応しいブランド。アーキテクチャーでありデザインでありアートであり技術革新の宝庫、これがランチアだから。どんなものが出てくるのか不安だったけど、とても安心した。想像以上の出来。おかえり、僕らのランチア」
このあと、一行分のスペースをとってから、すべて大文字でこう記されていた。まったくもって同感だ。
「あとはデビューを待つばかり!!」
文・松本葉 編集・稲垣邦康(GQ)
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みんなのコメント
イタリアメーカーの没落には落胆しかない
尖ってたはずのデザインもどこか保守的
ドイツ車の方が挑戦的になった
フルビアクーペの時も出る出る詐欺だったから
このコンセプトも出せる余力あるはずなし、、
いつ甦る、、イタリア車よ、、
forza ! italia