2011年3月、2気筒エンジン「ツインエア」を搭載したフィアット500/500Cが日本市場に導入されめた。油圧式の吸気バルブシステム「マルチエア」が採用されることでダウンサイジングを実現した画期的なユニットで、大きな課題となっていたCO2排出量削減に対するフィアットの回答として大きな注目を集めた。Motor Magazine誌は上陸間もなく独自テストを行ってるので、今回はその模様を振り返ってみよう。(以下の試乗記は、Motor Magazine 2011年5月号より)
言われなければ2気筒とはわからないマナーの良さ
フィアット500は、2007年にイタリアで現行モデルとなる3代目が発表されてから、世界中で高い人気を誇っている。以降、毎年のように追加モデルが加わり、バリエーション豊かなモデルレンジが展開されている。
●【くるま問答】ガソリンの給油口は、なぜクルマによって右だったり左だったりするのか
そんな中、今回新たに日本へ登場したのが「500ツインエア」である。搭載されるエンジンは2気筒(!)で、排気量はわずか875cc。インタークーラー付きターボ仕様とされる。
昨今、CO2排出量の削減という環境性能への取り組みは、どの自動車メーカーも積極的に行っている。そこには様々な手法があり、最近ではハイブリッドモデルだけでなく電気自動車にも注目が集まっている。しかしその一方で、電気自動車ではバッテリーが重い、バッテリーにも寿命があるなどといった課題もあり、また価格の高さから見ても、現時点ではまだ〝誰もが乗れるクルマ〟とは言えない。
フィアットは、1989年にパンダでいち早く電気自動車を発売しており、電気自動車やハイブリッドモデルも研究開発は行っており、作る技術もそれなりに備えている。だがまだ発売する時期ではないと考えているのだ。
そんな中で、フィアットが提案したのが2気筒エンジンである。これは、〝たくさん売れているモデル〟(購入しやすい価格帯のモデル、ともいえる)の責任として、将来技術ではなく、現在の問題として、適切な価格で購入でき、さらにCO2排出量が削減できるクルマというテーマに対するフィアットの回答なのだ。
さて、興味津々に乗り込んだフィアット500ツインエア。グレードは、上級仕様のラウンジである。
まず驚いたのが、アイドリング時のマナーの良さだ。というのも、2気筒という自分にとっては未知の世界だけに、もっとも近い例で軽自動車に搭載される3気筒エンジンをそのリファレンスとしていたのだが、最新2気筒の静かさや振動の少なさという面での質感は、まったく別次元であった。このツインエアには4気筒エンジン並みの振動特性とするため、バランサーシャフトが採用されている。言われなければ、2気筒とはわからないほどだった。
2ペダルのオートモード付き5速AMT「デュアロジック」を1速に入れてアクセルペダルを踏み込むと、これまた思いのほか厚いトルク感があり、スルスルと気持ち良く発進していく。
とかくエンジンに目が行きがちだが、デュアロジックのオートモードもその制御がかなり進化している。以前は、シフトアップする度にこちらがお辞儀させられるような減速感があったが、スムーズさが格段に増していた。
ツインエアにはエンジンのスタート&ストップシステムが標準装備される。水温などの条件さえ満たしていれば、減速していくとホイールが止まるか止まらないか、くらいのタイミングでかなり積極的にエンジンを止める。
ブレーキペダルの踏力を緩めると、瞬時にエンジンが再始動する。その際にはブルッと大きめの振動を伴うが、一瞬なのでさほど気にはならない。また渋滞中など、10km/h以下で走っている時にはアイドルストップしないようになっている。
試乗していて何度か経験したのは、信号待ちでブレーキペダルの踏力がちょっと緩んだ際にエンジンが再始動してしまうという状況だ。ペダル踏力に対して、かなり感度が高い。スタート時のレスポンスを考えれば、その方が実用的で安心感も高いが、でも「あ~あ、まだ発進しないのにもったいない」などと思ってしまう。アイドルストップの機能がひとつ加わるだけで、自然とエコ意識が高まるから面白い。
ちなみに信号待ちや踏切などで、ある程度長めに止まることがわかっている状況ならば、ギアをニュートラルに入れてサイドブレーキを引けばエンジン停止状態が続く(最長2分半)ので、ペダル踏力が緩んで意図せずエンジンがかかってしまうことも避けられる。
500のフラッグシップにふさわしい力強さを装備
高速道路でも、本線への合流~加速~巡航に至るまで、パワーフィールに不満はなかった。唯一気になるとすれば、巡航時は2000rpmあたりをキープすることが多くなるが、その回転域ではずっと軽いノッキングのような音と振動があることだろう。一般道では信号などで加減速があり、また一定速で走ることが少ないのでほとんど気にならなかった。試しに高回転まで回してみるとレブリミットの6000rpmまで滑らかに回る。これも驚きだ。エコも大事だが、気持ち良く走りたい時には、ちゃんとそれに応えるパフォーマンスも持ち合わせている。
インストルメントパネル中央左側にある「ECO」ボタンを押すと、エコノミーモードになる。これはエンジンの最大トルクが145Nmから100Nmに制限されるとともに、デュアロジックの変速プログラムも積極的に高いギアを選ぶものへと変わり、パワーステアリングは操舵力が軽くなる。エンジン回転数は可能な限り2000rpm以下が保たれ、ライトノッキング気味に走るフィーリングからは、かなり〝頑張ってる〟感が伝わってくる。
ただし、この状態だと、さすがに瞬発的な加速力は望めないので、快適性や加速のフィールを含めて、シチュエーションに応じた使いわけが必要である。市街地を、比較的一定速で走れるような状況では有効だろう。
乗り味を言えば、1.2Lのポップは足元に14インチサイズのタイヤを履き、全般的にツインエアよりソフトな乗り味でコーナリング時のボディの動きも大きい。それに対してツインエアは、エコタイヤではあるが15インチサイズのタイヤを装着し、乗り心地とハンドリングのバランスに優れる。
2気筒や排気量に気を取られてしまうが、ツインエアはすでに存在している1.4Lモデルの後継仕様という位置づけであり、「フィアット500」のフラッグシップモデルとなる。走ってみても、そのことを実感できる。
次の一手を見据えた展開だが楽しさは常に忘れない
たとえば、MINIやアウディA1などのコンパクトカーも、やはり小排気量エンジン+ターボというエンジンのダウンサイジングへの考え方には共通す点がある。しかし、これらのブランドは「プレミアム」への強いこだわりもある。ベースモデルとは異なる高い付加価値を備えて、クルマの魅力を増すという「足し算」の考え方だ。
一方のフィアット500には、2気筒エンジンも含めて「シンプル イズ ベスト」で無駄をどこまで排除できるかという「引き算」の考え方が感じられる。ただしそこは、イタリアのブランドたるフィアット。「クルマは走りさえすれば良い」というつまらない考え方はしていない。そのルックスから走りまで「楽しさ」はまったくスポイルされていないところが素晴らしい。
ドイツのプレミアムブランドは、技術的な視点からの積極的なアプローチによって、緻密で正確なクルマ作りがなされているというイメージを強くアピールしている。それに対してラテン系のクルマでは、コマーシャル的に見ても、これまで技術的な視点からのアプローチは少なかった。ルックスがスタイリッシュだとか、走りが楽しい、官能的など、どちらかといえば感性に訴えるような点からのアピールが強かったといえる。もちろん、それはイタリア車の良さでもあるのだが、実は高い技術も備えているのだということが見落とされがちでもあった。
そして最近では、ガソリンエンジンも直噴システムの採用が増えているが、その技術的ベースともいえるコモンレール式直噴ディーゼルエンジンを乗用車用として最初に開発したのはフィアットであり、それはグループのブランド、アルファロメオの156に初めて搭載されているのである。
フィアットは、2010年のヨーロッパ販売車両におけるCO2排出量平均が123.1g/km。4年連続で欧州メーカートップの最低値を達成している。確かに、コンパクトなモデルが多いから優位性はある。だがこの4年間で、さらに10%を削減。加えて言えば、フェラーリやマセラティという大排気量スポーツカーも抱えるフィアットグループ全体で見ても、CO2排出量の平均は125.9g/kmで、欧州メーカートップの値なのである。
冒頭で、フィアットとしてはハイブリッドモデルはまだ時期尚早だと考えている、と書いた。だがこのツインエアエンジンはコンパクトなため、エンジンとトランスミッションの間に電気モーターを容易に組み込むことができるパワーユニットでもある。当然、次の一手を見据えているのである。(文:佐藤久実/写真:小平 寛)
フィアット500 ツインエア 0.9 8V ラウンジ 主要諸元
●全長×全幅×全高:3545×1625×1515mm
●ホイールベース:2300mm
●車両重量:1040kg
●エンジン:直2マルチエアSOHCターボ
●排気量:875cc
●最高出力:63kW(85ps)/5500rpm
●最大トルク:145Nm(14.8kgm)/1900rpm
●トランスミッション:5速AMT(デュアロジック)
●駆動方式:FF
●最高速:173km/h
●0→100km/h加速:11.0秒
●車両価格:245万円(2011年当時)
[ アルバム : フィアット500 ツインエア 0.9 8V ラウンジ はオリジナルサイトでご覧ください ]
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